こちら編集室「アメリカへ」(6月20日)

 雲量100%─。梅雨特有の鉛色の空が広がっている。鉛色の空を眺めながらの朝の散歩が続いている。梅雨空に咲くのがクリの花だ。淡い黄色の動物のしっぽのような花が咲いて雨の季節到来を告げている。「あのクリの花が散らないと梅雨は終わらないのよ」。妻は小犬のパピーを、自分は柴犬のアキを連れて朝の道を歩いている。「クリの花が散らないと梅雨は終わらない」。いつもこの季節になると口癖のように妻は言う。

 このところ嬉しい手紙やメールが続いた。手紙はアメリカの俊子・ポランスキーさんの実家のお母さんからだった。俊子さんの母は平鹿町に住んでいて、アメリカから毎週のように娘の俊子さんから「こちら編集室」が送られてきているという。それを「楽しみに読んでます」と俊子さんのお母さんからのお便りだった。「伊藤さんの朝の散歩の様子が目に見えるようです。冬には寒い秋田の事、雪国の写真、そして春には東の山の上から昇る朝日の写真など、エッセーも上手ですが写真も上手ですね。私は娘の便りが一番待ち遠しいです。そして奥さまと一緒の散歩は大変、良いことですね」とあり、ご自身の身辺雑感をしたためていた。最後に「貴方さまのエッセー大好きです。俊子の母、75歳の老母」とあった。なんて嬉しい言葉だろうと感激した。

 東京で作家活動するかたわら大学で講師を務められている保坂さんからも久しぶりにメールがあった。「伊藤さん、毎週楽しくエッセーを読ませてもらっています。こんな素敵な文章を無料で読んでいいのかなと躊躇いながら」とあった。そして「今は週二回、大学に行って若者に触れています。学問を教えられるほど、勉強してこなかったことを悔いています。それでも楽しい時間です。大学でいつも伊藤さんの頁を開いて、語り掛けています」との報告だった。まだお会いしたことはないが、作家活動されている方さえも自分の拙い文章を読んでいるのかと思うと、大きなプレッシャーを感じた。

 先日、泊まった「十和田ホテル」の藤田総支配人からも「こちら編集室を拝見いたしました。十和田湖や奥入瀬渓流など自然の素晴らしさが巧みに表現されていて感服いたしました。また、当ホテルにつきましても、大変に嬉しいお取り扱いで、お読みいただいた皆様には好印象を抱いていただけるものと、こころから感謝いたしております。本当にありがとうございました」とのメールを頂いた。

 写真は十和田湖の原生林でお茶の先生をされている市内の主婦の方からもメールでお茶会へのお誘いがあった。照れながら妻と参加したら「こちら編集室のほほえましい内容がいつも楽しみなんですよ」と優しい笑顔で迎えられた。そして鈴木三郎さんの「野鳥散策の写真も文も素敵ですね」とほめられ、自分のように嬉しい思いをした。

 ささくれ立った気持ちがまだ残っているが、読者はさまざまな形で自分を救おうとしている。

 「アメリカ暮らし」をもう184回にわたって書いて下さっている岩間郁夫さんが13日、大曲市入りした。3度目の来曲である。今度の訪問は自分たち夫婦をアメリカに迎えたいとの目的も抱えての旅だった。大曲市入りする前に岩間さんから「ぜひ今年こそアメリカの旅を実現して下さい」と「アメリカ西海岸旅行スケジュール案」がメールで送られてきていた。

 午後3時21分の秋田新幹線「こまち」で岩間さんを大曲駅で迎えた。市役所の友人も付き合う予定だったが、奥さまが急病とかで自分一人が駅で迎えた。「ああ。伊藤さん。またお世話になります」。自分よりも一回り体の大きい岩間さんは、いつもの柔和な笑顔で改札口から出てきた。

 予約していたホテルに荷物を置いて、取りあえず角館町を案内した。角館町では武家屋敷通りを歩いた。青柳家も見学した。お気に入りの建物や風景をデジカメに収めながら、「落ち着いたいい町ですね。よくこれだけの武家屋敷が残ったものです」と岩間さんは感激していた。時間がなかったが、わらび座にも案内し、世話になっているデジタル・アート・ファクトリーの海賀孝明さんにも会ってもらった。シリコンバレーで知られるサンノゼでIT産業の最先端の仕事をされている岩間さんにもぜひ、コンピューター技術者の海賀さんは知っておいてもらいたかった。10数分の滞在だったが、前から岩間さんと海賀さんとは会ってもらいたいと思っていただけに一つの目的を達成できたと思った。

