天気が日替わりメニューのように快晴、曇り空、雨、みぞれと目まぐるしく変わる。先週末は一気に冷え込んで東山に雪が降り、頂上付近が真っ白になった。山に降った雪が里に下りて、風景を白く染めるのも時間の問題だろう。もう11月も残すところ2日だ。そして師が走る月となる。雪がいつ降ってもいいようにと車のタイヤは先々週の土曜日に冬用に換えた。家の雪囲いも終え、妻がこの春から楽しんできた鉢植えの花も、雪の下となって傷まないよう軒下に引っ越しさせた。冬を迎える準備はこれで終えた。
秋田県南日々新聞がアクセス数「100万」を記録したのは今年3月29日だった。1996年12月1日にインターネット新聞としてこの新聞はスタートした。それから約6年4カ月かけて「100万」という金字塔を樹立した。100万を自分でもすごいなと思っていたら、今月20日にはもう130万という数字を記録した。わずか8カ月ほどで30万のヒット数を記録する新聞になっていた。
今、平日に本紙を訪れる読者は1800人前後である。100万ヒットを記録した春3月のころは一日1500人前後だった。インターネットがそれだけ急速に普及し、本紙への訪問客も増加しているのだろう。この勢いだと来年4月ごろには150万ヒットという数字を記録しそうだ。
もうケンニチにとって150万とか200万とかは当たり前のことで、単なる通過点にすぎない数字となった。300万とか500万も数年後には達成することだろう。果たしてそれまで継続しているかは分からないが、わずか1年そこらで50万の訪問客を記録する新聞となった。
それだけ影響力も出てきたようだ。三上寛ライヴを企画し、その事務局として本紙を通じてチケット販売のPRをお願いしたいと言ってきた秋田市の主婦・伊藤真智子さんからはつい先日も「ケンニチを見たという湯沢市の方よりチケット予約メールがありました。効果ありですよ。ありがとうございます」とお礼の報告があった。
市長選、衆院選では本紙の記事がコピーされ、注目度も急速に上がった。取材で選挙事務所を訪ねると、本紙の記事コピーを手に選挙状勢を分析する姿を何度も見かけた。千葉県在住の女性読者からは「秋田に帰ったような気がした」とお礼のメールがあった。大阪の私立樟蔭高校の女子生徒からは「電子紙芝居」の素材に01年3月14日に掲載した表紙写真「高校合格発表の日」を使わせてほしいと依頼があった。授業に役立つのなら嬉しいし、喜んで承諾のメールを送った。2年前の表紙写真をどうやって探しだしたのか。確かに高校合格を喜ぶ女子中学生たちのいい笑顔があった。
不登校の子どもたちのためにボランティアを募集している大曲教会の横井伸夫牧師からは「伊藤さん。ケンニチのおかげでボランティアの申し込みがありました。ありがとう」とお礼も言われた。初めて会った人からまで「アメリカは良かったでしょう」と声をかけられることもある。ケンニチは日増しに新聞としての影響力を高めているのを実感する。これからは150万とか200万とかのアクセス数ではしゃぐことも、浮かれることも止めよう。一つの通過点として数字を見守ろう。
こんなことを考えながら、先週の日曜日は居間と台所、寝室、それに風呂の脱衣室に掃除機をかけた。家事を妻と分担しているわけではないが、妻の体力では掃除機を持つのは無理だろうと判断し、自分の仕事としている。
掃除機をかけはじめるとなぜか小犬のパピーは居間のどこかにおしっこを引っかける。パピーが我が家の一員となって、初めて掃除機と接した時にそのすごい音に驚いたのかそれとも怖かったのか、「ワンワン」と威嚇し、何度も噛みつこうとした。吸い口は自分の手で結構、激しく床の上を動くのでケガをしてもいけないと「パピー。危ない。ダメ!」と叱った。
そのお叱りを受けたのがショックだったのか、パピーはスゴスゴと逃げてテーブルの下で丸くなって様子を見ていた。こちらは掃除に夢中になって、パピーをすっかり忘れていた。そして掃除を終えたら籐椅子の付近が濡れているのに気付いた。「あれ?。何だ?」とその濡れ具合を見たらパピーのおしっこの痕だった。
