なぜなんだろうと思う。2月に入ると時の流れが急速に早まる。「光陰矢の如し」と言うが、その早さに体と脳が着いて行けず戸惑っている。振り返ってみると1月はなぜかゆったりと流れ、新年会の飲み会を重ねながら「まだ1月か」とカレンダーを眺め、夜の街で費消した財布の中身の軽さにあわてた。なのに2月に入るとあっと言う間に月末を迎える。どうしてこうも2月は時の流れを加速させるものか。「光陰に関守なし」ともいう。月日はたちまち過ぎ去り、人を待つことはないとは良く言ったものだ。
風邪を引いた妻が「夕べアキの夢を見たの」と言った。「熱が出て、のどが痛くて眠れなくなり、水を飲もうと起きたんだけど、それまでアキがずーと私の側にいてくれたの。目が覚めたら姿が消えちゃった」と不思議そうに話した。柴犬のアキが亡くなったのは先月の10日朝だった。寒い朝で、老化と共に心臓を悪くしていたアキは床暖房をしていても耐えられずに旅立った。
あれからもう1カ月以上は過ぎている。アキの夢を見たという妻が正直、うらやましかった。天国へと旅だったアキは今ごろどうしているものかと思った。妻が風邪を引いて苦しんでいるのを知って、アキはわざわざ下界へと下りてきて見守ってくれたのだろうか。冬。アキは温風ヒーターの前に座って編み物をする妻の膝に乗り、眠るのが好きだった。長い足を丸くし、背中も丸く縮め妻の膝に乗って黙って眠った。その妻の膝の温もりを覚えていて風邪を引いた妻のため、見舞いに来てくれたのだろうか。アキの夢を見たと言う妻がうらやましいと思った。
2月2日。雨の降る月曜日の夕方だった。車を市内のある駐車場に止めておいて、運転席側のボディー後部をつぶされた。ドアを開けようとしたら開かない。なぜなんだろうと思って車のボディを見たら後輪のタイヤボックス部がつぶされ、ゴムのモールが移動してそれがドアを押さえる状態になっていた。「やられた!」と思ったが、相手の車は分からない。当て逃げされたのである。
ドアが開かない車では乗れないため修理工場に電話したら、「一応、警察に届けておいた方がいいのでは」と勧める。警察に電話したら二人のお巡りさんがパトカーで駆けつけ現場を検証した。雨がシトシトと降る中、つぶされた傷の長さや位置などを測り、写真も撮って記録した。
ふと車の下を見たら小さなゴムのパッキンが落ちている。それを手にして「これは何でしょうか」と聞いたら「ああ。これは軽トラックの荷台にあるゴムのパッキンです。ぶっつけた車は軽トラックのようですね」とお巡りさん。そして「お気の毒ですがぶっ損事故の場合、相手の申告を待つしかないんです」といわば当てられ損、壊され損であるとの事だった。
他人の車を壊してそのまま逃げていく。少々、腹が立ったが相手が分からない以上、諦めるしかなかった。結局、助手席側のドアを開け、そこから運転席へと移動して車のエンジンをかけた。そして妻を迎えに行き、車を自宅近くの修理工場へと運んで修理をお願いした。だが、その工場も作業が混んでいて、修理は部品の注文もあって一週間待ちとなった。
仕方なく次の日からは妻の車である軽四輪乗用車ダイハツ・ジーノに乗ることにした。この車、四輪駆動なので冬道は結構、強い。むしろ冬は妻の車の方が安心して走れるくらいだ。こうして10日夕方を迎えた。たまたま同じ駐車場に車を置いたら、2日夕方の事故現場と同じ場所に軽トラックが止まっている。ふとその荷台を見たら運転席側にあるべきはずのゴムパッキンがない。
「これだ!」とぶつけた相手を発見したような気がした。なぜなら自分の車は前向きに駐車していた。それに対して軽トラックはバックしてきて自分の車に衝突した。だから運転席側の荷台のゴムパッキンが外れて落ちたことになる。事故の条件が一致する。ナンバーをメモし、警察に連絡した。間もなくパトカーが来た。そしてゴムのパッキンが無くなっているのを確認。さらに運転席側の荷台の角を指でこすって自分の車「BMW」と同じグレーの塗料が落ちるのも確認した。その上で「かなりの確率でこの車に間違いないと言えますね」と判断し、車のナンバーから運転者を割り出した。
そうこうするうちに軽トラックの持ち主だという60代の男性が戻ってきた。警察官の一人がその車の持ち主であることを確認した上で「2日の夕方、ここに車を止めませんでしたか」と聴いた。もう8日も経過している。「さあ。ちょっと分からないな」と相手は首を傾げる。「あなたの車の荷台にあるべきゴムのパッキンが無くなっているし、この通り荷台の隅からはグレーの塗料が落ちてきますね」と警官は追求する。
「ああ。そう言えば何か塗料が落ちてくるんしな」と相手は認めながらも「2日にここに車を置いたかも分からないし、ぶっつけたという覚えもない」と否認する。結局、その場では水掛け論になり兼ねないと判断し、「それじゃ後でまた来てもらってもう一度調べますから、それまで思い出せることがあったら思い出して下さい」とその場は別れた。こちらは何も言わず警察官とその男のやり取りを見守った。
そして翌日、警察から電話があって「12日朝に来てもらうことにしました。壊された車はどうなってますか。もしも修理してないのなら持ってきてもらいたい」とのことだった。幸い車は自宅の車庫に入れたままである。時間に合わせ車を運んだ。相手の人も軽トラックを持ってきた。二人の警察官は自分の車と軽トラックを並べ、トラックの持ち主に「ご覧のようにあなたの車の荷台に着いた塗料の位置とこちらの車の傷の位置が一致します。あなたに(ぶっつけたという)認識はないかもしれませんが、ゴムのパッキンは外れているし、傷の位置も一致します。偶然がこんなに重なるはずはないし、ぶつかったのはあなたの車だとしか考えられません」と説得した。本人も言い逃れが出来ないと思ったのか「分かりました」と認め、「大変な迷惑をかけてしまって」と自分にも頭を下げた。
事故を認めた後は警察も「車の修理はお二人で話し合って決めて下さい。ところで保険には入ってますね」と聞いた。「ああ。保険には入っている。だから保険で修理してもらえる」と言う。こちらも「ああ。良かった。それでお願いします」とホッとした。そして相手の住所と名前を控え、別れた。
修理代は10万円は覚悟していた。全くのむだな出費である。とにかくぶっつけた相手が分かってその修理代は保険でやれると安心した。だが、その人から電話で「保険が切れてしまって」と言う。こちらにとってそうは言われても言葉の返しようがない。「とにかく修理代は自分で払うが、何とか安くやってもらえないか」と泣きつく。修理工場の名前と電話番号を教え「交渉してみて下さい」と答えた。
その修理工場から間もなく「部品が来たから修理に入ります」と連絡があった。仕事を終えてから車を運ぶと、ぶっつけた相手から電話があった旨の報告があった。そして壊れた自分の車を点検し、「これだけの傷を付けたら衝突した瞬間、相当な衝撃があったはずだ。知らなかったなんてウソだよ」とその修理工場の経営者も憤慨する。そして「だけどまあ相手が見つかって良かった。さすが新聞記者だよ」と変な褒め方をし、「修理代も出来るだけ値引きしてやるか」と笑った。時の流れが矢の如しだった2月は思わぬアクシデントにも遭ったが無事に去ろうとしている。