朝の散歩道となっている道路は東山に向かって真っ直ぐに延び、中学校や市が開発した振興住宅地を除くと、昔ながらの田んぼが左右に広がっている。水が張られ、田植えの終わった田んぼは薄緑色のじゅうたんを敷きつめたような優しい色となった。水路には水が勢い良く流れ、それを見て妻は「こうして田んぼに水が流れると心が豊かな気分にならない」と喜ぶ。実家が農家だけに田んぼに水が入ったのを見ると安心するのだろう。農家に生まれながらも、田植えも稲刈りもしたことはないという妻だが、「やっぱり水が入った田んぼはいい」とうなづいた。柴犬のアキもこのごろは調子が良さそうで、パピーと歩調を合わせ元気に歩く。水の張った田んぼには東山から昇った太陽が映って、ギラギラと輝きながら泳いでいる。風で少し波立つとユラユラ揺れ、気持ち良さそうに水の中で笑っている。
先週の土曜日だった。「六郷町の湧太郎に行ってご飯にしない」と妻が誘った。外食なんて滅多に口にすることのない妻だが、思いついたように湧太郎内にあるレストランでの昼食を望んだ。幸いとばかりにこちらも「ああ。行ってもいいよ。車はジーノにしよう」と運転は妻に任せることにした。「あなた。私に車を運転させ、あなたはビールを飲むつもりなんでしょう」「休みなんだから、いいじゃない」。「その代わり、お昼はあなたのおごりよ」。
自分の車を持ってもう3年にもなるのだが、運転するのはせいぜい週1度か2度で、いまだに「初心者マーク」を離せない心もとないドライバーだ。しかも、日中しか走ったことがない。仕事でどうしても自分の車で行かなければならず、帰りは夜になると運転代行に運手を任せて帰ってくるほどだ。
そうした妻の車に乗るのは少し不安だが、運転の練習も兼ね、こちらはビールを飲めるんだからガマンだ。六郷町へと向かった。天気は快晴である。ハンドルを握った妻の指先に力が入っているのがひと目で分かる。「そんなに力を入れないで」。「だって緊張するんだもの」。
自宅から六郷町までの真っ直ぐな道は片側一車線だが、対向車と出会うことはほとんどない。それでも久々の運転は緊張するのだろう。まあ、緊張感があるうちは事故もないはず。そう思いたい。町に入った。人の往来があり、車の往来もある。左側に駐車中の車もあった。対向車も来た。「困ったな」。戸惑いながらも、どうにか駐車中の車のわきを抜け、「湧太郎」へと無事、着いた。
湧太郎のレストランで妻は和食を、こちらは取りあえず生ビールを注文した。レストランは土曜日だけに混み合っていた。受け付けの女の子がこちらの人数を確認し、大部屋ではなく、こじんまりとしたイス席に案内した。ビールをのどに流し込みながら、この「湧太郎」でアメリカから訪ねてきてくれた俊子・ポランスキーさんを迎え、お昼を一緒に楽しんだ日、そしてやはりアメリカの岩間さんとお酒を飲んだ日のことを思い出していた。小さなグラスの生ビールは簡単に飲み干した。2杯目を注文した。「まだ飲むの?」。何も言わなかったが妻の目はそう言っているようにも見えた。
食事をしながら「食べ終わったら大曲に行こう。渡辺れい子さんの絵を観に行こう」と誘った。ケンニチのニュースでも紹介したが中通町の画材&ギャラリカフェ「ブランカ」で「渡辺れい子油彩展」が開かれている。渡辺さんの絵の師匠はとうに亡くなったが、妻の叔父でもある根田正虎さんだ。妻も関心があるようで「うん。行ってみよう」と喜んで応じた。大曲までは車の往来の激しい国道を避け、農道を走りながら向かった。田んぼのあちこちで田植えをしている光景が見られた。今が一番、いい季節なんだなとこちらはその景色を楽しみながら少しだけ安心できるようになった妻の運転に身を任せた。
渡辺さんの絵を観ると「やっぱりおじさんの好きだった赤をうまく使ってる」と妻はコーヒーを飲みながらしきりに感心する。叔父の根田さんの画風はどちらかというと秋田の風土に根ざした土着性の強い絵だったが、弟子の渡辺さんの絵はパリの空気で染まったような都会的センスにあふれている。「色づかいはやっぱりおじさんの絵に似てる」と言いながら「いいわねー。いいなー」と喜ぶ。そして「あの花の絵。あれ欲しくない。家に飾りたいと思わない」と同意を求めた。こちらも渡辺さんの絵は気に入っていた。「買おうか」。「うん」。阿吽(あうん)の呼吸で絵を買い求めることにした。
F0号の「花」と題した小さな絵だったが、大きな絵に劣らぬ主張と存在感があった。油性絵の具の特性を生かし、赤い花を立体的に浮き上がらせた絵だった。絵を観ながら、絵の持つ不思議な力に心ひかれた。そしてなぜか高倉健主演の映画「冬の華」を思い出していた。映画そのものは〃切った、張った〃のやくざ映画にすぎないが、シャガールの絵がストーリー展開の大事な要素となっていて、忘れられない映画の一つとなっている。
やくざの親分が大のシャガールファンなのである。そして自宅応接間に飾ったシャガールの絵を何よりも大事にしていた。親分はその絵をやくざ組織の抗争を避けるため、対立する大阪の組織に提供しなければならなくなる。涙を飲んでシャガールの絵を手渡した親分は「ひで」さんこと、高倉健を相手に「なぁ。秀。切った張ったはもうごめんだよ。絵でも見てるほうが一番いいぜ。特に油絵はよ。俺は惚れてたんだ。本気で。見たろ。家にあったあのシャガールを。銭かねじゃねーぜ。シャガールは・・・。シャガールはいいなー」。確か、こんなセリフを言って親分は絵を失った悲しみを嘆いた。
買い求めた渡辺さんの「花」と題した絵。小さな絵だが、大きな魅力と力を備えているような感じがした。渡辺さんの絵にはどこかシャガールの幻想的な画風も隠されている。自分には絵を描ける才能はないが、絵の持つ不思議な力にはいつも感動する。ブランカでの絵画展は6月3日までで、それまではブランカに展示されたままだ。「花」と題した絵が我が家に嫁いでくる日を今、心待ちにしている。