禁煙して2週間を過ぎた。そろそろタバコの事は忘れてもいいと思うのだが、まだタバコとは絶ち難く時々、無性に吸いたくなる。取材で話を聞いている時や、原稿を書いている時にどこか物足りなさを感じて「タバコがあったらなー」と未練に苦しむ。自棄っぱちになるほど吸いたくなる。しかし、持ってないものは吸えない。タバコの自動販売機を見ては目を逸らし、買うのを自制している。
タバコをやめて一番、良かったと思えるのは自分の健康はともかくとして、吸わない人に迷惑を掛けないという点だ。そして会議など喫煙制限となっている場での取材でもイライラせずにその場に居れるようになった。同時に気になっていた室内の汚れもこれからはそう進まないだろう。妻は退職したら部屋を「模様替えをしたい」と言っていたが、自分がタバコを吸っている限りは、せっかく模様替えをしても元の木阿弥となるばかりだ。タバコを止めたらその心配もなくなり、もっと清潔な部屋となるだろう。
犬を連れて歩く時のタバコの習性もなくなった。その犬だが、柴犬のアキにはボーイフレンドがいてあった。「あった」と過去形にしたのは、そのボーイフレンドが8日の金曜日の朝に亡くなったからだ。アキと同じ15歳だった。横手川堤防のたもとの家の飼い犬で、コロと呼ばれた柴犬だった。その名の通りコロコロと可愛いほど太った犬だった。外につながれていてアキは散歩の途中、いつもコロに寄ってはあいさつし、じゃれ合った。相思相愛の仲だった。
コロはいつも自転車に乗ったご主人と堤防で、駆けっこの散歩だった。散歩の途中、アキと出会うとコロは走るのをやめって駆け寄り、嬉しそうにじゃれ合った。おっとりとしたご主人は「これこれ」と急に方向を転換したコロを叱りながらも「アキ。アキちゃん。元気だか」といつも優しく声を掛けた。コロの家はそのおじいさん夫婦とその息子さん夫婦、それに2人のお孫さんの6人家族だ。
そのにぎやかな家族に囲まれてコロはいつも幸せそうだった。しかし、最近になってコロの風貌は変わり、ふっくらとした顔がとても険しいものになっていた。そしていつも外で「ウォーン。ウォーン」とくぐもった声で叫ぶようになっていた。アキの姿を見ても知らんぷりで、ただ寂しそうに吠えていた。アキもこのごろでは歩くだけで精いっぱいのためかコロには関心を示さず、ただ黙々と堤防まで歩くだけだった。
コロが亡くなる朝、パピーを連れて妻と散歩したらいつものようにコロは「ウォーン。ウォーン」と悲しそうな声で吠えていた。妻は「コロもこのごろは老けたね」とその様子を見て心配した。
その日の夕方、再びアキを連れて散歩に出たら、仕事から帰ったばかりのお嫁さんがおばあさんと玄関前で戸惑いの表情を浮かべながら立ち話をしていた。こちらは「どうも」とあいさつしただけで堤防に向かった。アキはおしっこを済ますと戻ろうと自宅へ向かおうとした。二人はまだ立ち話のままだった。どちらも浮かぬ顔をして立っていた。思えばその時、おばあさんはお嫁さんに「コロ」が死んだことを報告していたのだろう。
そのただごとならぬ二人の様子に「何かあったのか」と聞くのも失礼と思い、黙って通り過ごした。夜になって用事が出来、コロの家を訪ねたらご主人が「コロが死んでしまって」と寂しそうな顔で話した。おじいさんは「グランドゴルフをやって帰ってきたら、コロがおれのいない間に死んでしまったというんだ。かわいそうなことをした」と肩を落とした。そして「火葬することにして息子が帰ってくるのを待って手配してもらったら、角館町にある公営のペット専用の火葬場は土、日はやってないと言うし、月曜日まで待つことにしたんだ。腐敗すると困るので、息子がいまドライアイスを買いに行ってね」。寂しかったのだろう。こちらが問わなくても自らコロの死の経過を報告した。
ご主人によるとコロは今年の冬に具合が悪くなり、動物病院で診察してもらったら「脳卒中」だったとか。動物病院に3日間入院したが、それからボケたような表情になり、叫ぶようになったという。目も老化したアキと同じで見えなくなっていた。それでもコロの家では家族の一員として大事にしてきた。コロが「ウォーン。ウォーン」と叫ぶとおばあさんが良く外に出て「コロ。なにした」と声を掛けていた。コロは家族の声を聞くと、しっぽを嬉しそうに振っていた。見えない目で一生懸命、喜びを現そうとしていた。
その翌朝、「コロに上げて下さい」と言うのも変だが、お菓子を持参してお悔やみに行った。おじいさん夫婦も、息子さん夫婦も「どうもどうも」と言って感謝し、コロの幼いころの話をして聞かせてくれた。コロは息子さんが19歳の時にもらった犬だという。その息子さんはもう34歳になった。そして二人の子のお父さんとなった。
いつだったか。アキを連れて散歩に行ったら、その息子さんとおじいさんが顔色を変えてコロを探していた。コロが首輪を外して一人で遊びに行ったのだと言う。おじいさんは自転車を出して、「おれはあっちに行ってみる。おめはそっちだ」と手分けして探しに行くところだった。その心配そうな二人の様子を見て、「いい人たちなんだな」とつくづく思ったものだった。
コロが亡くなったのは8日の朝10時ごろだったという。おばあさんが外に出たら、コロは地べたに横になっていた。様子がおかしいので小屋に抱いて連れて行ったら、そのまま苦しまず、眠るように亡くなったという。老衰による自然死だった。おばあさんもおじいさんも火葬される前のコロを悼んで、小屋の中で柩代わりにした段ボール箱を前にロウソクを灯し、線香をあげていた。
15年連れ添った家族の死である。おじいさん夫婦にも息子さん夫婦にもコロの死はポッカリと穴が空いたような寂しさが募るのだろう。息子さんは「火葬を終えたらコロの骨は家で迎えて埋めてやりたい」と言った。
コロの死はアキにはもちろん分からない。アキはもうパピーとの散歩も無理となって、朝夕、堤防までノタリノタリと歩くだけだ。コロの死を聞いて、自分も妻も「そろそろ覚悟をしなければいけないね」と話し合った。「もしものことがあったらアキも火葬して、骨だけは家の小さな庭に埋めてやろう」と話し合った。「土に返してやろう」と結論を出した。夕方、散歩を終えるとアキは犬舎には入らず、横になってぼんやりと表を眺めている。皮膚病で肌はボロボロだが、その目は悟りを得た高僧のような感じさえする。ちょうど破れ法衣を着た修行僧のような・・・。アキはその名の通り秋に命の終焉を迎えるかもしれない。コロの死からそんな気がする。頑張れアキ。そう願って今日も散歩に連れて行こう。