敦子・リーさんの真心・ふれあい(7)「名前」(02・8・26)

 先日、突然の電話が入った。ロスアンジェルス国際空港をかかえる地元の商工会議所から、「人手が足りないので、明日の朝9時に来て欲しい」と言うのだ。海外からの来客が多い夏、今夏最後組の友達母娘を受け入れていた私は、とっさに「これも偶然。二人とも英語話すから一緒に連れて行こ」と、返電を入れたアンに、日本観光客2人飛び入り助っ人ゲット、を了解してもらった。
 
 月一回からニ回、商工会議所でボランティアをしているが、今回はある会議の招待状を入れ、封印、1000人以上に発送するという仕事だった。こちらの大学に留学して一年になる娘の方は、アメリカに貢献できるいい経験、大学教授にも自慢できると、嬉しそう。いつもは6人か8人いるのに、この日はアン、キャサリン、ウィニーの3人。ビッグヘルプ!と、満面笑顔で腕を広げて迎えてくれた。「何専攻してるの、ルミコ?」「ロスは好き、ルミコ?」「東京はどう、ルミコ?」と、娘に質問が集中している。
 
 「あー、やっぱり名前に、“つ”が入るとアメリカは不便だわ」と、内心ぼやきにも似る気持ちが出た。“つ”をアメリカ人はよく聞き取れないのだ。娘の母親も私同様、“つ”入り。日本の名前が3つの音でなると、こちらでは中(2つ目の音)にアクセントを置いて、そこを強く発音されるから、自分の名前が“つーこ”“つーこ”と聞こえてしまう。男性で“まさる”さんなら、“さーる、さーる”と聞こえる。女性の“あやこ”さんなら、“やーこ、やーこ”となってしまう現実。
 
 因みに、今は日本に帰った勝さんが、“猿”と呼ばれてるようで嫌だったからと、彼がロス時代使っていた名前は、“マイク”。綾子さんは“アニー”。そして私は、“リリアン”。語感が自分に合わず、我ながらギョット気持ち悪く感じた。しかし理由があるのだ。とにかく私の名前を覚えられない人たちが、とっさに使うのが、ミセス・リー。私は主人が、今年赤いチャンチャンコ年令を迎えた、14歳年上。韓国文化は年長者を尊敬するからワイフがかなり若くても、ミセス・リー。
 
 “リー、リー、リー”と呼ばれるうちに、リリ、リリの音を聞くと振り向くようになってしまっていた。それが命名の由来。ま、語源は「百合の花」。意味は「純粋」だし、こじつけとしては妥当かと納得していた。しかし、アメリカの人名辞典で確認したら「1950年代に流行った名前。今はオールドファッション」だと。つまり日本では「つる、かめ、とめ」という感じか。しかし、時遅し。もう気にしないことにした。呼ばれ慣れちゃっていたし、流行は繰り返すっていうし。
 
 写真見合いで会った主人の名前を初めて聞いた時は、「ジェームス・リー」が洗練されたイメージで素敵、と思ったものだ。成田空港で初めて会った後、彼の韓国名の漢字標記を聞いたら「萬吉」と書いたので、絶句。いや、吹き出しゲラゲラ笑ってしまった。名前の発音は“マンギル”。ニューヨークの長兄は?と聞いたら「マンサク」(漢字では「萬石」)と言うから、さっきの失礼な反応を反省してにっこりごまかした。
 
 その後、ロスで暮らし始めて友達になった韓国人女性チョンが、「敦子」の韓国語発音は“ドンジャ”。と、教えてくれ「でも、善子(ヒージャ)、英子(ヨンジャ)とか、韓国でも子をつける名前があるけど、敦子はあまり命名されないと思う」と付け加えた。「どうして?」と興味ある私。「うん、ドンの音がね、豚かお金を意味するから」だと。「えー、そんな」と嘆いても、嘆いても、嘆いても仕方なし。「萬吉さん」で、笑ってしまった罰が出たな、と自前で納得することにした。
 
 私は4人兄弟の長女だが、下の3人は漢字一字だったり三字だったり、「子」がついたのは私だけ。私の名前の命名は、父方の祖母がつけてくれたと聞いた。戦争で主人を亡くして、27歳から独身を貫き、おしゅうとさんに仕えながら、3人の息子を育てた祖母。稼ぎ手がなく女手ひとつ。貧乏だったから父は高校を断念して、定時制に通い、中仙町の実家から婿入りした。娘バカだけど、頭も男前もよかった父だから、思いっきり勉強できず悔しかったと思う。
 
 一人負けず強く生きた祖母の思い出を聞いてから、私は自分の名前を好きになった。「敦」の字には、「大きく輝く」という意味がある。「あつ」の字はどんな字ですか?と聞かれると、シルクロードの「敦煌」の「敦」と答える。東西文明の交流の舞台だった街の名前。そう思うと、胸が青空一杯に広がる心境になる。何でも考え方次第で、元気になるものだ。
 
 「敦き心で仕事に励み、子の道をさとり、末は益々幸となる」

 南外村特産の又五郎こけしに書かれている、今は亡き友達が贈ってくれた言葉を、しみじみ読み返す。友情でも親子の愛情でも、形や言葉にする意味はとても大きいと思う。大切だと思う。人が人生の折々の分岐点に立った時、力を与えてくれるから。励ましてくれるから。たくさんの人たちの情、思いを知って感謝できたら、何が起こっても必ず幸せな人生へと、方向を向けられる気がする。