こちら編集室「デジカメ、その後」(1月17日)

 朝の訪れが幾分、早くなったような気がする。日が暮れるのも幾分、遅くなったような気がする。12月22日の冬至を過ぎてから、少しずつ少しずつ季節が春の明るさに向かって歩み始めているようだ。まだ「寒」の最中で20日には大寒となるが、この大寒を通り越したら厳しい寒さもその息吹を緩めてくれるだろう。11月から始まった長い冬も2月を過ごしたら楽になるだろう。「冬来たりなば春、遠からじ」。いい言葉だなと思う。まだ厳しい冷え込みと雪が続いているが1月はジッと我慢し、2月も季節風に耐えたら春の兆しを感じさせる3月が来る。春を待とう。

 せっかく買い求めたニコンの2台目のデジカメだったが、故障続きで困っている。レンズが駆動せず、撮影ができなくなるのだ。先月29日買い求め、その翌日にはレンズが動かなくなり、カメラからは「レンズエラー」のメッセージが出た。使用説明書を読んだら「レンズエラーが出たら、スイッチを切って下さい。それでもエラーメッセージが出るようでしたらサービスセンターに連絡下さい」とあった。

 年末に入っていたので連絡のしようがない。仕方なくカメラを買い求めた横手の店に走ったら同じカメラと交換してくれた。それでホッとしたが、14日朝、大曲小学校の始業式の取材に訪れたら再びレンズエラーが出た。取材現場でカメラが使えない。小学校では教頭先生が取材を大歓迎し、4年生の教室にまで案内してくれた。担任の先生も取材に来てくれたことを喜び、子どもたちの冬休み作品の発表会を開いた。こちらは動かないカメラを手に〃周章狼狽〃した。先生たちにも子どもたちにも申し訳ないと思った。

 見守っていた教頭先生に「ごめんなさい。カメラが故障したようで動かないんです。学校でどなたかデジカメを持っている先生はいませんか」と事情を話したら、「デジカメですか。持っている方はいます。今、呼んできますね」と先生はきびすを返して職員室に急いだ。カメラを手にした若い男性の先生を同行してきた。その先生に子どもたちの作品発表会の写真を撮ってもらい、メールで送ってもらった。

 故障したカメラは再び横手の店に持って行った。落としたり、ぶっつけるなどショックを与えて故障させたものでないことを確認してもらい、再度の交換となった。しかし、今度は在庫が店にもないとのことで、メーカーから送ってもらうまで待ってほしいとのことだった。困ったのは壊して修理に出しているカメラもまだ戻ってきてない。結局、カメラなしの記者となってしまった。

 新しいカメラの故障についてはニコン仙台サービスセンターにも電話で報告した。ニコンというブランドを信頼して買い求めたカメラなのにレンズが動かないという原因不明の故障が2度も続いた。しかもこちらは仕事で毎日、使っているカメラである。取材現場で写真が撮れない。こんな恥ずかしい話はない。

 映画「真昼の決闘」に向かったゲーリー・クーパー(古いなー)が、決闘相手と対峙しようとしたら、腰に下げているはずの〃拳銃〃がない。「しまった!。拳銃を忘れてしまった」とあわてるようなものだ。ましてや目の前で大事故が起きているのにカメラがあっても、そのカメラのシャッターが動かないでは新聞記者として失格だ。幸いにもそうした事件や事故には遭遇してないが、カメラの故障には参った。

 こちらからの電話にサービスセンターではていねいな言葉で謝罪しながら話を聞いてくれたが、回答は「そのような故障はこれまで例がないんです」とのことだった。つまりレンズが動かなくなると言う故障のクレームはこれまでなかったとのことだ。しかし、自分が買い求めたカメラは2台とも同じ故障の繰り返しである。それ以上、苦情を述べてもしょうがないので「とにかくレンズエラーで使えなくなったという事実が2度、繰り返されたということだけは覚えておいて下さい」と強調して電話を切った。

 故障続きのカメラへの信頼感はがた落ちとなった。「これじゃ使い物にならない」と思い、もう一つランク上のレンズ交換式の「一眼レフ」にしようかと横手のカメラ店に相談した。しかし、買ったばかりのカメラを引き取ってもらってもさらに20万円ほどの差額が必要だった。ケンニチとしては今回のカメラだけでも13万円近い出費である。さらに20万円の支出は厳しい。とにかくカメラを同じのと交換してもらうことにして、もうしばらくそのデジカメを使ってみることにした。

 おかげで15日に西仙北町であった大曲仙北合併協議会の議員研修会の取材も、16日の中仙町の「ぼんでん」もカメラなしでの取材となってしまった。中仙町のぼんでん奉納は幸い、町公民館の方がデジカメを貸してくれるとのことで取材に走った。現場で落ち合い、カメラの操作の仕方を教えられ、10カットほど撮った。親切な方で「メールで写真を送るよりも伊藤さんが今、パソコンを持参ならそれに入れましょう」と自宅へ案内し、こちらの機械に写真をインストールしてくれた。おかげで助かった。

 カメラを失った新聞記者は「真昼の決闘」に向かうゲーリー・クーパーが拳銃を忘れて歩くようなドジで間抜けな気分だった。なぜか古いアメリカ映画が思い出され、「自分も年なんだなー」と心底思った。ゲーリー・クーパーやジョン・ウェン、ユル・ブリンナー、リチャード・ウィドマーク、バート・ランカスターなど西部劇映画で活躍した俳優たちの勇士が次々と目に浮かんできた。

 デジカメの故障でくじけた気分の03年のスタートだったが、今、横手のカメラ店に電話したら代わりのカメラが入ったという。とにかく故障しないことを祈って新しいカメラともう一度、付き合ってみよう。午後3時10分。今年2回目の「こちら編集室」はデジタルカメラへのグチとなってしまった。擱筆して横手へ走らせてもらう。