家が狭くなってきた。私とオランダ系の連れ合いの体が大きくなってきたせいもあるのだろう。特
に、連れ合いは態度も正比例していきている。家中が物置状態になってきたので家探しを始め引
越しをすることに決めた。もう、半年以上前の話ではあるが。
オーストラリア人は生涯に平均して8回引っ越すという。新婚で子供がいない時、子供ができて大
きな家へ、そして、子供が出て行って大きな家が必要なくなった時などが典型的な引越し時期。そ
ういう私も16年前に移民してから8回引っ越している。このことだけは私もオージー並。しかし、最
後の家はもう8年も住んでいるユニットだ。ユニットとは、平屋だが同じ敷地内に家が何軒か建って
いて隣とガレージで繋がっているような家のこと。庭が殆どない。オーストラリアの家にはどうしても
ないといけないものがある。それは、バーベキュースタンドとレモンの木。住んでいるユニットにはそ
のどちらもなかった。そのユニットを出ることにした。
オーストラリアは、持とうと思えば20歳代で持ち家が持てる国だ。80年代に言い古されたが、今
でも十分ラッキーカントリーだと言える。連れ合いの父親は53歳で退職して、その後は冬になると
大きなキャラバンで北に向かって3ヶ月も帰ってこない。こんなことを目の前に見せ付けられている
と、ラッキーカントリーという言葉を返上しろなどといわれても到底できない。私は、「生涯現役です」
などとバカの一つ覚えのように言って憚らない純血日本産でそれを良しとしているところがあるが、
こちらの人からは本当にバカだと思われかねない。そんなラッキーに私もあやかろうと家探しに力が
入った。
ほぼ、10週間、毎週土日に家を見て歩いた。人生は他人の家を見て歩くためにあるのかと思え
るほどの日々で、だんだんアンラッキーになっていった。こちらの新聞TheAgeの土曜版を朝早くもと
め、大体その日と日曜日で12、3軒見て回る。インスペクションの時間が決まっているので、見た
い家がかち合ったりして結構忙しくて大変だ。
そうこうしているうちに私は日本に出張となった。そして、日本にいる間に、連れ合いからいい物件
があるので買いたいと言って来た。テレビや洗濯機を買う訳ではない、人生で最も高価な買い物、
「家」だ。私はまだ見ていない。しかし、最終的には了解した。逆は絶対にあり得ないと言い切れる。
引越しの日が何とクリスマスイブ。購入から引越しまでの期間を一ヶ月と短くし過ぎたため、家の
ローンを組むのもやっとだった。当日は誰も手伝いが望めない、何でまたこんな日にというくらいロ
マンチックな日。
私は、オーストラリア引越し平均回数を上回ったことと合わせて、今のところもう二度と引越しはし
たくないと思っている。