こちら編集室「死への準備教育」(10月4日)

 横手川の堤防を歩いていたらモンシロチョウが二羽、戯れるように仲良く飛んでいた。青空の広がった気持ちのいい秋の日の午後だった。連れていた小犬のパピーはおしっこの場所を探そうと目をキョロキョロさせ、右へ行ったり左へ行ったりとせわしないが、こちらは二羽のモンシロチョウに目を奪われた。チョウは小さな紙切れが風を受けて舞うようにふわふわと上になったり、下になったりして羽ばたいていた。名の知らぬ黄色い雑草の花を中心に二羽のチョウは寄り添うように飛んでいた。

 どうしたわけかその内の一羽がパピーと自分を追うように後から付いてきた。目の前を飛んだり、背中に回ったりしながらふわりふわりと飛び回った。「パピー。チョウチョウが一緒だよ」。足元のパピーにそう呼びかけたが、パピーはキョトンとした目でこちらをチラッと振り返っただけだった。チョウの飛ぶ様子を線で描いたらきっと複雑な曲線が描かれるだろうと想像しながら並んで歩いた。モンシロチョウは横手川に架かった橋の欄干まで来たら向きを変え、「バイバイ」とサヨナラするように川に向かって飛び、消えた。モンシロチョウと友達になれたような不思議な気分だった。

 子どものころはチョウでもトンボでも手で捕まえては虫かごに入れ、それを観察したものだった。捕まったチョウやトンボが虫かごの中で死んでも、かわいそうとか気の毒とかは微塵も思うことはなかった。ただ捕らえることに快感を感じた。観察するのではなく、捕まえることに喜びを見いだしていた。思えば残酷な行為をしたものだ。しかし、子どものころチョウやトンボ、そしてかぶと虫など昆虫を捕らえ、それを観察するのは貴重な体験だと思う。小さな生き物から命の不思議さを学ぶ一つの手段となるからだ。

 大人になった今は、道端に死骸となって横たわっているチョウを見ても、トンボを見てもとてもかわいそうに思える。小さな命の終わりがなぜか哀れになった。そう思えるようになったのも幼いころチョウやトンボを捕らえ、その小さな生き物の死を見つめ、チョウやトンボにも命があると知ったからだ。

 パピーと歩いていたら生まれたばかりと思える小さなカタツムリが堤防上の道路をゆっくりと移動していた。小指の爪ほどしかない小さなカタツムリだった。つまみ上げて、ひょいっと堤防斜面の草むらへ放り投げた。そこなら人に踏みつぶされる心配もない。安全地帯へ移動させ、小さなカタツムリの延命を願った。

 デーケンさんと妹のアンネリー・デーケンさん大曲市の大曲中央公民館で9月29日、「いのちを考える特別講演会『生きがいとユーモア』」があった。取材を兼ねて講演を聴きに行った。詳細は記事にも書いたが、講師は上智大学文学部教授でドイツ人のアルフォンス・デーケン氏だった。デーケン氏は「死とどう向き合うか」=NHKライブラリー=、「生と死の教育」=岩波書店=など「死への準備教育」をテーマにした多くの著書がある。

 「死とどう向き合うか」。死は誰にもやってくる。絶対避けられない法則で、命あるものの宿命だが、元気なうちは「死」なんて考えたくもないし、口にもしたくない。そのタブーにデーケン氏はあえて挑戦し、大学で「死の哲学」を学生たちに教えている。死に特別な関心を持ったわけではないが、話だけでも聴いてみたいと思った。会場ではデーケン氏の多くの本も販売され、デーケン氏自らがその本へのサインに応じるなどサービス精神を発揮されていた。

 その忙しそうなデーケン氏に「取材に訪れたも地元紙のものです」と名刺を差し出し、写真撮影の承諾を取ったら、かたわらにいた修道尼さんを「妹です」と紹介した。その妹さんは秋田市の聖霊女子短大の文化コミュニケーション科の教授をされているというから兄と妹さんの二人が日本で活躍されていることになる。

 アンネリーゼ・デーケンさんにも「秋田県南日々新聞」の名刺を渡し、「今日の講演内容の記事はそのアドレスでご覧下さい」と言ったら「オー。インターネットね。楽しみにしてます」と喜んだ。あいさつを済ませ、デーケン氏の多くの著書の中から「死とどう向き合うか」を一冊、買いもとめた。

