「春眠暁を覚えず」と高校時代、古典の時間で教えられた。先週末の2日間は快晴に恵まれた。いつものように午前5時には目覚めたが、「今日は土曜日か」、「今日は日曜日だよ」とそのまま朝寝坊を決め込んだら、二日間とも目覚めたのは7時近かった。春は眠っても眠っても、寝足りない。しかし、小犬のパピーがおしっこを我慢してるだろうと気づき、急いで着替えた。
パピーを抱いて外へ出たらもう太陽が高く昇って朝の活動が始まっていた。週末の朝の散歩は横手川を越えてから仙南村へと入り、川沿いの集落を歩いて、再び横手川に架かる橋を渡って角間川町を経て自宅へというコースを取っている。歩いて1時間半。万歩計は約6500歩を記録する。
歩くコースにはスイセンの花が咲き、モクレンも今にもパチンと音をたてて目覚めるかのように大きく膨らんでいた。花の季節が来たなと思った。中学、高校生のころから生け花を習った妻は花の名に本当に詳しい。道端に咲く花を見つけてはその名前を一つひとつ教える。「ウン。そうか。ウン。そうか」とうなずきながらも自分は次から次へと忘れてしまうため、妻もあきれて「あなたには花の名前をいくら教えても張り合いがない」と怒る。それでも翌週になると再び、道端に咲いている花を見つけては「この花はね。踊り子草というの」とか「この紫の花はムスカリ」などと名前を挙げる。その花の名前を歌を聞くような感覚で耳にしている。
今、その妻が一番、楽しみにしているのは玄関前の小さな庭に広がった「忘れな草」の花の群れが咲き出すことだ。まだ芽が土の中から顔を出したばかりで、実際に咲くのは5月に入ってからと思うのだが、「今年は玄関前が『忘れな草』でいっぱいになりそう」と喜ぶ。確か2年前に苗を植えたのだが、それが一面に広がった。こちらは雑草から懸命に守った青い苔(こけ)こそ大事だと思っていたのだが、妻は「いいの。忘れな草が大事なの」と譲らない。
忘れな草。花そのものは確か小さくて淡い青色をしていると記憶しているが、「忘れな草」というロマンチックで文学的な名前は自分も気に入っている。花の本で調べたらヨーロッパが原産の帰化植物だという。その昔、ドナウ川のほとりに咲いていた野の花を取ろうとした男が誤って川に落ち、急流に流される前に恋人に「私を忘れないで」と叫んだという伝説からその名が付いたという。
「私を忘れないで」。何と言う悲しい言葉か。妻はこの「忘れな草」が我が家に咲き出してから、「図書館から菅原洋一の『忘れな草をあなたに』の歌が入ったCDを借りてきて」と昨年、何度も言い、携帯電話のメールでも催促した。なのに自分はその催促さえ忘れ、とうとう今も約束を反故にしたままとなっている。
別れても 別れても 心の奥に いつまでも いつまでも 憶えておいて ほしいから 幸せ祈る 言葉にそえて 忘れな草を あなたに あなたに(木下竜太郎作詞)
別れても心の奥にいつまでも憶えておきたい人もあれば、心の傷となって残り、一日も早く忘れたい人もいる。しかし、忘れようと努力しても心の傷はいやされることはない。川端康成は小説「山の音」で「わたしはね、このごろ頭がひどくぼやけたせいで、日まわりを見ても、頭のことを考えるらしいな。あの花のように頭がきれにならんかね。さっき電車のなかでも、頭だけ洗濯か修繕に出せんものかしらと考えたんだよ。首をちょんぎって、というと荒っぽいが、頭をちょっと胴からはずして、洗濯ものみたいに、はい、これを頼みますと言って、大学病院へでも預けられんものかね。病院で脳を洗ったり、悪いところを修繕したりしているあいだ、3日でも一週間でも、胴はぐっすり寝てるのさ。寝返りもしないで、夢もみないでね」と主人公・信吾の口を借りてこう語った。
本当に自分もそう思う。人間を50年以上もやっていると嫌な思い出、忘れたい思い出もある。そうしたことを忘れ、整理するためにも頭だけ病院に預け、脳を洗ってもらったり、悪いところを修繕してもらえたらどんなに楽になることか。嫌な思い出はきれいに洗ってもらい、楽しかったこと、美しい思い出だけを脳に残して、生き返られることが出来るのならどんなに楽かと思う。
朝の散歩時。「あなた。車が来たよ」と子どものように自分を注意する妻。そして花を見つけてはその花の名を教える。自分たち二人の間に入ってお尻を振りながら懸命に前に向かって歩く小犬のパピー。サクラも咲き出した。2人と1匹とのささやかな生活を通してこの小さな幸せを守ろう。