こちら編集室「花束と題した絵」(11月8日)
東京「上野の森美術館」で買い求めたピカソの絵が連休中の2日に届いた。ピカソの絵と言っても「花束」と題したリトグラフ(石版画)である。ピカソの描いた本物の油絵なんて、それこそ億単位の値をはるものだろうし、一般庶民の手に入るはずがない。ましてや本物のピカソの絵を飾りたいなんてばかげた絵画趣味は微塵も持ってない。我が家に飾る絵は妻も自分もそうだが、ただその部屋を明るくし、気持ちを豊かにしてくれるものなら何だっていいのだ。ちょうど生け花を部屋に飾るような感覚で絵を楽しんでいる。絵でもブロンズ像でも、玄関や部屋に飾って楽しくしてくれるものであればいい。そんな気持ちでこれまで何点か衝動買いしてしまった。
本当に絵やブロンズ像は衝動買いだ。最初から買いたいと計画して美術展や画廊を訪れたことは一度もない。絵画展に誘われて、絵を観ているうちに何となく、いやフラフラッと絵の魅力に取りつかれ、買い求めたり、知り合いが秋田市の画廊で写真展を開いているのでその付き合いで見学に訪れた際に妻が気に入ったという少女のブロンズ像をその場で買い求めたりしたものだ。衝動買いと言えば今の家だって、衝動買いだった。たまたま友人が家を新築中に請け負った会社の社長を我が家に連れてきて一緒にお酒を飲んでいるうちに「なら我が家もやって貰おうか」とその場で決めてしまった。さすがにその時の社長は「こんなお客さんは初めてだ」とビックリしていたが・・・。
今度、買い求めたピカソのリトグラフもその一連の流れだった。それにしても東京の美術館で観た時の印象よりも「花束」と題した絵は思った以上に大きかった。このため玄関ホールの壁に掛けてあった絵を取り外し、そこに飾った。絵そのものはフランスから取り寄せたもので、ピカソ展を主催した東京の美術商が白木で額装したうえで送ってくれた。輸送量込みの着払いで、3万2500円だった。
絵は届いたものの妻は支払う金がないと言い出す。仕方なく自分の財布の中から支払った。おかげでこちらのふところも空っぽになった。「こんなこともあるから、お金は持ってろと言ってるじゃないか」とブツブツ小言を言いながら、お金を払った。妻は「だって忘れてたんだもの」と唇をとがらせた。
そんな言い合いをしながら、厳重に梱包された絵を二人でほどいた。箱の中に収まった「花束」と題した絵は、そうした空気をパッと明るくした。だいだい色とオレンジ色、黄色、それに黒の4輪の花束を両手で握った絵だ。花の絵そのものはどこか子どものような幼稚さを感じさせるが、花束を握った両手の黒いふくよかな線の流れはさすがである。ピカソ独特の柔らかさとでも言おうか。単純な色彩と構図だが、どこか違う。どこがどう違うのか。説明したくても、表現力の乏しい自分には荷が重過ぎるが、花を描いた色彩、手と指のデッサンに天才画家の息吹がこもっているような感じを受けるのである。
絵は居間に飾りたかったが、妻から「あなたはタバコ吸うでしょう。タバコのヤニで絵が汚れるからだめ!」と遮断された。そう言えば、家を改築した時に初めて買い求めた絵も、友人だった小野則夫さんの絵も居間に飾っているが、忘れたころに額縁のガラスを拭くとタバコの汚れで布巾は真っ黒になる。タバコの害はそんな所にもあるのかと愕然としたものだった。
この際は妻の言うことに従った方が無難とあきらめ、玄関の壁を選んだ。火の気のない廊下に立って二人で絵を眺め、「いいねー。何といってもピカソの絵だよ」とささやかな幸せと夢を堪能した。その喜びをさらに延長しようと翌日は図書館に足を運んで美術本を探し出し、ピカソの絵を観た。その美術本は天才・ピカソが最もその才能を発揮したころに描いた立体派の画を中心にまとめたものだった。