パピーを呼んで「パピー。これは何だ。なんでここにおしっこをする!」と叱った。しかし、おしっこをやってからもう30分以上も過ぎているため、パピーはなぜ怒られなければならないのかと、こちらにまん丸い目を向けて怪訝(けげん)な顔だ。時には頭を傾げ「なぜ悪いこともしてないのに僕を叱るの」と不満顔となり、最後にはプライドを傷つけられたと言わんばかりに「ウー。ウー」と逆ギレする。
妻が台所からその様子を観ていて「あなた。もうパピーはおしっこをやったことなんて忘れちゃっているんだから、今、怒ってもダメなの」とむしろこっちを注意する。そして濡れた雑巾を手におしっこの後始末をしながら「ゴメンね。パピー。もうこんな所へはおしっこはしないよね」となだめる。確かにそれからしばらくは掃除機をかけてもパピーは居間の長椅子の角や籐椅子におしっこをかけることはなかったが、忘れたころに再び、濡らしている。
どうやらパピーは掃除機の音が嫌いでおしっこを引っかけるのではなく、掃除機をかけている間は妻も台所で食器を洗ったり、洗濯をしていて誰も相手をしてくれない。それがパピーにとっては不満なようだ。何度か掃除機に向かって「ワンワン」とちょっかいを出したが、それをやれば叱られる。「なんか、つまんない。エーイやっちゃえ!」とばかりに足を上げて籐椅子や長椅子の角におしっこを引っかけ、遊んでもらえない不満をぶっつけているようだ。
そのおしっこもここしばらくやらなかったので安心して掃除機をかけたのだが、やはり「ウー。ワンワン」とちょっかいをかけてきた。ちょっとでも掃除機の手を休め、遊び相手になってやれば良かったのを無視した。それがいけなかった。気がついたら籐椅子の脚をグッショリと濡らしていた。「パピー。またやったのか!」と叱ったが、その顔は「え?。何のこと?」とポカーンとしている。そうなると叱る気にもなれない。雑巾を濡らして「パピー。ここにおしっこをしちゃダメなんだよ」とぼやきながら後始末をした。「何か難儀かけてしまったようだ」と言った気持ちは幾分、パピーにも伝わるようだ。きまり悪そうな顔で拭き作業を見守っている。
六郷町の湧太郎で開かれている写真展「どうぶつたちへのレクイエム」を観に行った。妻は「心臓がドキドキして観てられなかった」と早々と会場から出た。ラブラドールリトリバーを飼っている妻の友だちも「かわいそうで胸が痛む」と眉を曇らせ、妻の後を追った。こちらは仕事上、殺されていく運命を待つばかりの犬、猫たちの顔を見つめ、どんな記事にすべきかとイメージを巡らし、会場を二巡してメモを取った。
秋田市で先月24日、空気銃で撃たれるなどの虐待を受け、懸命の治療を受けながらも力尽きて小さな命の灯を消した猫「福ちゃん」の写真の前では写真説明のすべてに目を通した。空気銃で撃たれるだけでなく、アイスピックのような鋭いもので目を刺され、その傷口が口の中にまで達したという説明には怒りのやり場を失い、涙がボトボト落ちた。
なんでそれほど残酷な仕打ちができるのかと腹も立った。どんな親の教育を受けたものか。どんな家庭でその犯人は育ったものか。空気銃を持った犯人の姿は見えてくるようで見えなかった。「福ちゃん」と名付けられた猫の写真を前に「辛かったろう。苦しかったろう」とささやいた。「でも福ちゃん。最後は君を助けたいと秋田市のお医者さんも動物愛護団体も一生懸命になって頑張ったよ」と語りかけた。「福ちゃん」は死ぬことで幸せを得た。せめてそう思うしか救いようがなかった。
自分にはこのような写真展を開いたり、犬や猫の里親探しに奔走する力もエネルギーもないが、せめて少しでも多くの人たちに殺されていく犬、猫たちがいるという実態を知ってもらいたいと記事にした。そして晩年を迎え、ほとんど寝たきりで過ごしている柴犬のアキを命が燃え尽きるまで大事にしてやりたいと思った。