こちら編集室「タバコを止めて」(11月7日)

 タバコを止めて3カ月過ぎた。3カ月ぐらいではまだタバコを止めたとは言えず「ちょっと休んでいるだけ」らしいが、止めて良かったなと思えることはさまざまある。まず火災の心配がない。朝。プカプカと家で吸っていて「さーて。出かけるか」と出勤時にあわてるのがタバコの火の始末だ。きちんと消したろうかと灰皿を見る。朝起きてから吸ったタバコの本数は確か3本だったはずなのに灰皿には2本しかない。残りの一本は?─。その一本を巡って気になる。まさかくずかごには捨ててないだろうなと思う。あるいはジュータンのどこかに落としてないかと不安になる。くずかごをあさり、吸いがらが入ってないか確認する。見つからない。テーブルの下に吸いがらが落ちてないかと探す。見つからない。「もう一本はどこで吸ったっけ」と記憶の糸をたぐる。

 ところがその記憶も、このごろはトンと当てにならない。思い出せず、しかも妻にも言えずイライラする。やっと「ああそうだった」とホッとする。一本は外で吸って、車庫に置いてあるちり取りに入れたんだと思い出す。ところが今度はその火を消したのかと気になる。車庫に行ってみるともみ消された吸いがらが捨てられてあった。

 こんな七面倒なタバコ騒動を毎朝のように繰り返してきた。会社でもそうだ。灰皿のタバコを処理したかと会社を出てから気になって電話をしたり、確認のため会社に戻ったことも何度かあった。20代、30代のころはこんな記憶喪失による不安はなかったのに50代後半になったら、数時間前の自分の行動さえ思い出せない。悲しいことだ。

 タバコを止めて良かったと思えるのは、妻のお小言を聞かなくても良くなったことだ。暖房も入ったこの季節。洗濯物が乾かないため、居間の温風ヒーター前に洗濯物が干される。タバコを吸う時は換気扇のスイッチを入れるが、タバコの煙はどうしても換気扇よりも温風ヒーターの方へと流れる。「あなた。お願いだから洗濯物を干している時はタバコを部屋で吸わないで。せっかく洗ってもタバコのヤニで臭くて困るんだから」。もっともだと思いながらもコソコソ隠れるようにしてプカプカとやってきた。

 冬。居間に洗濯物が干された時は外で吸おうと思いながらも、寒くてとうとうわがままを通してきた。「あなた。タバコ。何とかならないの!」。洗濯物が居間に干される季節になると繰り返された妻のお小言もタバコを止めたおかげで聞かなくなった。「あなた。タバコを止めてくれて、助かったワ」。洗濯機から洗い物を取り出して温風ヒーターの前に干す妻の口からは文句でなく、お褒めの言葉が聞けるようになった。

 奥羽山脈の紅葉のパノラマ(11月1日撮影)タバコを止めて良かったこと。その3。イライラしなくなった。会議などはこのごろ、禁煙が当たり前になった。以前はテーブルの上に灰皿が並べられ、誰もが何とも思わずタバコを吸っていたが、タバコの害が叫ばれ出してからは会議での喫煙はほとんど禁止となった。その会議の取材。出席者の言葉のやり取りに耳を傾け、メモを取りながらも一時間近くもなるとイライラしてくる。結局、席を中断して外でタバコをくわえる。その精神的ストレスが解消された。

 もっといいことはよそのお宅におじゃまして相手の迷惑も考えず「タバコを吸ってもいいですか」と灰皿を出させていたのが、もうその必要もなくなった。取材を受けた相手はきっと迷惑だったろうナと思う。部屋は汚れ、臭いも残る。タバコを吸わない知人は「おれがタバコを吸わないと分かっていながら、車の中で吸われた時ほど迷惑なことはなかった。文句を言ったら相手を傷つけることになると我慢したが、タバコの臭いが気になって半日、車の窓を開けっ放しにして外に置いたものだった」と嘆いた。

 タバコを止めて良かったと思うのは衣類を焦がす心配がなくなった点だ。これまでタバコを吸いながら車を運転し、落とした灰でズボンに穴を開けたり、ジャンパーを焦がして着られなくしてしまったこともある。それからは車を運転しながらの喫煙は止めたが、今度はタバコを吸える場所を探し求めてイライラが募ったものだった。そのタバコを吸える場所も日増しに少なくなった。駅に行っても吸えない。病院はなおさらだ。仮に吸えてもビニールで仕切られた檻(おり)のような特別室で外から白い目で見られながら肩身の狭い思いをして吸わなければいけない。その鬱屈した精神からもタバコを止めたおかげで解放された。

 タバコを止めてさらに良かったと思うのは小遣いが減らないことだ。値上げ前は250円だったタバコが、今は270円となった。毎日平均して20本は吸っていた。お酒を飲む機会があると30本以上は吸っていた。一カ月に換算すると9000円から1万円の節約となった。

 タバコを止めて良かったのは部屋が汚れなくなった点だ。新築してもう20年になる我が家。天井も部屋の壁も大分、タバコの煙で汚れているが、妻も「今度は内装を塗り替えても部屋が汚れないね」と喜んでいる。タバコを止めて良かったなと思える点を挙げたらきりがないかもしれない。

 しかし、まだタバコを吸いたいと心底、思う時がある。朝、犬を連れての散歩の時、タバコを吸っている人とすれ違った時のあの香りを嗅いだ時。原稿に詰まった時。精神的に追い詰められた時。仕事に追われイライラした時。昼食を食べ終え、目の前で美味そうに一服をやられた時。いろんな時、いろんな場面で「ああ。タバコを吸えたらどんなにし・あ・わ・せ・か」と思ったりする。夢の中で夢中で吸ったこともある。夢だったにもかかわらずタバコを吸ってしまったと後悔した。タバコを吸いたくて仮に一本でも口にしたらこの3カ月間の我慢は水泡に帰してしまうと人は言う。我慢だ。がんばろうと言い聞かせている。

 それにしても道路に転がっているタバコの吸いがらの多さよ。先日は火のついたままのタバコがポイッと車の中から捨てられた。あれはひどい。タバコを吸うのは構わないが、火のついたタバコのポイ捨ては止めてもらいたい。いったいどういう神経を持っているのかと腹立たしくなる。かつての喫煙者だから大きな声では言えないが、それでも火のついたまま道路へのポイ捨てはやらなかった。でも側溝には吸いがらを捨ててしまった。過去の罪。謝ります。ごめんなさい。