 大曲市に戻ってからは妻とそして岩間さんとも面識のある写真家の泉谷玄作さんとも合流し、六郷町の湧太郎へと向かった。最初は市内で食事しようかと思ったが、入った店は満席だった。湧太郎の「源八亭」に入ったら、ご主人も奥さまも岩間さんのことは覚えていて、大歓迎だった。4人でマグロを中心とした料理を囲み、乾杯した。自然、話題は自分たち夫婦のアメリカ旅行へと移った。

 妻は岩間さんから送られてきた旅行スケジュールのコピーを懇意にしている旅行社に手渡し、飛行機の切符などを手配してもらうことにしたという。岩間さんは「それは良かった。こちらでも手配できるが、業者の方が何かと便利なはず」という。スケジュールから9月1日から8日までの7泊8日の旅となった。泉谷さんも同じ時期に花火の写真の仕事で、ニューヨークに行くことになったと話題が弾んだ。ビールを飲みながらも岩間さんからは「アメリカの西海岸はまず天候の心配はないから傘は持つ必要はありません。ただ陽射しが強いので帽子は必要」。「現金は余り持たず、ホテルの宿泊や買い物はカードで決済すること。ただボーイに渡すチップが必要なので1ドル札は多少、用意するように」などの注意があった。

 そしてホテルはいずれも一流のものを選んだし、ラスベガスでのショーやグランドキャニオンツアーの素晴らしさなどを岩間さんは語った。「そうそう。食事は日本料理、中国料理、洋食。何でも心配ありません」。こちらは「ええ。ビールとワインさえ飲めたら、もうそれでいいんです」。妻は「あなたは飲むことばっかり」と叱ったが、岩間さんの話は興味を引くことばかりで、その目は笑っていた。

 時には「エー。ほんとにー」とおどけながら一生懸命にメモも取った。そして「泉谷さんとアメリカで偶然に会えるといいね」と途方もない期待を込めた。さすがに岩間さんも「奥さん、それは無理。広いアメリカでニューヨークにいる泉谷さんと西海岸を歩く伊藤さん夫婦がいくら何でも偶然には会えない」と笑った。仕事の関係で国内ならほとんど歩いている妻だが、海外旅行は初めてである。それだけに秋田に居る感覚でアメリカを想像してしまうようだ。

 「アメリカに行くなんて。早速、パスポートの準備をしないと」。メモを取りながらも心底、嬉しそうな顔を見せた。そして「そうだ。岩間さん。今、使っている携帯電話。アメリカではどうなるの。街の中を歩いていて迷ったらどうしよう」と不安そうな顔も見せた。さすがに岩間さんも笑って「奥さんが使っている携帯電話はあくまでも日本国内用で使えません」。そばにいた泉谷さんが「伊藤さん。この電話なら外国でも使えます。これを持ったら便利です」と自分の持っている携帯電話を求めるよう勧めた。海外でも使える携帯電話があるとは知らなかった。便利な時代になったものである。

 言葉の面では「私がサポートするから心配しないで」とアメリカ滞在22年の岩間さんが保証し、その点での不安はまずない。だが、問題はタバコである。飛行機はもちろん禁煙。ホテルでもタバコを吸える部屋と吸えない部屋があり、チェックインの際に確認しなければいけないとか。カリフォルニア州だとホテル内でもレストランでもすべて禁煙で、屋外でしかタバコを吸えないなどタバコを吸う人間にとっては生活しにくい環境であることが知らされた。

 その話を聞きながら「あなたアメリカ旅行を機にタバコを止めたら」と妻はいい、岩間さんも「そうだ。伊藤さん、禁煙する良いチャンスかもしれないよ」とニヤニヤしながら言う。1日20本。今の自分の喫煙量だ。しかし、アメリカの旅で本当にタバコを止められたらこれほどいいことはない。タバコを減らす訓練をしようか。迷っている。

 自分たちのアメリカ旅行の決断は帰国した岩間さんからロスアンジェルスの敦子・リーさんにも報告が届いたようだ。敦子さんは昨年暮れまでケンニチに「真心・ふれあい」と題してロスのことなどを書いて下さっていたが、高齢となった義母の看病に専念したいと今は休筆している。その敦子さんからもメールがあった。「ロスアンジェルスではぜひ岩間さん夫妻と共に拙宅で夕食をとってほしい」との事だった。日程などを岩間さんと打ち合わせすることになったともあった。アメリカに行くことになった自分たちを敦子さんも迎えてくれる。インターネットがもたらした心温まる友情に感謝したい。

 妻はアメリカ旅行が頭の中でいっぱいなのか本屋に寄って「アメリカ西海岸の旅」と題した本を買い求め「あなたもこれに目を通して勉強しないとだめよ」と言う。アメリカ。梅雨空が広がっているが、岩間さんからは帰国と同時にさらに詳細なスケジュールがメールで送られてきた。しばらくはアメリカへ夢を馳せよう。