北へ行きたいと思った。雪深い大曲に生まれ、雪を相手に育った身なのに「北へ行きたい」といった憧れが強まった。「北へ行きたい─」。その思いが募ったのは先月、小坂町十和田湖の「十和田ホテル本館」が国の登録有形文化財に指定されることになったという新聞記事を目にしたのが切っ掛けだった。昭和11年に建てられた木造二階建てのホテルで、秋田杉をふんだんに使ったという建物の写真を見た時、その歴史の重みに「泊まってみたい」との憧れが急速に高まった。「ネェ。十和田湖に行ってみようよ」。妻に声を掛けた。「行ってもいいけど、どうしたの急に?。まあ、あなたが行きたいなら今度は自分でホテルを予約し、コースを考えるのよ」と自立を勧めた。夫婦間で自立という言葉も変だが、家庭内のことになるとほとんど妻任せの自分である。
4月の東京ディズニーシーへの旅も日程から宿泊先まですべて妻が旅行社と連絡を取りながら決めた。こちらはそのお膳立てにただ乗っただけである。自分の衣類一つとっても選ぶのは妻任せである。いや衣類だけでなく食事さえ、骨のある魚だと面倒くさいと箸をつけないため、妻が骨を抜き取ってくれたのを口にしている。「いつまでも面倒みてられない。そろそろ自分のことは自分でするのよ」とでも思ったのか「こんどはあなたがホテルを予約するのよ」と妻は言った。
十和田湖ホテルが果たしてホームページを持っているか。とにかくインターネットで検索してみた。あった。オンライン予約欄をみたら「二人の十和田 春のお誘い」が受け付け中で、7日の土曜日は一室だけ空いていた。「泊まるのはこのホテルだよ。どう。すごいじゃない。この建物・・・」と自分は新聞に載った写真を妻に見せながら、まるで自分がその写真を撮ったかのように自慢した。「フーン」。妻の反応はそれきりだったが「じゃあ。予約していいんだね」と念を押し、メールで宿泊を申し込んだ。折り返し「ご予約承りました」と返信が来た。「予約したよ。洋室ツインで、2食付き。3万1500円だって」。報告しながら子どものようにウキウキした気分となった。
今度の北への旅は「十和田ホテル」に泊まるのも目的の一つだったが、とにかく十和田湖の新緑を観たかった。数年前に観た十和田湖周辺の新緑の美しさが強く印象に残っていて、もう一度あの緑に染まりたい。そんな憧れがあった。湖畔を車で走り、奥入瀬の渓流を時間をかけてユックリと歩いてみたかった。「今度のドライブは奥入瀬を歩く。これを第一にしよう」と妻にも強調した。「ウン。いつもの散歩を奥入瀬にするわけね。なら万歩計を忘れないようにしないと」。妻も次第に乗り気になった。
留守中の小犬のパピーと柴犬のアキの世話はケンニチの「著名人」でも紹介している横手市の女性ドッグトレーナー・小原友望(ともみ)さんに依頼することにした。小原さんに二日前に来てもらい、パピーとアキのエサや散歩のコースなどを説明し、留守中の世話をお願いした。「パピーの散歩を終えたら、この洗面器で手足を洗い、このタオルで拭いて下さい。こちらのタオルは自分たちの顔を洗うタオルですから間違わないでよ」。冗談まじりに小原さんに言ったら困った笑顔を見せた。
当日は早めに出るつもりだったが、やはり家を空けるとなるといろんな仕事が出てくるようだ。いつものように午前5時には起床し、パピーとアキを連れた二人の散歩もこなしたが、家を出る時は午前8時45分だった。途中でガソリンを満タンにし、とにかく順調にスタートした。ほぼ一時間で田沢湖町に入り、「茶たての清水」で水を飲みながら休憩を取った。そして一時間後、新玉川温泉で再び休憩を取り、二人で一杯のコーヒーを分かち合った。
玉川温泉を出ると十和田八幡平国立公園となり、沿線の道路沿いはタケノコ採りの車でいっぱいだった。残雪もあり「あっ。雪よ。雪が残っている」と妻は興奮した。コブシの花も山は今が盛りだった。「コブシ咲く〜」。あちこちに咲いている白いコブシに感動したのか「釜山港へ帰れ」の「つばき咲く〜春なのに〜」を「コブシ咲く〜」と歌詞を変えながら妻は口ずさんだ。「コブシじゃあないよ。椿だよ」。こちらがそう言うと「いいじゃない。コブシだって」と妻ははしゃいだ。
