こちら編集室「明けの明星」(11月29日)

 明け方、東の空にキラキラと輝く大きな星が見えた。最初はその星の名前が分からず、ただ「なんてきれいで大きな星なんだろう」と感動していた。このごろやっとその星の名を思い出した。明けの明星と呼ばれる「金星」だった。ほかの星に比べても何倍もの明るさだ。大きな宝石が夜明けの空でさん然と輝いているようでもあった。夕方、西空に見えるのを「宵の明星」、明けがた東の空に見えるのを「明けの明星」という。金星をこのように教えられたのはいつごろだったろう。まだ小学生だったような気もするが、はっきりしない。秋の日の夕方、西の空にキラキラ輝く一番星を見て「もう家に帰らなければ」と少し惜しい気持ちで遊び仲間と分かれ、雄物川河川敷の広場から帰り道を急いだころを思い出す。

 先週の土、日は久しぶりに晴天に恵まれた。いつもと変わってない風景なのだが、久しぶりに青空の下を歩いたら、横手川の堤防も川を隔てた向こうの集落もとても都会的で洒落た光景に見えた。大げさに言えば東京の玉川周辺を歩いているような気がした。雪はどんどん消え、日影にわずかに残っているだけとなった。その日の夕方、再び横手川周辺を歩いたらもやが立ち込め、風景は薄緑色のフィルターを通して見るようなカラーになっていた。西の空の夕陽が幻想的だった。カラスが群をなして西山を背に東の空へと向かっていた。飛び交うカラスを見上げ、寒さ知らずに冬を越せるカラスがふとうらやましいとさえ思った。

 川端康成の小説「雪国」のヒロインは駒子だった。新潟県湯沢町の温泉芸者として駒子は小説に登場した。この小説に出会ったのは高校時代だった。駒子と島村との温泉宿での交流を夢中で読んだものだった。駒子と島村との言葉のやり取りよりも、雪国の風景を見事に描写した川端の言葉の美しさに酔いしれ、繰り返し読んだものだった。

 その駒子のモデルと言われた小高キクさんが亡くなったのはいつだったろう。雪が降りだしたらなぜか、駒子のモデルとなった小高キクさんのことが気になりだした。まるでのどに引っかかった魚のトゲのように気になった。今年の冬だったろうか、去年の冬だったろうか。いずれ小高さんの訃報記事が新聞に載ったのはまだ雪のある季節だった。あいまいな記憶だけでは調べようがなく朝日新聞本社に電話を入れ、記事の紹介をお願いした。 人間の記憶とは本当にあいまいなもので、「確か今年の冬か昨年の1月か2月だったと思いますが、川端康成の小説『雪国』の主人公・駒子のモデルとなった女性の死亡記事が載ったはずです。その掲載日を教えて頂けませんか」と尋ねた。朝日新聞では「少しお待ち下さい。記事検索をしてみます」と答え、「今年じゃないようですね」と言いながら、「ああ。ありました。99年2月4日の社会面に掲載されてます」との回答だった。一読者へのこうしたサービスに感謝しながら電話を切った。

 そのまま図書館に駆けつけ、新聞つづりを調べた。記事はすぐに見つかった。その記事で気になっていたのは駒子のモデルとして書かれた小高さんが、川端からもらったもののすべてを焼き捨てて、結婚したという下りだった。川端は小高さんに何をプレゼントしたのか。そして小高さんはなぜ、川端からもらったものを焼き捨てなければならなかったのか。まるで推理小説のナゾに出会ったようで気になった。

 記事にはこうあった。「小高さんは1915年(大正4年)11月23日、新潟県三条市に生まれた。10歳のころから同県の長岡市や『雪国』の舞台となった湯沢町の置屋で『松栄』の名で芸者として働いた。川端が初めて湯沢を訪れたのは34年(昭和9年)の冬。川端は高半旅館(現・雪国の宿「高半」)に宿泊し、当時19歳だったキクさんが呼ばれ、酒の相手をした。川端は36年まで、湯沢を訪れるたび高半旅館二階の『かすみの間』に泊まり、キクさんを電話で呼び出したという。キクさんは40年、24歳の時に芸者をやめた。湯沢町の神社で川端にもらった原稿や本をすべて焼き捨てて三条市へ帰り、小高久雄さんと結婚。以後、和服仕立屋のおかみとして暮らした。その後は、川端との交流はなかったが、川端がノーベル文学賞を受けたのを聞き、『あの人も世界の先生になりなさったんですか。そら、よございましたの』と、越後なまりで答えたという」。

 小高さんは83歳で亡くなった。結局、川端からもらったのはこの記事から「原稿」や「本」だったことが分かった。だが、小高さんはなぜそれらを焼き捨てなければならなかったのか。川端が小高さんに贈ったという原稿は何だったのかは記事には書かれてない。それがもしも「雪国」のオリジナル原稿だったら貴重な文学遺産になったのは間違いあるまい。しかし、小高さんは結婚するにあたってどんな貴重な物であれ、川端との思い出はすべて消し去らなければならなかったのだろう。川端から贈られた原稿を焼き捨てたという新聞記事を読んで、男と女の愛の決別はかくも残酷で悲しいものかと思った。

 小高さんにとって川端との出会いは芸者としての仕事で始まり、それがいつしか仕事抜きの〃愛〃となった。小高さんにとって、川端との恋は個人的なものであったが、川端はそれを「雪国」という小説でノーベル賞物の文学に仕立て上げた。小高さんは、川端との関係はそのまま秘めた思い出として残しておきたかったのかもしれない。川端の名作「雪国」の誕生で、新潟の湯沢町という舞台は一気に勇名になり、小高さんもそのモデルとして表面化してからは人生の重い荷物となったことだろう。

 作家・川端との出会いは小高さんにとって、新鮮で美しいものだったはずだ。しかし、女の幸せを求めた時、「雪国」を通して描かれた女の性(さが)は深い傷にもなったことだろう。川端からもらった「原稿」や「本」の貴重さは分かっていても、それを持っていることは愛の傷をいつまでも引きずる思いだったのかもしれない。結婚するにあたって湯沢町の神社で川端からもらった原稿や本を焼いたという小高さんの行動からさえも、小説「雪国」に登場する「駒子」の激しい情熱が伝わってくる。

 人を好きになり、その人のために尽くす女心の美しさと悲しさ。「雪国」からはそうした女心の切なさが伝わってくる。小犬のパピーを連れ、柴犬のアキを連れ、まだ明けきれぬ横手川の堤防から眺めた「明けの明星」。キラキラと光り輝く「金星」の美しさに感動しながら、小説「雪国」の美し過ぎた愛の陰に散った女心の悲しみを見つめた。