光陰矢の如しと言うが、その放たれた矢のようなスピードで2002年も終わろうとしている。この一年を振り返ってみると月日の流れの早さにはただ驚くばかりだ。20代、30代のころは一日が随分、長かったような気がする。長過ぎる時間をどう使ったらいいのかと持て余したものだった。19年前の1983年初夏に家を新築した時は25年のローンを組んだ。まだ30代後半だった。ローンを組んだものの、それが終える20年後とか25年後を考えると、はるか遠い先のこととしか思えなかった。いや自分が50代になるなんて考えてもみなかった。30代の若さをただ謳歌していた。それがもう55歳の正月を迎え、春になるとさらに齢を一つ加えることになる。
時の流れが50代に入ってから加速したような気がする。ターボーエンジンを付けて時が流れている。そんな錯覚を覚える。朝明けを見たと思ったら、もう夕方かと驚いてしまう。そんな毎日を繰り返している。
今年はどんな年だったろうとケンニチの過去の記事を振り返ってみた。1月は雪の事故が相次いでいる。屋根の雪下ろしで転落し、大怪我をしたり亡くなった方もいる。留守にしていた住宅の屋根が雪の重みで崩落したり、小屋が倒壊したという事故も記録されている。雪が多かったようで、今年の1月10日現在、大曲市での積雪は68センチと記録されていた。幸いにもこの師走は雪も少なく穏やかな天候でホッとしていたが、昨日26日から荒れだした。年が開けた03年の1月はどんな雪となるだろう。
市町村合併に向けて動きだしたのもこの1月だった。高橋司大曲市長が仙北郡内の町村長を訪問することになったとの記事がある。女子高生が母校の小学校で先生の助手として県教育委員会から派遣されたというほほえましい記事もあった。子どもたちに囲まれた高校3年生の女の子の幸せそうな笑顔が紙面からはこぼれる。今は岩手大学で学んでいるはずだ。
小学校の先生たちが高校で理科実験を学ぶという記事もあった。理科実験が苦手な小学校の先生たちに何とか実験の楽しさを身につけてもらいたいと企画したものだった。角館南高校の伊藤一郎校長先生からの取材依頼を受けて駆けつけた。
2月。大曲消防署員が保育園で「防火豆まき」をしたという記事がある。そうだ。消防署員がオオカミやウサギ、クマの縫いぐるみを着て子どもたちに「火遊び」をしないよう呼びかけたっけ。赤鬼や青鬼も登場し、顔面蒼白となって逃げた女の子もいた。こうしたほほえましい光景の取材は楽しいが、幼児が家庭用の除雪機に巻き込まれ、足の親指を切断したという痛ましい事故も記録されている。本当に気の毒に思う。こうした事故も雪国ならではの怖さだ。大曲署で「迷子の犬を保護してます」との記事もあった。犬は翌日、飼い主に引き取られたが、秋田市などからも「引き取りたい」との問い合わせが警察にあったとかでケンニチの読者層の広さに署員も驚いたものだった。
3月。角館南高校の生活科学科が閉科へ=卒業式を前に別れを惜しむ(3月2日)の記事がある。そうだ。2月末に風邪を引き、熱を出して2日ばかり寝込んだこともあった。お医者さんにも行って薬を飲み、相当、苦しんだ。それでもどうにかこの3月2日までには立ち直り、角館南高校へ取材に走った。南外村の「民俗資料館」の完成で取材に行ったのもこの3月だった。昔の衣装や農機具、蓄音機など生活用品も展示され、懐かしい思いの取材だった。自然を愛し、人を愛し、お酒を愛し=南外村で酒遊サミット開催(3月25日)と出羽鶴さんのお酒を楽しみながら過ごした日もあった。
4月。やっと春を迎え、田沢湖町のミズバショウや西木村のカタクリ、角館町のサクラの記事が目立つ。春を謳歌したものだった。森からの贈り物を学ぼうと大曲市角間川小でシイタケ栽培へ(4月11日)。このような記事もあった。学校からは「ていねいに書いていただいて」とお礼の電話があった。温かい春だったが、雨の多い4月だったような気がする。
