こちら編集室「ディズニーへの旅」(3月21日)

 行く時は冷たい雪に見送られ、帰りはその雪で美しく化粧した山の景色に迎えられた東京ディズニーランドへの旅だった。「ディズニーへ行ってみようよ」。妻が言いだしたのは先月中ごろだった。「切符もディズニーへの入場券も手に入れたから、たまには楽しんで来ようよ」と妻は言った。口にはしないが「少しでも元気を出させたい」。そんな配慮が感じられた。評判には聞くディズニーだったが、これまで一度も足を踏み入れたことはなかった。行ってはみたいが、会場ではお酒を飲める場さえないとも聞いていて、酒とビールに意地汚い自分にはためらいがあった。

 子ども優先のレジャーランドであり、お酒を飲んだお父さんが、子どもと一緒になって乗り物に乗ってケガでもされたら大変との配慮だろう。それも当然だが、「旅にはビールが付き物」が習慣となっている自分には、酒の飲めないレジャーランドで一日を過ごすのは辛い話だった。しかも「終わりの夜10時ごろには花火も打ち上げられてすごいと言うから、それまではディズニーにいないと」と妻は張り切る。こちらは「そんな遅くまで酒も飲まずに過ごすのか。そりゃあ大変だ」と正直言って困惑していた。

 それから数日して携帯にメールが入った。「今、旅行社に聞いたら私たちが行くディズニーシーはお酒も大丈夫だって。酒の件で心配するな」。妻からのこうした報告にホッとすると同時に初めてディズニーへ行く楽しみが沸いてきた。15日朝6時46分、大曲駅発の秋田新幹線「こまち」の臨時列車に乗った。車窓から眺める景色はまだ春遠しの雪景色だった。雪が激しく降って、雪が横に流れた。「雪が私たちを見送ってくれてる」。妻は窓を見ながらつぶやいた。

 東京に向かう時はいつも思う。大都会のビルの群れ。活気づく人の流れ。エネルギーと華麗さがさん然とあふれかえっている。そうした都会の空気。駅に入ると待たなくても次々とホームに入ってくる電車の便利さ。喧騒と刺激への期待。逆に帰る時の一抹の寂しさは何とも言えない。それはビルの群れが次第に車窓から消え、北に近づくほど見えてくるのは田んぼと山だけの単調な風景。そしてまだ残っている雪。今回のディズニーシーへの旅も行く時の期待と帰りのわびしさはとても対照的だった。

 それにしてもディズニーに入って最も感心したのはその中で働いている若者たちの行き届いたサービス精神の旺盛さだった。行き先の道が分からず、その場所を問うと必ず笑顔で答え、笑顔で見送る。ここも分煙化が徹底し、タバコを吸える場所が限られていた。初めて入った者にとってまず何をやりたいかは「一服」だ。タバコを吸って心を落ち着かせないと次の行動には移れない。灰皿はどこ?。タバコを吸える場所はどこなの?と目をキョロキョロさせた。

 ディズニーシーの火山ホテル前に立っていた制服姿の若い人に「タバコを吸える場所は?」と問うと「ハイ。向こうの階段を上りますと中央付近に灰皿を置いてます。そちらでどうぞ」と笑顔で答える。その受け答えがとても気持ちよく、新鮮だった。

 困ったのは会場案内のすべてがカタカナか横文字。ディズニーに行く前に妻は旅行社から「ミステリアスアイランド」と蒸気船に乗っての旅、それに「ストームライダー」だけは体験すべきだと智恵を授けられていた。とにかくその場所を見つけようとグルグルと歩いているうちにもうお昼になってしまった。何度か道案内で訪ね、やっと「ミステリアスアイランド」への入り口を見つけたが、「ただいまのお時間ですと、2時間待ちとなります」とのこと。予約しても中に入れるのは午後6時半ごろという。

 仕方なくレストランの場所を教えてもらいそちらに足を運んだが、そこも混雑していて長い行列となっていた。「こういう場所では待つしかないの。辛抱、辛抱」。妻は自分の袖をつかんで諭す。待った。30分ほどただひたすら待って、やっとビールと食事にありつけた。待った上で飲んだビールが何とも言えなかった。食事を終え、いよいよ「ミステリアスアイランド」へと向かうことになった。レストランでのウエートレスの応対も良かったが、そこを出る時にも驚いた。入り口で客の案内していた男性従業員がこちらの背中に向かって「いってらしゃあーい」と声を掛けたのである。義理ではない、真心のこもった声が「いいなぁ」と思った。

 その途中でも何度か感動するほどの「親切」さと「優しさ」を目にした。会場内を巡回している従業員だ。制服を着た男女がどんな時でも笑顔で質問に答えようとする態度を示し、相手が小さな子どもなら膝を折って、その子どもの目線に立って応対するのである。夕方になって飛び込んだレストランでは、案内の女の子に「ビールのほかに日本酒もありますか」と聞いた。回答は「すみません。お酒は扱ってないんです。日本酒でしたら、あの向こうの橋を渡りますと『桜』というレストランがあります」だった。レストランの従業員が自分の店の売り上げを高めようと努力するのではなく、客の立場となって別の店を紹介する。その誠意のこもった態度には感動と同時に嬉しさが沸いてきた。

 会場を歩いていてもゴミ一つない清潔さにも感心した。20代前後の若い男女が掃除用具を手に徹底してゴミを片づけているのである。しかもその従業員の一人ひとりの態度からは「ディズニーで働いているんだ」と喜び、誇りが体全体から伝わってくる。「大変、お待たせしました」「いってらしゃあーい」「おタバコはあの階段を上って橋の中央付近に灰皿を置いてますので、そちらでどうぞ」「ここから近いレストランでしたら、右手の向こうに見えるのが中華料理専門店ですが、いかがでしょう」。受け答え一つひとつに親切さと誠意がこもっている。

