こちら編集室「白い道を歩く」(1月30日)

 降ったばかりの雪で白く染まった道を歩いた。まだ明けやらぬ夜の底。真っ白な道は真っ直ぐに東の方に向かって延びている。数センチ降り積もった雪を踏みしめて、真っ白な道を歩いた。午前5時半。まだ夜は明けきれず暗い。懐中電灯で道を照らしながらの朝の散歩だ。横手川の橋を渡り、大曲南中学校前を通り、藤木小学校前の道路を歩き、田んぼの真ん中を突っ切った市道を歩き、十字路で左折して家に戻るコースが平日の朝の散歩コースとなっている。歩いてほぼ1時間。

 朝の散歩といっても冬道は怖い。凍った日。除雪車が走ったばかりの道路は路面がツルツルンの状態となって滑る。スケート場のようにツルンと滑る。妻も自分も滑り止めの金具が付いた靴を冬を前に買い求めたが、実際に歩いてみると滑る。除雪したばかりの道路は、滑り止めの金具が付いていてもほとんど役に立たない。油断はできない。まだ転んではいないが、「危ないよ。転んで頭をぶっつけたら大変だよ」とお互い手を取り合って夜の底を歩いている。

 小犬のパピヨンは自分の右前方をフワフワしたしっぽを左右に振って歩いている。男の子だけに電柱や道路脇の雪の塊を見つけると縄張りを示す「しるし」を付けないと気が済まない。エイ!とばかりに足を上げておしっこをかける。柴犬のアキがいなくなってまだ寂しさが残るが、小犬のパピーが自分たち夫婦の心の支えになっている。

 〃糟糠(そうこう)の妻〃という表現があるが、その日の朝も一緒に歩いた妻はわがままな自分に本当に良く連れ添って、苦労を共にしてきた。30年以上も一緒に暮らしていると会話という会話もない。ただ歩きながら「今日は普通通りか」と夕方、仕事を終えて帰る時間を確認する程度である。妻の回答はただ「ウン」とか「今夜も遅くなるからあなた先に帰って」という程度である。仕事の関係で、県外への出張や懇親会で遅くなる日も多く、最近では自分一人で帰宅し、晩酌の料理も自分で調理するのに慣れた。

 自宅近くの藤木上橋から川港公園の方を撮影妻が留守する時の晩酌の料理は決まって丸い豆腐をお湯で温め、それにポン醤油をかけて食べる。そして丸大食品の商品名「ミニステーキ」を油でいためる。後はレタスに青じそドレッシングをかけて味わう。それに紀州の梅干しがあればいい。いたって簡単だ。それで2日から3日は我慢できる。

 妻が留守となる良く行くスーパーの店員も自分の買う品を見てほぼ分かるようになったようで「今夜も奥さまはお留守ですか」と声をかける。「そう。今夜も一人暮らしだよ」とこちらも応える。中には「これだけでは栄養不足になりません」と本気で心配してくれる若い店員さんもいる。気立てのいい、優しい女の子たちだ。大曲市に本社を置くスーパー「タカヤナギ」のレジの女の子たちの親切さと笑顔の接客態度はいつも感心する。自分一人分の買い物は本当にささやかなものだが、彼女たちが笑顔で声をかけてくれる爽やかさに触れたくて買い物も楽しみになる。

 それにしても雪の日々が続く。天気予報を見ると雪だるまがずらりと並んだままだ。フード付きのコートが手放せなくなった。深々(しんしん)と雪が降る中を車で走っていたら、高校時代に「倫理社会」を教えていた先生とすれ違った。向こうは徒歩。こちらは車だったため声もかけれなかったが、もう退職して随分となるだけにとても老けて見えた。それでもチラリと見た横顔は昔とちっとも変わらなかった。元気そうで良かったなと心底思った。

 工業高校機械科に入りながら、機械工学とか応用力学など機械科関係の授業は好きになれず、国語とか倫理社会、古典に学ぶ喜びを見つけた。その先生は教科書に登場するソクラテスやプラトンなどギリシャの哲学者の生きざまを横道に逸れながら語った。今も覚えているのは「人間で大切なことはただ生きるのではなく、善く生きることだ」というソクラテスの言葉だ。

 その先生は「ソクラテスは思想裁判にかけられ死刑判決を受けるが、その判決は間違っていると親友から脱獄の勧めを受けても、彼は『脱獄という不正はできない』と断り、刑死したことだ。なあすごいだろう」とメガネの奥の細い目を輝かせて語ったものだった。「善く生きるとは絶対に不正を犯してはならないということだ」と先生は強調した。

 背丈の小さな先生だったが「カントは・・・」と哲学者の名前を甲高い声で読み上げ、哲学の魅力を語る時にはニコニコと夢みる少年のような笑顔となった。「人はパンのみでは生きられぬとイエスは聖書で語っている。伊藤君。パンだけでは栄養失調になるからもっといろんなものを食べろという意味かどうか説明してくれないか」と回答を求められたこともあった。

 倫理社会はいわば人間どう生きるかを学ぶ道徳の時間だった。最近、その道徳も親子の情のかけらも感じさせない嫌な事件があった。大阪の中学3年生の男の子への親の虐待である。殴る蹴るなどの虐待を与えたほか、その子は食事も与えられず餓死寸前まで追い込まれた。新聞報道を見てその余りのむごさに胸がキリキリと痛んだ。

 逮捕された実父と同居の女に心底、怒りを感じた。この二人はどんな教育を受けたのだろうか。人間としての愛情のかけらも感じられない。40歳の男と38歳の女。活字の並んだ紙面は読むのさえはばかれた残酷な内容だった。子は親を選べないとはいえ、あまりにむご過ぎる運命の下にその子は生まれた。「日本って、まだまだ精神的に貧しいな」と思った。

 真っ白な朝の道を歩いていて妻がつぶやいた。「あの人たち鬼だよね。人間じゃないよね。ひど過ぎる」。事件が新聞に載って二日目になっても妻の怒りは静まらなかったようだ。真っ白な雪道を歩いて思い出したように「本当にひどい事件」とまたつぶやいた。白い雪が早くこの嫌な事件の記憶を消してくれないかなと思った。