5月。何といっても面白かったのは大阪の夫妻が大曲市内小友の空き家を買い求め、将来はそこに住みたいという二人の取材だった。「山の中の一軒家、憧れです」と大阪の夫妻が買い求め、喫茶店の夢を育む=大曲市(5月1日)の見出しで紹介されている。人が出ていくことがあっても新しく住み着いた人はかつてないと言われる小出沢集落のもっとも奥地にある一軒家。ケンニチのこのニュースに読者からは様々な反響があった。
県知事が市町村合併に向けて動きだしたのもこの月だった。六郷町での「市町村合併トーク」では「大曲の裏町になるのはイヤ」といった声も飛び出した。そして市町村合併は仙北東部、仙北北部、大曲市とその周辺7町村と3つに分かれてしまった。西仙北町商工会、ゼンマイを活かした「貝焼」を復活、町の名物料理へ(5月23日)。この時の取材は楽しかった。何といってもゼンマイを活かした「貝焼(かやき)」の味が良かった。
秋田おばこの「田植え撮影会」=駆けつけたカメラマン、かすり姿にウットリ(5月24日)。この取材も楽しい思い出だ。本紙のスポンサーでもある秋田清酒さんとお酒の小売店が企画した撮影会だったが、かすり姿の姉さんたちの田植えは絵になった。
協和町の民家で1600万円入りの金庫盗まれる(5月30日)。こんな記事もある。犯人はまだ捕まってない。銀行に預金しても今は利子はゼロに近い。だからこそのタンス預金だろうが、それにしてもこんな大金を自宅に置いておくなんて。驚くばかりである。 角館町在住の写真家・千葉さんが西宮家の壁や樹木をギャラリーに野外大写真展開催へ(5月30日)。この取材も忘れられない。千葉克介さんらしい冒険であり、懐の深さだと思った。
6月。角館町出身の悪役スター・草薙さんが故郷で舞台公演へ(6月4日)の記事がある。千葉さんの写真展に駆けつけた悪役スターの草薙良一さんだった。その草薙さんの故郷での舞台公演を取材することになり、インタビューした。草薙さんから聞いた「石原裕次郎ですか。裕次郎は私にとって光りです。光りそのものとしか言えません」の言葉が強く印象に残っている。
その草薙さんに「インターネット新聞にも載りますから、さいたま市に戻ってもパソコンがあるのでしたら、それで記事を読めます」と話したら「パソコン?。そちらの事になるとサッパリで」と頭を書きながら、携帯電話でさいたま市の事務所に電話。「おい。○○君。いま秋田県南日々新聞の取材を受けてるけど、パソコンうんぬんの話になってね。君、聞いてくれる」と電話をこちらに回した。若い人が出てインターネット新聞のことを話したら「分かりました。楽しみにしてます。本人にはプリントして読んでもらうことにします」となった。後で草薙さんからていねいな礼状が届いた。
80歳の人たちが98歳、90歳の恩師を招いて同級会、戦死した友をしのぶ(6月12日)。この取材も雨の日だった。大曲市角間川町の80歳の人たちの元気な同級会にも驚いたが、98歳、90歳の恩師が健在だということにも驚いた。記事をいち早く読んでもらおうと角間川公民館にプリントを依頼したら、同級会の幹事役を努めた平野兵吉さんが目を潤ませながらその記事を読んでいたとの報告を受けた。
7月。雨の多い月だった。横手川に油流出、雄物川へ流れ込む=オイルフェンス張って被害拡大防止へ(7月2日)。雨のせいかこんな騒ぎもあった。川に流れたのは結局、油ではなくプランクトンの大量発生と分かったが、うんざりするほど降る雨とこのプランクトン騒ぎにどこか地球環境が狂いだしたように思えた。千畑町の男性、田んぼの様子を見に行って行方不明に=増水した水路に転落か(7月11日)。これも雨がもたらした悲劇だった。大曲市でサル騒動、追いかけられ高圧電線から転落、山へ解放(7月28日)。こんな騒ぎもあった。
