車の中のCDプレーヤーには6枚のCDが入っている。このごろは車を運転していても音楽を聴くよりあれこれ想いめぐらしているのが好きで、CDプレーヤーのスイッチを入れることは滅多にない。田沢湖町での取材は1時間ばかりの車の運転でもあり、湖畔を走っていたらその静かで、ロマンチックな冬の風景が音を求めたのか、CDプレーヤーのスイッチを入れた。流れてきたのは石原裕次郎の歌だった。9月に岩手県花巻市にある「高村山荘」に行った帰りに東北自動車道のサービスエリアで買い求めたものだ。
石原裕次郎の歌を聴いて思ったのは「裕次郎には夜霧が似合う」だった。「夜霧よ今夜もありがとう」、「夜霧の慕情」など裕次郎には「夜霧」をテーマにした歌や映画が多かった。青い夜霧が流れる夜の波止場にたたずむ裕次郎の孤独な影を銀幕で観た時はその格好よさに思わず身震いしたものだった。その「夜霧」が大都会ではもう見られなくなり、霧の流れるロマンチックな夜は東京から消えたと報道されたことがあった。大都会では気温の上昇で、霧が発生しにくくなったのが原因だったような気がする。
夜霧─。秋田ではこの季節になると夜霧も朝霧も珍しくはないが、夜霧の流れる中を歩こうか、などというおつな気分にはとてもなれない。身を切り刻まれそうな寒風を受けて夜霧の中を歩くより熱燗を傾け、夢見心地気分で酒を飲んでいる方がいい。
裕次郎のCDはライブ録音のようで、裕次郎の歌と声に酔い、感動した女性ファンの狂ったような叫び声が時々、流れる。
「俺はお前に弱いんだ」
つれないそぶり したけれど 俺の胸は 燃えている 好きだといえぬ 何故いえぬ
古い傷あと あるからさ ただそれだけ
いつも別れる さよならと 暗い露地の 曲がり角 やさしく抱いて 何故やれぬ
うぶなお前をみつめたら ただ泣けるぜ
今日も明日も あえるのに 無理をいって 困らせる 叱ってやれぬ 何故だろう
俺はお前に 弱いんだ ただそれだけ(石巻宗一郎作詞)
女性ファンは1番と2番までは黙って、多分、裕次郎の甘い声にうっとりと聴いているのだろう。水を打ったようにシーンと静まり返っている。だが3番の「俺はお前に弱いんだ」とささやくような声が流れると「キャーッ」という絶叫がCDから飛び出す。聴いているこちらも「俺はお前に弱いんだ」のセリフこそ女を泣かせる「殺し文句なんだ」と感心する。
「俺はお前に弱いんだ」。歯の浮くような名(?)セリフをカッコ良く言ってみたい。あり得るはずもないのに、若い女性から愛を告げられるといった妄想を図々しくも描いてみた。「抱いてやりたい。だけど俺はお前に弱いんだ」。苦悩の表情を浮かべ、想像してみたら自分で自分が恥ずかしくなり、車内で大笑いした。
若い女性からの「愛の告白」。小説を読みすぎると、心の闇からはそんなあり得ようもない妄想も浮かんでくる。そう自己弁護しながらも、現実的には一番、弱く怖いのはカミさんではないか。そう思った。それでいい。「俺はお前に弱いんだ」。円満な家庭を望むなら、そう言うべき相手はカミさんであることを世の男性はしかと肝に銘ずべし。
人と話をするのは相変わらず苦手だが、先日飲みに行った酒場で相手をしてくれた女性から「伊藤さんの話はとても勉強になるし、楽しかった」と嬉しい感想を頂いた。まだ20代の若さだったと思うが、セピア色の暗い照明の下に咲いたヤマユリのような野性っぽさと清楚さがあった。名前を教えられたが、相変わらず名前は覚えることも覚えたいとも思わず、ただ瞳が綺麗だったから「瞳美人さん」と呼んでは、その当時、「こちら編集室」用に書きつづっていた川端康成の「雪国」のモデルとなった小高キクさんや詩人・高村光太郎の晩年の生活などを話題に酒を飲んだような気がする。小説や詩が好きなようで、瞳を輝かせて熱心に聞いていた。赤いドレスの下から伸びた長い足、長く伸ばした黒髪が美しかった。
「やさしく抱いて何故やれぬ。俺はお前に弱いんだ」。こんなセリフのひと言もいいたくなったら、新しく入ってきた数人の団体客の接待のため、その人は隣のボックス席に呼ばれた。グループはかなり酔っているらしく、「オッ。いい女だ。モーテルさ行くべ。俺と付き合え」のだみ声が繰り返された。さっきまで小説や詩の話に熱心に耳を傾け、瞳を輝かせていた彼女がなぜかかわいそうになって、勘定を早めに済ませてその店を出た。
その人から「先日のお話はとても楽しかった」とお礼を言われたのは2度目に足を運んだ時だった。嬉しいことを言ってくれるなと長い黒髪に胸をときめかせたが、「俺はお前に弱いんだ」と言うべき相手はやはりカミさんにすべきか、とうつろな頭で考えていたら酔いが一気に回った。
夜霧が似合ったタフガイ・石原裕次郎は女性と酒を飲んでいてもとても気配りした俳優だったという。今年の春、故郷「角館町」での舞台公演でお会いした悪役俳優・草薙良一さんはテレビドラマ「太陽にほえろ」にも出演した。裕次郎を殴る役を引き受けたが、余りにも恐れ多くて、殴り掛かれなかったと語った。「本気になって殴っていいんだ」。裕次郎は草薙さんに何度もそう声を掛けたと言う。「殴ったんですか?」と聞いたら、「ええ。役者ですから、やりました」。草薙さんは頭をかきながらそう言った。
そして「裕次郎さんですか。そうですね。裕次郎は私にとっては『光り』でした。光りそのものとしか言えません」と遠くを眺めるような目で裕次郎の思い出を静かに語った。
タフガイと言われたその裕次郎も1987年7月17日、52歳で世を去った。早過ぎる死だったが、いつの間にか15年の歳月が流れた。青春の苦悩の時代に勇気を与えてくれたのが裕次郎の歌であり、映画だった。高校時代、川一つ隔てた角間川町には映画館があって、いつも石原裕次郎や小林旭の歌が景気づけにスピーカーからは流れていた。夜の街を歩くと今でも裕次郎の歌が思い出される。