こちら編集室「ケンニチへの風」(8月30日)

 朝夕、半袖シャツで歩くのはもう心もとない日もある。アキを連れ、パピーを連れて交互に歩く横手川の堤防。川からの風が涼しくなり、半袖のシャツでは腕の皮膚がひんやりする朝夕があるからだ。そんな日は薄いカーディガンを羽織ることにした。

 いつもと変わらぬ山の風景なのに横手川から眺める東山がこのごろ好きだ。昨日の夕方はその山の上に巨大な人間の手のひらのような雲が掛かって、山頂は雲の影で薄墨を流したように暗く翳(かげ)っていた。そして雲の影に入らない山の斜面は、強い陽射しを受けて水色に輝いていた。山の色がこのごろ、少し優しくなったと思った。山の木々にはもう秋が近づいているのかもしれない。木の葉の濃い緑が、少しずつ色あせているのかもしれない。

 東山を眺め、青い空と白い雲を見上げて歩くのが好きだ。今朝の東山は全体が灰色の墨を溶かしたような色合いをなしていた。このごろはアキとパピーの歩く順番が入れ代わって、小犬のパピーが朝一番の散歩となった。川を越え、遠くの森を越え、そして田んぼしかない平地のさらにはるか向こうにそびえる東山が墨で描いた屏風絵のように見えた。

 ちょこまかとせわしなく歩くパピー。「パピー。少し落ち着いて歩こうよ」と注意しても馬の耳に念仏だ。いや犬の耳に説教だ。パピーはちょっと足を止め、不思議そうな目でこちらをを見つめ、「なーに」と目で問いただすが、すぐまたちょこまかと右へ、左へと勝手気ままに歩き出す。

 そのパピーの散歩を終え、まだ犬舎の中で丸くなって眠っているアキを起こし、ご飯を与え、散歩に出掛けた。さっきまでの墨絵のような東山は消え、霧が立ち込めていた。朝の気候の変動が激しくなったようだ。霧の中を歩いた。老化したアキは堤防まで歩いて用を足すとすぐ踵を返して自宅へと戻った。家の中ではパピーが、もう一度外に出たいと両足で立って「アンアン」と叫んだ。「パピー。うるさい!。おとなしくしなさい」。台所からパピーを叱る妻の声がした。その妻の声を聞いて、これが幸せなんだと思った。花火は雨で散々だったが、青空の朝がやってきた。月の美しい季節がやってきた。

 このごろケンニチには嬉しいこともあれば、トラブルもあった。嬉しいことといえば何といっても岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし」である。ケンニチの一般ニュースとして既に取り上げたので多くの読者はもう知っていると思うが、岩間さんの「アメリカ暮らし」の一文が、中国の大学の「日本語教科書」に掲載されることになった。中国高等教育出版社外国語分社から、本紙に「著作権使用許可」の願いがあった。岩間さんにメールでその件を報告し、岩間さんからの承諾を得て、その出版社から送られてきた「承諾書」に署名捺印して〃転載〃を快諾した。
 岩間さん共々、「ケンニチは中国の教育関係者からも読まれているのか」と驚いた。同時にその出版社とその関係者の調査力にも敬服した。日本語を学んでいる中国の大学生にどんな〃生の日本語〃を読ませるべきか。日本の大学教授もスタッフの一員となっていると書いてあったが、そのスタッフの手も借りて相当、念入りに調べたものと思う。その結果、2年前の12月5日に岩間さんが書いた「インターネットショッピング」を選んだようだ。インターネットでのショッピングなら、中国の若者にも関心を持って読まれるだろうと判断し、掲載を決めたものと推測する。

 自分にも思い出がある。英語を学び始めた時、教科書に載ったストーリーが詰まらないものだと読む意欲が湧かなかったし、学ぶ気持ちにもならなかった。逆にアメリカ人の同年代の行動を描写した英文だと興味を持って読み、辞書を手に翻訳に力を入れたものだった。今回もその出版社はそうした若者志向を捉え、岩間さんの「インターネットショッピング」を教科書へ掲載する一文として選択したものと思う。中国高等教育出版社は中国教育部(日本の文部科学省)に直属する国営の有名な出版社とのことだった。

 岩間さんの文章が中国の大学生の教科書に採用と言うニュースを紹介したら、多くの読者からもお祝いのメールがあった。「読者の広場」にも驚きや祝福の書き込みがあった。その中には中国のその出版社の副社長である祝大鳴さんからのユーモアを交えた書き込みまであった。そして祝さんはケンニチ宛のメールで「うちの出版社は北京市の中心地にあります。いつか伊藤さんとか、ケンニチ好きな読者たちが北京へいらっしゃったら、ぜひ連絡してください」とあった。ケンニチにまた新しい風が吹いたと思った。

 続いてホッと心和ませてくれたのは女性読者からのメールだった。そのメールは28日昼に入っていた。「伊藤さん畑ありますか?」と書いてあって「よろしかったら家で採れたナスや夕顔を差し上げたいんです」とプレゼントのお知らせだった。

 その日の夕、大曲市内で初めてその方とお会いして、おいしそうなナスと夕顔のおすそ分けを受けた。初めて見た夕顔はお相撲さんの腕よりも太い巨大なものだった。駐車場で待っていたら、その大きな夕顔を抱きかかえながら何度も何度も笑顔で頭を下げ、その人は近づいてきた。そして「この夕顔はみそ汁や煮物にして食べて下さい」と言った。30代の可愛い方だった。初めてと言うのにその人もまた自分も何ら距離感がなく、少しの時間だったが気さくに言葉を交わすことができた。「食べて下さい」。ケンニチへ寄せて下さった素朴で、温かい優しさ、思いやりが嬉しかった。ケンニチへさわやかで、甘い香りの風が吹いたと思った。

