誘われて秋田市の「アトリオン音楽ホール」で8日に開かれた「秋のオルガンコンサート」へ行った。県民オルガン奏者養成講座修了生5人が、2年間のレッスンを終えた成果を披露する「パイプオルガンコンサート」である。パイプオルガンは大曲市の大川西根小学校にもあって、その壮大な音には幾分、馴染んではいるが、どちらかと言うと華麗で色彩のすっきりした音色が好きな自分には、オルガンの音はどこかメランコリックで、熱中できない楽器だった。しかし、「アトリオン」にあるパイプオルガンは規模もスケールも小学校のものとは違い、見た目でも圧倒された。壮大な音にも参った。
アトリオンから頂いたパンフレットによるとオルガンの高さは11メートル、幅は6メートル、奥行きは3メートルとか。パイプの総本数は3072本で、最大のパイプは直径40センチ、長さは6メートルもあり、最小のものは直径5ミリ、長さ1センチとか。演奏者がオルガンの前に座るとまるで巨大な塔を前にした〃小人〃である。赤ん坊がゾウの前に座ったような感じだった。
クラシック音楽の魅力に引きつけられ、自宅で熱心にレコードコンサートを楽しんだのは高校生から20代のころまでだった。あのころはベートーベンやモーツアルト、シューベルト、チャイコフスキー、ショパン、ムソルグスキーなど数多くの音楽家のレコードを買い求めてはステレオの前に座り、何時間もオーケストラやバイオリン、ピアノ演奏、そして「歌劇」などを楽しんだ。
ベートーベンの交響曲「運命」を初めて聴いた時は、そのドラマチックな幕開けに感動し、囲炉裏の側で縫い物をしていた母、庭で漁網のほころびを繕っていた父を呼び「運命の扉って、こうやって開かれるんだって」と興奮しながら説明し、「最後まで聴いていてよ」と迷惑がる二人をステレオの前に無理やり座らせたものだった。「マア。おらだばこういった音楽だば性にあわね」。ラジオやテレビで民謡や浪曲を楽しんだ母は5分もするとイライラしながらその場から逃げ出し、再び縫い物にいそしんだ。父は我慢しながらジッと最後まで聴いてくれた。
チャイコフスキーの交響曲「悲愴」では、音が湖のように静まりかけ、ウトウトしかけたころ、突然、トランペットもホルンもバイオリンもチェロも、オーケストラのすべての楽器が目覚めたような大音響で叫び出し、その音で座いすから飛び上がるようにビックリした父の姿は今も目に浮かぶ。その父の姿を見ても笑えなかった。一生懸命に付き合ってくれようとした父の気持ちが分かるだけに笑えなかった。
長男夫婦に家を出られ、その後を継ごうとした兄にも失敗した父は老後を頼れるのは末っ子しかないと高校生だった自分にすべてを懸けた弱さと優しさがあった。老いの寂しさが深くしのび込んだ母にも「頼れるのはマアだけだからな」とすがりつくような目があった。だから、親と子の3人暮らしとなった高校生のころは、父も母も貧しさの中からせめて自分にだけは少しぐらいのぜいたくはさせようと当時では高価だったステレオも買い与えてくれた。
ステレオを買ってもらっても、今度はレコードを買えるお金で悩んだ。父と母の貧しさは知っていたから無理は言えなかった。与えられる小遣いで、LP版のレコードを買えるのは月にせいぜい1枚ぐらいだった。だから、クラシックレコードなら繰り返し聴いても飽きないだろうと、クラシック音楽を中心にレコードは買い求めた。それも一枚買い求めるために随分、吟味して買ったものだった。
どうやってレコードを選ぶかは、ジャケットの裏面に書かれた音楽の「解説文」が選択肢となった。全文を読むには帯が邪魔をして読めなかったが、帯に書かれた「豪華絢爛」とか「珠玉の演奏」などの宣伝文句や指揮者の名声などを詳細に吟味し、それを参考に収録されている音楽のイメージを温め、買い求めた。レコードを手にしていつも感心したり驚いたのは、その解説文の見事さだった。音楽家の足跡を書くのはその作曲家の歴史を調べれば造作もないことだが、形のない〃音〃を文章で表現する技術は大変なことだと当時も思った。とにかく聴いたこともない音楽を慎重に選び出すにはそのレコードジャケットのうたい文句と解説文が決め手となった。
8日、アトリオンでパイプオルガン演奏を聴きながら、もしもこのオルガンの演奏を自分が書くとしたらどう表現したらいいのか。聴いていて、悩んだ。
5人の研修修了生とアトリオン音楽ホール専属オルガニストの香取智子さん、それに大館市のリコーダー奏者・佐藤孝弘さんの演奏があった。その演奏を聴いて改めて思ったのは「パイプオルガンとは不思議な楽器だ」ということだった。あの林立したパイプから発する音は荒野を歩く軍隊の重々しい足音にもなれば、無数の踊り子の輪の喧騒にもなり、怒濤のような嵐にもなった。泣き、叫び、怒鳴り、歌い、なだめる、ありとあらゆる人間の感情を音にして、千変万化した。小鳥のようにさえずれば、壮大なエネルギーが爆発するオーケストラにも化けるのである。
たった一人の奏者が両手両足を使って鍵盤を叩き、踏む。こちらからは演奏者の後ろ姿しか見えないが、両足を思い切り広げて鍵盤を踏み、両手で鍵盤を叩く姿は音を紡ぎ出すという生易しいものではなく、全身を使った〃力仕事〃のように思えた。演奏というよりもむしろスコップを手に土を掘り起こすような重労働に見えた。
そしてその重労働によって壮麗な音はホール全体を包み込み、聴いている人たちの耳にしみ込み、鳥肌立たせ、言い知れぬ喜びと感動をもたらした。時には静かな林のような風景を描き出し、時には炎のように燃え上がり、壮大なエネルギーの爆発をも見せた。パイプオルガンは欧州で神に捧げる楽器として開発され、宗教音楽を支えた。時には泣き叫ぶように、時には怒り、時には幼児の甘え声、時には神が人を諭すような神秘的な優しさにも変化した。
ベートーベンのピアノソナタ、ショパンのピアノソナタ、リストのピアノソナタ、ムソルグスキーのピアノソナタ。ピアノは大好きな楽器だったが、今度のパイプオルガンでその新しい魅力を知った。その奥の深さはピアノとは比較にもならない壮大なスケールがあった。パイプオルガンを習ったことがあると言う女の人は「音を自由に変えるスイッチもいっぱいあって、覚えるのは大変なこと。奥が深くて、森をさまようような感じ」とも語った。アトリオン音楽ホールで改めてパイプオルガンの魅力を覚えたが、しかし、ヨーロッパの神殿のように居すわったその姿の威信さによるどこか取っつきにくい距離感はやはり縮まらなかった。
帰りの車中、CDのスイッチを入れた。CDには先日、秋田自動車道のサービスエリアで買い求めた石原裕次郎の「ライブベスト」が入っていた。裕次郎の歌が流れた。「愛しても 愛しても 愛しきれない 君だった」。「夜霧の慕情」が流れた。哀愁のこもった裕次郎の歌声が魅了した。「しのび会う恋を つつむ夜霧よ 知っているのか ふたりの仲を」。「夜霧よ今夜も有り難う」も流れた。裕次郎と夜霧はよく似合うと思いながら帰途に就いた。