その人の声を初めて聞いたのは6年前のチャペルで行われた結婚式会場でだった。親類の娘さんの結婚式でその人は「神の言葉をこれから述べます」と言った。黒い礼服に身を包んだその人は「神の言葉」をかなりのスピードで読み始めた。メリハリのハッキリした声がチャペルの中に響いた。
「たといわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。たといまた、わたしに予言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、愛がなければ、いっさいは無益である」。
「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」。(コリント人への第一の手紙・第十三章)
その人は聖書に書かれた神の言葉をかなりのスピードではあったが、心を込め、響くように読み上げた。リズム感のある美しい朗読だった。その歯切れのいい、美しい愛の言葉はモーツアルトのピアノ曲のように心に染みた。言葉の力強さに心打たれた。言葉の優しさに感動した。愛の言葉の美しさに涙こぼれた。神の言葉は、荘厳な詩だとさえ思った。
その後、その人とは取材を通じて交流が始まり、親しく言葉を交わせる仲となった。教会で行われる催し物があれば「PRしてよ」と会社を訪ね、記事掲載を依頼した。その時はいつもはにかんだような笑顔を見せた。いつかの取材の折りには「若かったころ、聖書に憧れて読んだことがあるんですよ。旧約聖書も新約聖書も読んでみたのですが、分からないところが多くて、根気が続かず投げ出してしまって」と話したら、その人はニコニコしながら「そうでしょうね。聖書を理解しながら読むのは大変なことです」と答えたものだった。それからしばらくしてその人は会社を訪ね「ああ。伊藤さん。いてくれて良かった。伊藤さんにこれをプレゼントしたかったんです」と二冊の本を提供して下さった。二冊は小説として分かりやすくまとめた「新約聖書」と「旧約聖書」だった。
日本キリスト教団大曲教会の横井伸夫牧師である。心が壊れ始めた時、自分が怖くなって、その横井牧師を訪ねた。このままではいけないと思った。先月の西木村の「紙風船上げ」は自分のためにお誘いの言葉をかけてくれたと言うのに、その結果が自分は仲間に疎んじられ、疎外されたと思い込むようになった。そうしたきざしが自分の心に影を落とすようになったのは交流がなくなりはじめた1年以上も前からだった。こちらで交流を求めなかったせいもあるが、次第に自分だけが遠ざけられているようなうずきがあった。その原因は自分にあるのだとこらえていたが、それがふとした切っ掛けでプツリと切れた。切れてしまった心の傷は自らを蝕み、壊れていくのが分かった。壊れた心は次第に闇を見つめ、その仕返しをしなければならないと憎悪さえ募らせるようになった。
「悲しみの心模様」「雲を友として」「優しさに甘えて」と3回に渡って、「こちら編集室」で書いてしまったのも心の病気だと知っていた。
闇を見つめ始めた「心」は自分をいたわろうとする人にさえ、感謝するのではなく「攻撃」しなければならないと「敵意」に変わった。攻撃しなければ自分自身が追い詰められていくような不安にかられた。電話で慰め、励まし、いたわりの言葉をもらいながらも心の闇は時が経つと再び黒い波のように自分を襲った。
そうした壊れていく心の不気味さにおののき、救ってもらえるものならと一縷の望みをかけて教会を訪ねた。横井牧師が「ああ。伊藤さん。どうぞ」といつものようにはにかんだ笑顔で迎えた。しかし、カバンを手にしていた。出かける直前だったようだ。「あっ。出かけるところなんですね」。「ええ。これから教会の集まりで盛岡なんです」。「じゃ、時間ないんだ」。ぶっきらぼうな言葉がつい口から出てしまった。それでも顔色さえ変えずニコニコしながら、「いや。伊藤さん。30分ぐらいなら時間は取れます。どうしたんです。話せますか」と言った。多分、自分の表情の〃異変〃に気づいての配慮だったろう。
横井牧師は自分の心の闇に熱心に耳を傾けた。そして一生懸命に言葉を探しているようだった。しかし、30分という時間はあっと言う間に過ぎた。「伊藤さん。盛岡への出張は日帰りですから、帰ってからその『こちら編集室』に書かれた内容を読んでみます」と言った。その翌朝、横井牧師から電話が来た。「今なら時間が取れます。話に来てみませんか」。
横井牧師は3回に渡って書いた「こちら編集室」を手にし、「読みました。伊藤さんの辛かった気持ちが良く分かります。誘いを受けた仲間から浮き上がってしまったと思ったんですね。一年以上も前からそうした寂しさを抱きながら耐えていたのですね。それが今、切れてしまい、そして今、その悲しみが恨みとなって、仕返しをしたい。それで苦しんでいるのでしょう」と言った。「伊藤さんの悲しかった気持ちも、辛かった気持ちも良く分かります。伊藤さんは『こちら編集室』でその苦悩を吐き出して楽になろうとしながら、自らも傷ついていったのです。自分にはキリスト教的な言葉しか見つからないのですが、どうです。赦(ゆる)すという気持ちを持ってみては・・・」と言った。
そして「この『優しさに甘えて』に登場した方ですか。伊藤さんの言葉に傷つきながらも、それでも伊藤さんを何とかしなければと電話をしたんですよ。伊藤さんを救いたいと心配したのです。いいお話ではないですか」と言いながら、一冊の本を奥から探し出し、「これはマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉ですが『赦す』というこの部分を読んでみて下さい」とその本を貸して下さった。
その本は「憎み続ける苦しみから人生を取り戻した人々の物語」とあった。「一生恨んでも不思議はない相手を赦した時に思いもかけない自由がやってきた」とも歌っていた。横井牧師から「赦す」という言葉を聞いたら、なぜか気持ちが楽になっていくのが分かった。自分が責めを受けたわけではないのに「赦す」という言葉もおかしいが、なぜかその言葉を聞いてから心が軽くなっていくのが感じた。
「横井さん。赦す、ですか。今までそうした考えは浮かんできませんでした。どうしたらこの苦しみから逃れられるか。どうやってこの苦しみを相手に突き返そうかと、そればかりを思い詰めてました」。
横井牧師は少し寂しげな笑顔を見せた。そして「伊藤さん。人への憎しみは自分を追い詰め、自らも苦しみます」とも言った。貸して下さったその本を手に教会を出た。
キング牧師は「イエスのあらゆる教えの中で従うのが最も難しかった命令は『汝の敵を愛せよ』だった。実際には、そんなことは無理だ、と思う人もいる。愛してくれる人を愛することは簡単だが、面と向かって、または陰で自分を打ち倒そうとしている人をどうして愛することができるのかと彼らは言う。汝の敵を愛せよ、という命令は断じて、ユートピアを夢みる人の理想的な命令ではなく、私たちが生きていくためにどうしても必要なものだ。敵にさえ向ける愛こそが、世の中にある問題を解決する鍵なのだ」と語っていた。
ケンニチは今、その「赦す」という言葉を胸に刻みながら自ら招いてしまった苦しみ、悲しみと闘っている。前向きな自分になりたい、もっと明るい自分になりたいと願っている。「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」。愛を信じたいと思う。耐える強さを持ちたいと思う。