 トラブルは2つあった。一つは自分の自転車が会社から持ち去られたことだ。会社の玄関の中に置いてあった自転車なので鍵は掛けていなかった。なのに夜、玄関が開いているのを見て、誰かが社内に入って、勝手に持ち去ったようだ。2年前に取材用にと買い求めた自転車だった。市内だけなら車よりも自転車の方が便利な時が多く、重宝していた。

 なくなったのは今月初めだった。気づいた時は「会社の誰かが乗って行ったのだろう」と気にしてなかった。ところが全員顔を揃えても、自転車は戻って来なかった。盗まれたのかと気づいた時は後の祭だった。「駅前周辺を探して見たら」と同僚は自転車が持ち去られたことを気の毒がって、しきりに勧めた。こちらは生返事をしながら、もうだめだろうと諦めていた。

 その自転車があると大曲警察署駅前交番から電話が我が家に掛かってきたのは花火大会前日の23日夕方だった。「秋田銀行駅前支店から放置された自転車があるのでと知らせがあったので確認したら、お宅の会社の名前と自宅の電話番号を書いたシールが張ってあるので分かりました。交番で保管して置きましたので」。親切な駅前交番のお巡りさんからの電話だった。

 電話はこちらがパピーの散歩を終えて戻ってきた時に入った。妻が受話器を手に走ってきた。まだ家までは5〜60メートルの距離があった。何事?と、こちらは走って来る妻の姿を不思議な思いで見つめた。「あなた。警察から自転車のことで電話よ」。息を切らせ、顔を紅潮させた妻が叫んだ。携帯電話が普及して以来、家庭の電話も話す場所を選ばなくなった。「こんな所で電話に出たら、車の往来の音が相手に聞こえるだろう。失礼に思われないだろうか」。戸惑いながらも受話器を手にした。

 「エッ。自転車が見つかったんですか」。つい大声となってしまった。その声を聞いて妻は「ああ。良かった」と拍手した。こちらも右手をグイと突き挙げ、二度三度と繰り返した。妻を車に乗せ、自転車を駅前交番まで取りに行った。しかし、目にした自転車は1カ月近くも野ざらしにされたせいか、荷台にもハンドルにも赤錆が浮いていた。汚れもひどく、会社に置いてあった自転車とはまるで違っていた。

 しかも乗り捨てた自転車なのに鍵は掛けられていた。家を出る時にもしかしたらと勘も働きスペアの鍵を持っていたので、それを使って鍵を開けた。見守っていたお巡りさんはこちらがスペアの鍵を持っているのを見て「この人の自転車に間違いない」と確認したようで「どうぞお持ち帰り下さい」と見送った。

 自転車はそのまま買い求めた時の自転車屋に運んだ。そこのご主人は「さびは何とかしましょう。それに少し手入れも必要ですね」と整備を請け負ってくれた。自転車は花火大会も終わった月曜日の昼に会社に届けられた。「整備費はサービスさせて下さい」と自転車屋さんは言った。元ほどとは言えないが、赤錆は目立つほどではなくなっていた。再び自転車で市内巡りができるようになった。その便利さを喜んでいる。

 もう一つのトラブルはデジカメの故障だ。注意はしていたが、雨の花火大会の取材でカメラが水分を吸い込んで故障してしまったのだろう。モニターが使えなくなった。カメラ店を通じてメーカー送りとなったが、その修理費が2万円とのこと。まあ買い換えるよりも安く上がるので修理を依頼した。代わりに古いデジカメを使おうとしたら、そのカメラとパソコンとを結ぶコードが今のパソコンには合わない事を知った。古いカメラは補助用に保存しておいたのだが、新しいパソコンでは使えない代物となり、ただのゴミとなってしまった。

 田沢湖町神代に踊りの塾を開いた菊池正平さんの27日朝の取材ではそうした事情を話し、菊池さんのデジカメを使わせてもらって、画像を送ってもらった。そして菊池さんから送ってもらった画像を取り込んで、ケンニチに掲載した。その翌朝には仙北町で塗装業組合のボランティアの取材があった。デジカメが使えない以上、ケンニチへの写真掲載は無理と諦め、会社からスチールカメラを借りて取材に行った。塗装工の皆さんが仙北南小学校の校庭で遊具の塗装し直しをしている作業を数枚撮って、職員室を訪れた。

 教頭先生とお会いし、遊具の種類などを教えてもらってから「学校にデジカメはありますか」と聞いたら「ありますよ」とのことだった。「実はインターネット新聞『秋田県南日々新聞』にもこの塗装工のボランティアを載せたいのでカメラを貸してもらえないでしょうか」とデジカメ故障の事情を話して借りた。

 教頭先生は「ああ。ケンニチにも載るんですか。読ませてもらってます。ニュースがとても早くて学校でも重宝してますよ」とのことだった。「わが校もいろいろと面白いことをやりますから、これからはメールでお知らせしますので取材をお願いします」と教頭先生。ここでもケンニチへの新しい風が吹いているのを知った。風はケンニチに喜びと励みを送ってくれる。明日も風を待とう。新しい風を・・・。(カメラ故障のため写真は入れませんでした)