新玉川温泉をスタートしてちょうど一時間後の午後0時5分に鹿角市花輪に入り、ソバで有名な「切田屋」で「ざるそば」の昼食となった。有名な店だけに混んでいた。一つはざるそばに、一つは天ざるを注文し、天ぷらを分け合った。車の距離計を見ると127キロ走っていた。食事を終え、外へ出た妻は隣の宝石店に寄ってサングラスを買い求めた。数年前にもその店へ寄って、買い物をしたのを店のご主人も記憶に残っていたようで笑顔で迎えた。「車に乗ってるとこれから西日がまぶしいから欲しかったんだ」と妻。
0時55分に鹿角市を出発し、午後1時40分には十和田湖を見下ろせる「発荷峠」に着いた。青空だったが、十和田湖はややかすみ、もやがかかっていた。それでも十和田湖へ着いたとの思いが高まり、感激した。展望台でお互いの記念写真を撮った。ウグイスの声が聞こえた。北の空気に触れたと思った。再び車に乗り、奥入瀬渓流を目指した。30分ほどで奥入瀬だった。午後2時25分だった。車は182キロ走っていた。
車を置いて歩くことにした。空気がひんやりしていた。妻はジャンパーをはおった。水の音がした。激しい滝の音だった。渓流に入って最初に目にする「銚子大滝」だ。カメラを手にすると、妻も早速、カメラを構えた。こちらは滝の風景を撮ろうとしたが、妻はとにかく記念写真である。「あなたそこに立って」。シャッターを切ると、今度はこちらにカメラを手渡し「さあ。今度は私を撮るのよ」と妻ははしゃいだ。子どものような笑顔だった。
「さあ。行こう」。どちらともなくそう言って歩きだした。水の音がまるで音楽のように響いた。小鳥の鳴き声が聞こえた。水の音がベースのような低音なら、小鳥たちの鳴き声はピッコロやフルートのような管楽器の響きだ。妻は歩きながら口笛を吹いて小鳥の鳴き声の真似をしたが、音にならなかった。こちらを向いて「エヘヘヘッ」と照れ笑いしながら「あなたもやってみて」と言う。口笛を吹いた。少しだけウグイスの真似をすることができた。
サワグルミ、カツラ、カエデ、ホオノキ。原生林が広がる奥入瀬で様々な木を観た。垂直に伸びた樹木もあれば、水平に伸びた樹木もあった。樹木が魔術のような芸を見せていた。岩を抱くように根を張り、伸びた木もあった。苔むした倒木もあった。深緑の苔。若草色がまぶしい羊歯。若葉の緑。緑が目の前にいっぱいに広がった。緑色に染まるような渓流の散歩だった。「アッ。この眺めがいい。ネッ。あなた写真、写真」。妻は気に入った場所を見つけては盛んに記念写真を撮った。多くの観光客が行き交い、人影が途絶えることがなかった。その人たちの静かだが、渓流と滝、樹木の美の協奏曲に感動した声が原生林に響いた。歩いても歩いても疲れを感じることがなかった。最終目的は「阿修羅の流れ」を目指すつもりだった。
しかし、一時間以上歩いても目指す「阿修羅の流れ」には着かなかった。反対方向から来る女性グループに妻は声を掛けた。「阿修羅の流れまで行きたいのですが、この辺からどのくらいかかります」と尋ねた。女性グループは地図を拡げ、「いまここだから、もう一時間はかかるのでは」と言う。もう4時近かった。このままだとホテルに入るのも遅くなる。「もう無理だ。歩くのは止めよう」と大急ぎで引き返し、車で「阿修羅の流れ」を目指すことにした。車から「阿修羅の流れ」までの距離を計ったら6キロだった。15分ほどで着き、絵のような見事な風景をカメラに収めた。妻もあちこちを歩き、風景撮影を楽しんだ。しかし、光が暗いため写した写真の何枚かは手ブレが起きていた。
