あっと言う間にもう10月も終えようとしている。秋は日増しに深まり、早朝の散歩は寒さ対策をガッチリと固めてからとなっている。マフラーも手袋も用意し、もうほとんど冬着だ。寒いのは苦手だが、この季節の晴れた朝の美しさには感動する。東山は群青色に染まり、空は茜色となって燃える。霜が下りた地面に目をやると雑草の葉が凍って、真っ白だ。その白さがまた美しい。
「アメリカの旅」と題して9月12日から10月24日まで7回にわたって書いた「こちら編集室」のレポートも終えた。連載を書いている時は正直言って、休まずに毎週掲載出来るだろうかと不安だった。旅から帰ってすぐに大曲市長選の動きが本格化し、立候補を表明している3人の動きと事務所の様子から目を離せなくなった。
総決起集会や女性の集いなど告示を前に3人の候補者はいかに市民に自分の考えをアピールするか、とさまざまな企画を練っては人を集め、前哨戦を展開した。さらにその取材の合間には事件や事故もあった。9月定例議会も開かれ、その取材にも時間を取られた。10月に入ると中仙町の町長選に向けた取材が始まり、衆院選も解散してそちらの動向にも目が離せなくなった。アメリカの旅のレポートはその合間を縫っての作業だった。連日キーボードとの戦いに追われた。
アメリカを旅し、留守をした8日間の間に二人の大切な人を失った。一人は友人の妻であり、一人は親類の男性だった。友だちの奥さまは以前から助からない病気だと言われ、心配はしていたがまさか旅行中になくなるとは思ってもいなかった。旅を終えた9月8日の夜11時ごろ自宅に着いて、さて一杯とビールをコップで半分ほど飲んだら、ファクスが入っているのが気がついた。「あれ?」と用紙を取り出して読んだら「妻が今朝、亡くなりました。電話しましたが、留守だったようでお知らせしておきます」と葬儀の日程などが書かれてあった。
驚いて妻と共に友人宅へ走った。59歳の若さでこの世を去らなければならなかった奥さまの悲しみ、友人の心の痛みに哀悼の意を表した。ご主人は自分たちがアメリカに行っていたと聞いて、ビックリしながら「いや。とにかく良く来てくれた」と亡くなった奥さまを前に寂しそうな笑顔を見せた。元気だったころはお互いの家でそれぞれ食事会を開いては交流を楽しんだものだった。奥さまは3歳、ご主人は9歳も自分たちより年上だったが「伊藤さんたちは一番、気が休まる友だちだ」と暇を見つけてはお互いの家を訪問し、一緒に食事した。奥さまは冬になると豆腐が好きな自分のためいつでも「湯豆腐」を用意してご馳走して下さった。葬儀の日、妻は友人代表で弔辞を読んだ。
もう一人の方は秋田市の親類の方で自分たちが旅行中に脳卒中で倒れ、まだ意識があるうちに何とか会ってもらいたいと我が家に何度も電話したとか。結局、葬儀にも行けず帰った翌日、秋田の姉からの電話で亡くなったのを知った。葬儀には姉に代わって姪が行ってくれたが、自分たちはアメリカに行っていると言うことを聞いて親類宅でも驚いていたとか。次の休みに親類方へ弔問し、姉の家にも寄った。
自分とは親子ほども年齢の違う姉は「足も弱ってしまってネー」とすっかり弱気になっていたが「マアたちはアメリカへ行ってきたんだって。すごいねー」と喜んだ。姉の喜ぶその顔を見て、親父やおふくろが健在だったらどんな顔をして自分たちのアメリカ旅行を喜び、その思い出を聞いてくれただろうと思った。姉も姪もそして美しい高校生になった姪の娘も自分たちアメリカ旅行のアルバムに目を通し「すごい。すごい」と驚いたり、感激していた。
アメリカの旅を記録した写真は妻の分も含め300枚ほどになったが、15冊のアルバムに妻が旅行順に写真を整理し、編集してくれた。そのアルバムが人気を呼び、妻の友だちから友だちへと渡っている。そして自分も合間を見ては友人や知人にアルバムやCDに記録した写真をパソコンでスライドショーをやりながらアメリカの旅を語っている。
先日は大曲市内の喫茶店で個展を開いている女流画家と初対面だったにも関わらず「アメリカの旅のアルバムをお見せしますか」と言ったら「ええ」と相手も応じた。車から運んだアルバムをひもときながら「アッ。この写真。私の絵の題材の参考になる」と喜んでくれた。アメリカの旅のアルバムが思わぬ副産物を生んだ。
アメリカの旅のレポートを書いている途中、読んでいるという読者からは「自分も行っているような気分で読めるし、面白いよ」と言われた。県庁に行った妻は「伊藤さん。読んでますよ。だんなさんとアメリカに行ったんですね。毎回、楽しみに読んでるとご主人に伝えて下さい」と言われたと報告があった。
市長選がいよいよ始まって選挙カーを追い始めた時は、果たして連載可能かと気が気でなかったが、とにかく合間を見つけては書くのを止めなかった。旅行日程表を手元に置いて、それを見つめながら20行、30行と書いては3人の選挙カーを追った。そしてあくまでも記事を優先して「こちら編集室」をまとめた。9月12日から10月24日まで一カ月半かけて書いた7回にわたる「アメリカの旅」はこうして終えた。
旅行記を書き終え、思ったのは妻と二人での海外への旅は「これが最初であって、最後だろう」だった。そう思っていたら、岩間さんからメールで「今度の旅行が最後の海外旅行とおっしゃらず、2年先を目標にして今度は東海岸に出かけましょう。同じアメリカですが、東海岸は風景も文化も歴史も習慣も西海岸とは全く違う世界。こちらの旅をされると、また別の意味で驚き、感激されますよ。ぜひ、ボストン、ニューヨーク、ワシントンDCを周る旅にしましょう。楽しみにしてます」とお誘いがあった。
妻に報告したら「ホント!。岩間さん、もう私たちと付き合うのなんてこりごりなんて思っていなかったのね。嬉しいな」と喜び、「また500円貯金するからあなたも手伝ってよ」と500円硬貨の積み立てを始めた。タバコを止めて3カ月。1万円ほどかかっていた月々のタバコ代だ。その分を妻の旅行積み立てに協力しようか。そんなことをこのごろ思っている。「夢よ再び!」。2年後のアメリカ東海岸の旅に夢を託すことにした。