 「遅かれ早かれ死は、誰にもやってきます」。講演に入るとデーケン氏は当たり前のように「死」語った。デーケン氏の話で心に残ったのはマタイ6章34節の「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは、明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」のイエスの言葉だった。デーケン氏はこの言葉を引用し、「あんまり遠い将来のことで思いわずらってもしょうがない。その日の苦労はその日のものと思え」と思いわずらうことからの解放を提唱した。つまりオプチミスト、楽天主義の勧めだった。 そして「出会いが深ければ深いほど、別れは辛いものになる」とも言った。愛する子どもの死、妻や夫の死は辛い。父や母の死も悲しい。デーケン氏は「愛する人の死は受け入れられず、パニック状態になったり、怒りを感じたり、あるいはああすれば良かった、こうすればもっと長生きさせることができたのにと反省するが、次第に諦め、死を受け入れる」と語りながらも「死」を必要以上に恐れたり悲しんだりしないためにも「死への準備教育」が早くから必要だとも語った。

 デーケン氏の話をもっと理解したいと、講演会後の茶話会にも参加した。デーケン氏は「日本人は死をタブー視して、学ぼうとしなかった。しかし、死を知らないから大きな恐怖を抱く。死を知ることで死への心配や不安は乗り越えられる。また人生に希望を持つことも死の恐怖から乗り越える一つの手段だ」とも語った。そして「キリスト教は愛の宗教で、喜ばしい便りだ。喜びを伝えるためにはユーモアも必要。ユーモアこそキリスト教の大切な要素なのです」とも語った。静かでとても優しい口調だった。

 デーケン氏の斜め前に座ってその目を見つめた。デーケン氏が掛けているメガネのレンズのせいかとても目が拡大されて見えたが、優しい美しい目をしていた。自分の手元には買いもとめたデーケン氏の著書「死とどう向き合うか」があった。デーケン氏の話に耳を傾けながら本を飛ばし読みしていたら、デーケン氏は小学2年生のころ、4歳の妹が病死すると言う辛い体験をしていることに気づいた。

 その妹さんの死についてデーケン氏は「両親は妹が治る見込みがないとわかると、遠い病院から自宅へ連れ帰って、家族全員で看病することにしました。私たちきょうだいも、精いっぱい妹を喜ばせようと、あれこれ心を込めて看取りました。妹も病状が進む中で、幼いなりに自分が死ぬことを自覚して行ったようです。私の家族は皆カトリック信者ですから、死後に天国で愛する人と再会できるという希望が、いつも信仰の根底を支えています。いよいよ病が重くなると、妹は家族一人ひとりの手を握って『ありがとう。天国でまた会いましょう』とほほえんで亡くなりました」と書いてあった。

 その部分を拾い読みしながら、自分はデーケン氏に「4歳で亡くなられた先生の妹さんの死を思うと、おかしな表現ですが、とても幸せな死だと思いました。天国で再会できると信じて死ねるなんて、ジーンと来ると同時に妹さんの死は幸せだと思いました」と述べた。

 質問とも言えない質問だったが、こちらの問いかけにジッと耳を傾けていたデーケン氏は「そうですね。妹の死はとても悲しかった。家族もとても悲しがった。でも妹の死には希望があった。天国でいずれは愛する人と再会できるという希望があった」と静かに答えた。デーケン氏の話を聞きながら、神を信じきれる人って幸せだなと思った。亡くなっても神さまのいる天国に迎えられ、いずれは愛する父や母と再会できると信じきって旅立ったデーケン氏の妹さんの死は悲しいけれど、反面、救いと希望があった。そうした悲しむべき「死」にさえ、希望を与える宗教っていいなと思った。そしてそれを受け入れ、素直に信じきれる人は幸せだなと思った。

 デーケン氏の話を思い浮かべながら雨続きの堤防を歩いた。「死への準備教育」。デーケン氏は「死への準備は、よりよく生きるためでもある」とも語った。その通りかもしれない。昨年の春に胃を患ってしばらく気持ちが落ち込んだ時があったが、その時に気が付いたのは雑草でも木でも、とても綺麗だなと感動する心が生まれたことだった。死への準備はそうした感動する心も大切にしなければいけないような気がする。

 台風21号の影響もあってか、今週は雨の多い日々だ。あのモンシロチョウはどうしているのだろう。横手川を眺めながら、もう10月かと時の流れの早さにため息をついた。