阿修羅の流れを出て、ホテルを目指した。青森県から秋田県へ戻り、40分ほど鬱蒼とした原生林の中の道路を走った。樹木の切れ間から右手に広がる十和田湖がキラキラと輝いて顔を見せた。深い原生林を走った。原生林を前にした左手に「十和田ホテル」の看板があった。「あっ。ここだ。そこを曲がるんだ」と妻。奥まった袋小路のような場所に秋田杉で造ったホテルが城のような威容を示して建っていた。石垣の上に築いた茶色の豪壮な建物だった。1936年(昭和11年)の十和田国立公園誕生(1956年に十和田八幡平国立公園)を機に観光開発の一環として建設されたものという。多くの宮大工が腕を競って建てた「秋田杉の館」だけに見事な建物だった。
男女二人の従業員がホテル前でこちらを出迎えた。トランクからスーツケースとパソコンを取り出すと男性従業員が「お持ちします」と手を差し出し、荷物を運んだ。フロントに入って一番にしたことはタバコだった。奥入瀬でも十和田湖畔でもタバコは控えた。ポイ捨てだけはするまいと我慢した。それだけにホテルロビーでの一服がうまかった。
部屋は本館の「秋田杉の館」ではなかったが、ツインのルームからは湖畔が見え、ゆったりとした広さを持っていた。冷蔵庫から缶ビールを取り出し飲んだ。ビールがとてもうまかった。「十和田ホテル」に泊まれる幸せを味わった。大浴場からも美しい十和田湖がが眺められた。せっかく持参したパソコンだったが携帯電話もピッチカードも電波が弱く役に立たなかった。しかし、その分、メールからも開放されたような気分だった。
風呂から上がって夕食となった。食堂からも夕もやにかすむ湖が見えた。闇の中に眠ろうとする湖畔が幾分、わびしく見えた。生ビールを注文し、乾杯した。テーブルに広がった料理も満足のいくものだった。生ビールから日本酒に切り換えた。興奮しているのか、飲んでも飲んでも酔えなかった。
「あなた。これ食べた。美味しいよ。何でも食べなきゃだめよ」。「万歩計を見たら1万3000歩だった。そう歩いてないんだね」。「明日の朝はこのホテルの周辺を歩いてみよう」。「ああ。食べ放題で、台所にも立たなくて済むから今夜は極楽」。ホテルでの食事が刺激的なのか妻は終始、笑顔だった。それでいて時々、アキやパピーを思い出しては「パピーもアキも元気にしてるよね」と気にかける。いつもより一本多い晩酌で部屋に戻った。疲れていたのかベッドに横になったらそのまま眠りに落ちた。
翌朝、約束通りホテルの周辺を歩き、湖畔へと出た。ザーッザーッと波が打ち寄せていた。湖畔から深い森の中を歩いた。ミズナラ、ダテカンバ、ハウチワカエデ、トチノキ、サワシバ。様々な樹木が鬱蒼としていた。ホテルで朝食を摂り、「秋田杉の館」内を見学した。ちょっとしたスペースだが「杜の図書館」と名付けられた読書室もあった。「このホテルなら2〜3日泊まってもいいね」と言った。「時間をもてあそばないかな・・・」と妻は心配した。「そんなことはないさ。本を読んだり、ホテルの周辺を歩いたり、奥入瀬渓流に行ったり、疲れたらベッドで眠ったらいいし」。「ならこのホテルからいろんな情報を集めてみて、そのプランを見て泊まるようにしたらいい」と妻も賛同した。
ホテル中庭で記念写真を撮った。「秋田杉の館」がしっとりと落ち着いた大人の建物に見えた。人工の滝があり、その水の音を聞いた。「やはりもう一度、泊まってみたいホテルだ」と妻に言った。ホテルを出ようとしたら総支配人が宿泊客一人ひとりを見送っていた。「どちらからお出ででしたか」と聞く。「大曲市からです」と答えたら「大曲市ですか。大曲の花火があるとうちのホテルにも泊まってくれる方が多いんですよ」と大曲の花火が十和田湖のホテルまで影響を与えていることに驚かされた。
ホテルを出て小坂町を目指した。十和田樹海ラインを走った。町に近づくと山々はアカシアの花で真っ白だった。小坂はアカシアの町である。アカシア祭りが展開されていた。むせるようなアカシアの香りをかぎながら、アカシア並木を歩いた。北国の町にはやはりアカシアが似合うと思った。
小坂町からマインランド尾去沢を見学し、自宅に着いたのは午後5時だった。車の走行距離はちょうど400キロに達した。アキもパピーも元気だった。小原さんの置き手紙があった。「アキちゃんもパピーちゃんもお利口に留守番してましたよ」。小原さんの細やかな心遣いが嬉しかった。