こちら編集室「春を求めて」(4月9日)

 夜明けが日増しに早くなっている。いつものように午前5時に目覚め、着替えをして表に出ると外はもう明るい。小鳥たちも目覚め、スズメが電線に止まってさえずり、あるいは空中を舞って夜明けを楽しんでいる。遠くに仰臥する東山はインクを水で薄めたような薄い水色となって朝を迎え、日の出前の空も淡い茜色に染まっている。午前5時半。西に輝いていた赤い大きな月は次第に白くなってその色を失い、太陽が間もなく顔を出す事だろう。

 パピヨンこと小犬のパピーを連れての散歩も春と共に楽しくなった。冬の間は道路が濡れ、散歩が終わった後の毛の汚れの始末など手入れが大変だったが、乾いた道路だと足を洗うだけでいいから楽だ。パピーとの散歩を楽しみながら思ったのは、柴犬のアキにもこうした春の朝を迎えさせてやりたかったなという郷愁だ。

 春を迎えた日曜日の朝、お隣のお母さんから今年も「缶ビール」6本を頂いた。母さんと言っても、もう80歳をとうに過ぎている方である。ずーと一人暮らしで、たまに県外に住んでいる娘さんが訪ねてきている。

 その一人暮らしの母さんが我が家に春と共に缶ビールを届けるのは毎年の慣例となってしまった。頼まれたわけではないが、冬の間、お隣の玄関の雪寄せをしている。缶ビールはそのお礼だ。お隣との間には空き地と墓地があって、我が家とは20メートルほどの間隔がある。除雪車が来た朝は自宅玄関前から車庫前、そして少しでも道路を広く使えるようにと空き地、墓地の前、さらに隣の母さんの家の前まで雪寄せをしている。

 その距離と言うか幅はまさに家3軒分もある。ドサッと大量の雪が除雪車で置かれていった朝は、流雪溝があるとはいえ片づけるまでにタップリと1時間半はかかる。重労働であり難儀な作業だが、隣の母さん宅の前だけ雪の山にして放っておくわけにはいかない。80歳をとうに過ぎた方である。幼いころは随分、お世話になった。そのような方に自分で雪を寄せろというのは酷な話だ。そう思って毎年、黙って雪寄せをしているのだが、その母さんも義理堅く、春を迎えると必ず缶ビールを6本、箱に入れて届ける。

 「マサオさん。今年も本当に助かった。ありがとう」。その母さんは昔からちっとも変わらない美しい笑顔で我が家の玄関を開け、「これ少しだども飲んでけれ」と缶ビールを置いていく。「そんなお礼なんて」といつも言うのだが、隣の母さんは「まさか。マサオさんにあれだけ難儀かけて黙ってはいられね」と丁寧なお礼を述べ、ニコニコした笑顔で頭を下げる。朝早く、まだ真っ暗な内に雪寄せをしているその時間帯に、隣の母さんが表に出てくる事はまずないが、目覚めて玄関前の雪がなくなっているのを見て、「ああ。また寄せてくれたんだ」と感謝していたのだろう。そう思うと缶ビールのプレゼントも嬉しい。また来年も頑張るから元気でいて下さいと心で祈る。

 雪国での暮らしはお互いの助け合いだ。お隣の母さんから受ける援助はないが、いつだったか、テレビで自分が取り上げられた時はわざわざ電話で「マサオさん。さっきテレビに出てたっけね。大したものだ。この八圭からテレビに出たのはマサオさんが初めてでねか。マサオさんは大したものだ」と褒めちぎった。隣の母さんはそうした意味で心の支えになっている。隣の家の雪寄せ。難儀だが、これからも自分の力が続くうちは寄せてやろう。

 夜明けの太陽とにかくその冬も終わって春が来た。月曜日から金曜日までの朝の散歩は横手川の橋を渡って東に真っ直ぐ向かい、藤木地区の田んぼを一周して戻るのだが、万歩計の歩数は4800歩ほどと記録される。妻との散歩が始まってちょうど一年になるが、やはり歩く訓練の成果が出たのか、このごろ妻の歩くスピードも結構、早くなった。

 サッサ、サッサと足が前に進む。「随分、歩くスピードが早くなったね」と褒めると、「ホント。エヘへ。やっぱり歩いて訓練したからかな」と笑う。以前は自分の歩くスピードに着いて来るのがやっとの状態で「マア。もうちょっとユックリ歩いてよ」と注文をつけた。今はむしろこちらのスピードに追いつき、追い越した。

 小犬のパピーもそのスピードに負けず、セッセと四つ足を運んでいる。時には耳をそばだて自分たちの会話を聞き取ろうとしているようにも見える。今年5月で5歳になるパピーだ。

 親バカだが、小犬のパピーは段々、利口になってきた。1歳未満のころ、そして2歳になったころは居間のあっちこっちにおしっこを引っかけ、妻はそのたびに悲鳴を挙げ、悩みのタネだった。仕事を終え、家に着くと「これからまたパピーとの戦争だな」とあの当時はパピーの繰り返すお粗末に心底、悩んだものだった。今は家の中でおしっこをする場所はきちんとわきまえ、与えられたトイレに敷いたおむつにしかやらない。もちろん表に出ると電柱など立っているものはすべて自分のテリトリーを示す場として「印し」をつけなければ気が済まないオス犬の習性を持っているが、家ではルールを守るようになった。

 その上、自分たち夫婦の一週間の動きもパピーは頭脳にキッチリと描いたようだ。月曜日から金曜日の朝。寝室で出勤のための着替えを始めると、パピーは居間からその様子をジッと見つめ「そろそろ出かけるんだ」と判断し、自らケージに飛び込んで留守番モードの姿となる。その仕草が可愛い。「パピー。もうハウスに入ったの」。寝室で着替えをしながら「パピー。偉いね。お利口さん」と褒める妻の目は笑っている。以前だったら、朝の出勤時、パピーを二人で追って、「パピー。ハウス。ハウスに入りなさい」と叫んでは大騒ぎだった。パピーは追うと逃げ回ってテーブルの下に隠れ、ケージには入ろうとしなかった。

 仕方なく餌で釣って、2〜3個の餌を与えて抱き上げ、ケージに入れていた。するとパピーはだまされたとばかりに「ワンワン」と大きな声で吠えて抗議した。その声が家を出る自分たち二人の背中に突き刺さり、辛かった。今は月曜日から金曜日までは「留守番なんだ」と分かっているようだ。その代わり、土曜・日曜に出かけるための着替えを始めると「ワンワン」と自分も着いていくよとカウンターの上にあるリードを流し目で見ながら叫ぶ。小犬のパピーは可愛い我が家の一員である。春を求めて今週の日曜日もどこかの公園を歩こうか。