8月。大曲市の西山へ解放したサルが今度は南外村へ出たり、再び大曲市に出たりと神出鬼没を繰り返した。その後、サルの話はピタリと止んだ。けがをしていたはずだ。健在だろうか。気になる。岩間さんの「アメリカ暮らし」が中国の大学生の教材に=中国の出版社から使用許可依頼(8月22日)。こんなビッグニュースもあった。ケンニチに掲載し続けている岩間さんの「アメリカ暮らし」。岩間さん自身も「ケンニチは想像も付かない読者を持っている」と驚いていた。
地雷被害の子どもたちを救いたい=命をかけて自転車行脚の医師・篠原さんが3日に大曲市入り(8月30日)。こんな記事を書いたこともあった。しかし、医師と名乗る篠原さんはその後、経歴は詐称していたことが分かった。後味の悪い取材結果となった。
9月。角館町の無理心中事件=焼死体は長男の健一郎さんと断定(9月12日)。こんな悲劇もあった。88歳になる父の看病に疲れた58歳の息子が、父を殺し自分は焼身自殺を図った。高齢者による高齢者介護の悲劇はその後、県内で相次いでいる。角館町での事件が発覚したのは11日夜だった。こちらは酒を飲んでいたため、妻に運転を頼み角館警察署に走った。妻に難儀をかけた事件でもあった。
大曲市大川西根小の児童、六郷町を冒険の旅(9月13日)。全校音楽で知られる大川西根小学校だが、六郷町へ別な取材に行ったら、そちらの方は取材にならず同町の学友館で休んでいたら西根小の子どもたちと偶然、出会った。先生たちはケンニチに記事が載るととても喜んでくれた。
10月。大曲市角間川小の子どもたち「森林体験教室」=スギの伐採作業に目を白黒させ感動(10月8日)。スギの木の伐採を初めて見た。迫力ある作業だった。それだけでない。山の作業にもコンピューター制御のチェンソーが登場し、作業が大幅に合理化されているという実態にも驚いた。角館南高校で最後の「戴帽式」=衛生看護科廃止へ、白衣の旅立ち祝う(10月10日)。感動の取材だった。看護師を目指しての旅立ちだった。だが、それが最後の「戴帽式」でもあった。美しい映像を捉えることができ、表紙の写真としても飾った。
11月。白い朝=大曲市で昨年より1週間早い初雪を記録(11月6日)。足を早めた雪に驚いたが、さらに14日朝には30センチを超すどか雪となった。「この冬はどうなることか」と不安を抱いたものだった。が、現状はスキー場では雪不足に悩んでいる状態だ。しかし、26日からの雪。スキー場にとっては待望の雪だろう。「祇園精舎の鐘の声〜」=大曲市で琵琶語りを聴く会開かれる(11月8日)。初めての琵琶語りを聴く取材だった。「祇園精舎の鐘の声〜」が大曲市産業展示館に響いた。7月から読み始めた吉川英治の「新・平家物語」だが、まだ5巻までしか読み進めてない。5巻では壇の浦の戦いが展開されている。源義経の活躍が面白い。しかし、この若武者の悲劇が余りに勇名だけに、これからの彼の運命を小説でたどるのは辛い。いずれ全巻の読破は年明け後となるようだ。
今年もいろいろな取材があった。一年を振り返ってみると交通死亡事故も多い年だと思った。大曲署管内(1市9町村)だけで15件16人の方が亡くなっている。昨年は9件10人だった。交通事故は怖い。加害者となっても、被害者となっても精神的打撃は大きい。くれぐれも事故に遭わないよう、そして起こさないようにしたい。読者の皆さまもどうぞ気を付けて下さい。
さて今年も後、残すところは4日だけとなった。柴犬のアキはこのところの寒さですっかり元気を失い、犬舎の中で閉じこもったままだ。24時間床暖房で温めてはいるが、老いの身には寒さが染みるようだ。一方のパピヨンことパピーは元気そのものだ。朝夕、雪にまみれ、寒さ知らずに散歩を楽しんでいる。家に入るとボールやタオルを口にくわえ、追ってこいとワンワン叫ぶ。遊びたい盛りなのだろう。正月はアキを世話し、パピーと遊びながら過ごすつもりだ。読者の皆さまもどうぞよいお正月をお迎え下さい。