こちら編集室「秋の日に思う」(10月11日)

 台風21号が駆け抜けて行った日の朝、我が家では鉢植えのケヤキが倒され、鉢が粉々になるという被害があった。歴史に残る「19号」台風の時のように県内全域で屋根が吹き飛ばされたり、塀が倒されたなどの被害に比べたら微々たるものだったが、玄関から車庫前、それに裏庭に通じる狭い通路はあちこちの家々から飛ばされてきた木の葉で散乱した。その後かたづけが、何日か続いた。松の葉、柿の木の葉、モミジの葉、桜の葉など様々な葉っぱが散っていた。その葉っぱの後かたづけをしながら、木の葉を見て木の名前を判別できる人はすごいなと思った。木だけでなく、草花を見てその名前を口にすることができる人ってすごいなとも思った。

 木や草花だけでなく野の鳥、空を流れる雲の名前、スーパーに買い物に行って見かける海の魚の名前を言い当てられる人ってすごいなと思う。かぶと虫やチョウチョウ、セミやトンボなど昆虫の種類と名前を言い当てられる人もすごいし、数々の色の名前を知っている人もすごい。オーケストラで使われる楽器の名前を知っている人もすごいし、ありとあらゆる漢字を読める人もすごい。野菜や果物の名前を言い当てられる人もすごいし、キノコを簡単に毒かそうでないかと判別できる人もすごい。ましてやそのキノコの名前を知っている人もすごい。

 名も知らぬ雑草も図書館で植物図鑑を見たら、どんな雑草にもりっぱな名前があることを知った。独り暮らしのおばあさんが亡くなって、それからしばらくしたらその家は取り壊され、空き地となった。半年もしたら空き地は雑草が生い茂り、うっとうしいほどの荒れ地となった。秋になった今もその雑草は伸び放題で、もはや人が入れる余地もない。その勢い良く伸びた雑草を見て、ほめたくてもどうしても表現する言葉が浮かんで来ない。ただ雑草に占められた空き地を見ていると人の命のはかなさ、哀れさを感じるばかりだ。 

 公園を歩くと様々な木々を見かける。イチョウや松、杉、モミジ、ケヤキ、アカシアなど幼いころから接した木の名前は知っているが、雑木林に入ると何がナラの木で何がコナラなのか、何がカエデで、何がハゼノキなのか、ほとんど判別つかない。もちろん雑草を見ても、野の花を見てもその名前はとんと分からない。随分、不勉強な人生を過ごしてきたものだと反省する。

 木や草の名前、花の名前、虫やカエルの種類や名前は小学校で学んだ。また遊びを通して学んだ。秋になってクリの実拾いをやってその栗の木にもいくつかの種類があることを覚えたし、柿の実を取って、それが甘柿か渋柿かを知った。夏には赤スモモを見つけ、まだ熟す前の実に石を投げて枝ごと落とし、その酸っぱさを知った。いずれもよその屋敷にしのび込んで無断で取ったもので、そこのご主人に「コラー!。どこのガキだ」と怒鳴られ、兄やその友だちと一目散になって逃げた苦い記憶もある。

 木の名前も草花の名前もそれが食べれる実なのか草なのか、いずれも生活体験を通じて学んだ。もちろん学校でも教えられたが、遊びを通じて学んだものが多い。杉の葉は幼いころ、風呂の焚きつけに使うため母と兄に「杉の葉拾いにいくよ」と連れられて行って親しんだ。秋は杉の葉拾いのシーズンでもあった。母と兄だけでなく、近所のお母さんたちもそれぞれの子どもを連れて杉林に入った。

 こちらは杉の葉拾いよりも、集まった子どもたちと杉林の冒険に夢中になって遊んだ。杉林の中を駆け回り、羊歯(しだ)類を中心に様々な雑草が生えているのを知った。横手川の堤防に出ると、さらに背の高い雑草が勢い良く生えて、その中には塩漬けにするとおいしく食べられるものがあるのを遊びを通じて知った。杉の葉拾いに一生懸命だった兄は「マア。遊んでばかりいないでもっと手伝え」と叱った。あちこちから集めた杉の葉を一カ所に集めた母は自分の背中にその杉の葉の大きな束を背負い、兄も母から手伝ってもらって杉の葉を背中に背負った。母にも兄にも取り残されたような気分となった自分は急に悲しくなって「おれも杉の葉、背負う。おれにも杉の葉背負わせて」と泣いた。母は「マア。泣かなくてもいいのに」と笑って、まだ残っていた杉の葉を小さな束にしてまとめ自分の背中に背負わせた。

 3人が亀のように背中に杉の葉を背負って肩を並べ、家に帰った記憶がある。ほおかぶりをした母。小学校に入る前の思い出だが、涙もろかった母は末っ子だった自分の涙にはことさら弱かった。泣き出すと何でも「マア。どうした。何したんだ」とあわてた。杉の葉には幼いころの母の優しさが今もこもっているような気がする。

 朝日新聞で6日から「転機の教育 競争の加速」と題した教育シリーズの連載が始まった。その中で群馬県太田市では小学校、中学校、高校の一貫校をつくり、国語以外はすべて英語で教えるという構想が進められているとあった。この英語教育に重点を置いた太田市の教育方針の徹底さに驚いたが、連載2回目の記事を読んで、日本の教育はこれでいいのだろうかと心配になった。

 つまり連載2回目の記事では家庭の経済力や住む地域によって子どもの学力に大きな差が生じる恐れが出てきたと言うのだ。お金持ちの家に生まれた子は1回2時間で2万〜3万円もの授業料を払って、「高級家庭教師」の指導を受け、東京大学など一流大学への進学を目指すという。そんな傾向が既に首都圏では始まっているというのである。家庭の経済格差が学力にも格差を付ける時代になろうとしていると言うのだ。同時に行政の取り組みによっても学力に差が生じる時代にもなろうとしているとも書いてあった。

 国語以外のすべての教科を英語で教えるとの構想を打ち出した群馬県太田市がその一例だ。もし、その構想が実現したら太田市の子どもたちは将来、「英語ペラペラ」の才能を身につけることになるだろう。一方で、文部科学省の言うがままに「学習指導要領」に従って授業を受けた子どもたちは「英語」はいつまで経っても苦手な時間になるかもしれない。

 現状を見る限り、大曲市は「学習指導要領」をそのまま受け入れている。そうなると太田市と大曲市とを比べたら子どもたちの英語能力は将来、大差がつくことになる。英語能力一つを捉えて太田市の子どもたちが幸せで、大曲市の子どもたちが不幸とも言い切れないが、同じ行政の下で学力に差が付くようなことになるのはどうもおかしい。

 ましてやお金持ちの子どもたちは幼いころから学習塾で英才教育を受け、将来のエリートコースを歩み、そうでない子どもたちは地方の無名大学に甘んじ、お金で知識を学んだ一部の人たちの下で使われる時代となったらこの国は一体、どうなるだろう。なんか嫌な気がした。教育はもっと公平であるべきではないだろうか。

 台風で飛ばされてきた木の葉を拾い、草や木、雲の名前、昆虫の名前などは子どものころ、遊びを通じて学んだなと思い出した。子どもの学力の向上も大切だが、経済力に恵まれた家庭の子とそうでない子との学力の差が生じるようでは何かいびつだなと思った。教育はもっと公平であるべきだ。遊びを通じ、そして自然の中から木や草の名前を覚える。そんなゆとりがあってもいいのではないだろうか。

 明日12日から箱根から鎌倉、そして東京・芝増上寺参拝の旅に参加するため14日まで留守にします。読者の皆さまもどうぞ連休をお楽しみ下さい。