東京で観た若きころの絵を中心に集めた「天才・ピカソ展」、そして我が家のピカソの絵。これだけでもうピカソに関してはひとかどの眼力を持っているような錯覚に陥っていた自分が浅はかだった。図書館にあった美術本をひもといているうち、自分の頭の中は不思議な記号だらけとなった。強いて言えば「?」のマークをいくつも並べたようなものである。「3人の楽士」「パイプを持つ男」「鏡の前の女」「泣く女」「海辺に坐る女」などの絵を観て、これが「芸術?」と奇妙な物体を観ているようで、言葉を失った。
どう観ても絵とは思えない。素人眼ではただ奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)で、グロテスクな記号の塊にしか見えなかった。解説書に眼を通すと「ピカソは絵を通じて新しい造形言語を表そうとした」と難しい言葉が羅列しているが、自分には理解の度を超えていた。「肘かけ椅子に坐った女」では椅子を上から見た、横からも眺めた、女の乳房は正面から、側面からも描いた。そうした結果、このように見えた。ピカソはそう言っているらしい。いわば人物も物も空間も、ピカソによれば一つの断片にすぎない。その結晶を結合させ、リアリティに描くにはそうしたモノの断片を切り刻み、描こうとする画布に配列するしかないと断定しているのである。
ともかく図書館で観たピカソの絵は自分の思考力からはかけ離れた世界だった。それでも我が家に飾った「花束」と題したリトグラフは空間を優しくし、パッと明るくする力を持っている。絵のもたらす不思議さだ。絵と言えば、映画「アイ・アム・サム」でも子どもの描いた絵が強く印象に残った。アイ・アム・サムは知的障害で、7歳の知能しか持ってない主人公のサムがお父さんになってしまったことから起きた悲劇と愛の美しさを描いたものである。
サムはホームレスの女性と生活していたが、その女性は女の子を生むとサムのもとから逃げるように姿を消してしまう。生まれたばかりの赤ちゃんに戸惑いながらも精いっぱいの愛情を注ぎ、懸命に育てるサム。その子はやがて成長し、小学校へと入る。成長した少女はまるでフランス人形のような可愛さである。アメリカ映画界はどこからこんなにも愛くるしく、美しい少女を見つけ出すのか。その審美眼にも驚く。
それは別として少女はサムとブランコで遊びながら「私は幸せだわ。ほかのパパは一緒に遊べない」とサムを父親に持った喜びを素直に語る。サムは「そうだ。僕らは幸せなんだ」と喜ぶ。少女は「私のパパはパパだけよ」とブランコに乗りながら強く抱きつく。少女と父親とブランコを舞台にした美しいシーンが強く心に残った。
しかし、少女は父親の知能がほかのパパと違ってとても遅れているのに気づく。7歳になった少女は本をすらすらと読めるほどの知能がある。だが、パパは本さえも満足に読めない。このため、少女は知能的に父の能力を追い抜いてしまうことに強い不安を持つ。
少女が学校で描いた絵は少女が大きくて、父親のサムは子どものように小さく、そして少女が父親の手をいたわるように引いている親子逆転の絵だった。それは絵を通じて少女が訴えている悲しみのようでもあった。そして少女は学校で知識を学ぶことを恐れるようになる。7歳の知能しか持ってない父親を追い越してはならないと思うからである。
教師は少女の描いた絵を観て、不安になり、ソーシャルワーカーに連絡する。ワーカーはサムと面談した結果、父親としての養育能力がないと判断し、施設が少女を保護することになる。親子の絆を法律で引き裂こうとしたのだが、いちずに娘を愛そうとするサムの純情。父親を慕う少女の純粋な愛は映画を観るものの涙を誘った。それにしても少女が大きくて、小さな父親の手を引いた「絵」の訴える力の大きさには観ている方もショックだった。絵の持つ力の大きさを見事に描いた映画だった。
玄関の壁を飾ったピカソの「花束」は白をバックにだいだい色とオレンジ色、黄色、そして黒の4輪の花束を両手で握った絵だ。人の心の温もりを感じさせる絵だと思う。ピカソが天才的な手腕を発揮した立体的な絵画芸術の世界は理解の度を超えているが、ピカソにはこうした親しみやすい一面もあったのだ。冬を迎え、暗い空の下を歩いては逃げるように帰って、玄関を飾った明るい絵を楽しんでいる。