 ミステリアスアイランドは地底世界の探検だった。人気コースとあって結局、昼飯を済ませてからも2時間も暗いトンネルの中で待たされた。誰一人苦情を言うわけでなく、ただひたすら入り口に近づくのを待った。ロープで仕切られたトンネル内をちょっと進んでは待たされ、進んでは待たされを繰り返し、やっと入り口に通じる5台のエレベーターが見えてきた。そこでも若い男女が笑顔で客を迎え、案内した。

 地底世界を走る乗り物はタイヤで走るものだった。体が前に飛び出さないよう鉄製の輪で腰が抑えられた。地の底を走り出すと恐竜や不気味なキノコが迎えた。それらをなめるように乗り物はユックリと走った。5分も走っただろうか。やがて真っ暗なトンネルとなった。乗り物はものすごいスピードで昇りだした。ジェット機が真っ直ぐに上昇していくような勢いだった。恐怖感で背筋が凍った。「どうなるんだ。何が起こるんだ」。手すりにすがり付きながらも頭が混乱した。急上昇した乗り物はさらにとんでもない行動を取り始めた。一瞬、光りが見え、トンネルから抜けたと思ったら、乗り物は一気に角度を変えて真っ逆さまとなった。急上昇した乗り物が急激な勢いで落ちていくのである。転落していく大地が一瞬だがチラリと目の前に見えた。超高層ビルから落下していく。そんな恐怖感だった。

 「健康に自信のない方、心臓の弱い方はご遠慮を願います」などと乗り物に乗る前に説明があったが、無事に終点に着いた時はその説明も納得した。妻も自分も「ああ。怖かった」と口を合わせた。乗り物から下りて本当に安堵した。「本当に怖かった」。二人はそう言い合って、笑うしかないとばかりに笑った。

 ミステリアスアイランドを出てから再び園内をグルグルと歩いた。まるで異国を歩いているような雰囲気だった。海賊船に乗り大砲を打つ遊びもした。映画「十戒」に登場したような火山を眺め、時々、噴火するのを飽きずに眺めた。蒸気船に乗ってアラビアンナイトの国の眺めも楽しんだ。風が冷たく、真冬のような寒さだった。「東京は秋田と違って暖かいだろう」と真冬のコートではなく、やや薄いものにした。それが失敗だった。東京駅に着いたら行き交う人の姿は誰もがまだ真冬の姿だった。ダウンコート、ダウンジャケット、厚手のオーバーを着た人たちでいっぱいだった。ディズニー内を歩きながら、少しでも体を温めようとレストランに入ってコーヒーを飲み休んだ。

 次第に夕闇が近づいてきた。もう一つの目標である「ストームライダー」を楽しもうと出かけた。そこでも70分待ちとなった。行列の最後尾に並ばされ、待った。その間も案内の従業員や掃除の若者たちの姿を眺め、話しかけたが返ってくる言葉の親切さ礼儀正しさには驚くばかりだった。「お客さまにいかに楽しんでもらうか」。教育を受けたホスピタリティ精神が徹底しているようだ。妻も「親切ねー」としきりに感心する。

 ストームライダーは飛行型気象観測船(?)に乗って巨大なストーム(暴風雨)を消滅させるという任務に就く体験だった。80人ぐらいの客が一室に集められた。席に着いて安全ベルトを締めた。目の前の巨大な映像が動きだした。同時に椅子からも飛行船のエンジン音が響き、観客自身が飛行船に乗っているような感覚となった。

 飛行船は海に浮かぶ船のマストや山に衝突するのではないかと思えるような乱暴な飛び方を繰り返し、観客を恐怖のどん底に陥れた。荒れ狂う嵐が目の前に広がった。その嵐の中に向かっていく。エンジントラブルも生じ、観客席から「キャー」と悲鳴も挙がった。こちらも目が「カッ」と見開いたままとなった。再びの恐怖体験である。無事、飛行基地に降りた時はホッとした。部屋から出たらもう夜の闇だった。しかし、ディズニーの夜はロマンチックな明かりの世界だった。

 ローマやウイーンを歩いているような感覚で夜の街の散策を楽しみ、レストランで軽い夕食を取った。妻の話では花火の打ち上げは10時ごろだったが、案内の従業員に尋ねたら8時15分から花火のショーで、8時半からは打ち上げ花火という。それまでに買い物をしようとデパートに入った。妻は「ここでしか買えないし、家に飾ろう」とミッキーマウスやドナルドダックなどの縫いぐるみを買い求めた。自分もお世話になった教会へのお礼をしたいとおみやげのクッキーを買った。ディズニーの夜を花火のショーで楽しみ、ディズニーを後にした。有楽町で焼き肉店を見つけ、そこでやっと晩酌にありつけた。

 永田町のホテルに宿泊し、ここでもその翌朝のレストランでの笑顔と言葉のサービスに新鮮な驚きを感じた。トイレに行って戻ってくると「お帰りなさい」の言葉で迎える。東京は「冷たい都会」ではなく「温かい都会」だと思った。朝食を済ませ両国に向かった。「江戸東京博物館」を見学した。江戸時代に生きた人々の生活、終戦直後の東京の暮らしなどが再現されていた。手荷物をロビーの受け付けに預かったり、記念写真を撮ってもらったりしたが、こちらの依頼に気持ちよく応対してくれる博物館職員たちの応対も一つひとつが優しく温かかった。やはり東京は「冷たい都会」ではなく「温かい都会」なのだ。いい日のいい旅立ちだった。