こちら編集室「雨の日々に」(4月30日)

 花冷え、花曇りの日々を重ね、先週の日曜日の朝はとうとう満開のサクラに雪が降るという「花に嵐」となった。「春に3日の晴れ間なし」とも言われるが、雨の多い日々だったなと思う。冷たい春の雨の降る街を妻から借りた傘を手に歩いた。雨が降りだして気がついた。「あれっ。コウモリがない」と。またどこかに置いてきてしまったのだ。いつ車から持ち出して傘を差して歩き、どこへ行ってそのまま置き忘れたのか。思い出そうと努力したが、とうとう思い出せない。

 「あなたにはいくら傘を買ってあげても直ぐに無くすからもう知らない。自分のお金で買いなさい」と妻は自分の忘れっぽさに怒った。それで仕方ないから自分で買った傘だった。しかも、忘れないようにと見栄を張って結構、高いものを買った。昨年の今ごろだったと思う。ほぼ1年間、雨の日はそれのやっかいになったが、とうとう失ってしまった。無くした傘は今ごろ、どっかの食堂か取材で訪れた事務所の入口に所在なさそうに置かれているかもしれない。グレーと黒のチェックの模様が気に入っていた。

 雨の日は気持ちも落ち込むが、いい面もある。まだ小学生だったころ「雨々ふれふれ母さんが 蛇の目で お迎え うれしいな ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン」という歌を習った。北原白秋の作詞だったと思う。

 歌っていると楽しい気分になり、はしゃぎながら大きな声で歌った。歌いながら想像したのは絵本で見た都会の風景だった。チンチン電車が街の中を走り、雨でキラキラと輝く石畳の道路が目に浮かんだ。そしておとぎ話に登場するようなカラフルでおしゃれな住宅街も目に浮かんだ。蛇の目を手に迎えに来るお母さんもエプロンの似合う優しくて若いお母さんの姿だった。

 菜の花も咲きだした春歌いながら自分の母を思い浮かべたが、雨の日、自分のためにコウモリを手に学校まで迎えに着てくれるような我が家じゃないなと、少し悲しかった。何よりもその日、その日の生活費を稼がなければいけない我が家だったのである。絵本の中のお母さんはエプロンが似合うとても美しい人だったが、我が家の母はいつもいろり端で縫い物をしているしわくちゃの泥臭い母だった。

 当然、小学校の頃も雨の日は傘を手に登下校したはずだがなぜか雨の日はどうやって帰ったのかは思い出せない。頭の中にあるのはいつも晴れた日で雲を見上げ、雲を友にして帰った。時には足元の笹の葉を折って笹舟を作り、田んぼの脇の用水路に流し、その舟と競うように走ったことだけが鮮明に思い出す。ガタゴトと背中に背負ったランドセルの中で筆箱が揺れ、音を立てたのが今も耳の奥にこびりついている。

 笹舟を追っているうちに田んぼのあぜ道で青ガエルや王さまガエルを見つけ、それに驚いたり、王さまガエルのかっこよさに感動し、そいつをつかまえようと追い掛けたこともあった。田んぼにポチャンと飛び込んだ王さまガエルはそのまま姿を消した。雲を追う時も笹舟を追う時も、カエルを追う時もいつも一人での下校だった。

 雨と言えば北原白秋の「城ヶ島の雨」も大好きな歌だった。いつ覚えたのか、誰に教えられたのかは分からない。ただ雨が降ると思い出す好きな歌の一つだ。

 雨はふるふる 城ヶ島の礒に
 利休鼠の 雨がふる

 利休鼠の雨。この意味は解らないまま口ずさんでいた。随分、後で「利休鼠」とは色の名前だと気づき、どんな色かと「色の名前事典」で調べたら、白・灰・黒系にその色はあった。地味だがどこか上品で高尚な緑みのある鼠色だった。神奈川県の三浦半島南端に浮かぶという「城ヶ島」。雨の向こうに島の緑の木々と灰色の岩がかすんで見える様子を歌ったものという。同時に死を思うほど、心の痛みの辛さを「利休鼠色」の雨と例えたとの説もある。詩人・北原白秋の雨の降る風景を観察する眼、それを言葉とする表現力のすごさに身が震えた。

 雨は真珠か 夜明けの霧か
 それとも 私の忍び泣き

 この言葉、この詩も大好きだった。雨は涙を呼ぶのだろうか。雨は悲しみを呼ぶのだろうか。心の痛みに苦しみ、泣いた白秋。忍び泣きたくなる時もある。

 高校生のころ、フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌの「ちまたに雨がふるように‥‥」を読み、感動で涙を浮かべたことがある。

 ちまたに雨がふるように
 ぼくの心になみだがふる
 なんだろう このものうさは
 しとしとと心のうちにしのび入る
 (略)
 いちばんわるい苦しみは
 いわれもしれぬ身のいたみ
 恋もなく 憎しみもないというのに
 ぼくの心は こんなにも苦しみにみちている

 苦しみ満ちている心。高校生のころ何度も何度も反芻し、読みふけったものだった。雨の日はいろんな思い出を紡ぎだしてくれる。心の中のポケットが一度にパッと開いたようだ。雨をテーマにした歌や映画も多い。図書館にある流行歌の本で雨の項目を調べたら、「雨」だけで石原裕次郎、三善英史、五輪真弓、小柳ルミコ、森高千里の歌手名がずらりとあった。

 「アカシヤの雨が止む時」「雨に咲く花」「雨のブルース」「雨のしのび逢い」。これらの歌もとても好きな歌だった。

 歌の本を見ていて「雨降り花」という花があるのも知った。水木かおる作詞、杉本真人作曲、渡哲也の歌だ。

 夢ものぞみも つまずくたびに
 やせて小さく なって来た
 だめな俺だが 雨降り花よ
 純なこころで 咲けるなら
 せめて野に咲く 花でいい

 「雨降り花」。広辞苑で調べたら「摘みとると雨が降って来ると伝えられている草花。地方により、ホタルブクロ・ツリガネソウなどをいう」とあった。ホタルブクロ、ツリガネソウ。どちらもあぜ道や野原に咲く野の花だ。ホタルブクロは淡い紫と白の花を、ツリガネソウは淡い紫色の鐘形の花を咲かせる。いつも小さな袋に涙雨をしのばせているような悲しい姿をしていた。

 雨の日。小犬のパピヨンことパピーを連れて夕方、少しだけ散歩した。映画「シュルブールの雨傘」「雨に唄えば」の映像が浮かんできた。シュルブールの雨傘は悲しくてロマンチックな映画だった。雨に唄えばはいかにもアメリカ人的な陽気さで、男性が雨に打たれながら歌っていた。雨もまたいいなと思った。

 トリミングされリボンを付けてもらったパピーここからは少しパピヨンの宣伝になるが、パピーの実家である秋田市桜ケ丘の渡邉益代さんが犬の美容室「プリンセス」をオープンさせた。その案内状が送られてきてあったので24日、パピーを連れて秋田市へと向かった。「プリンセス」は横山金足線沿いのケーズデンキ裏にあった。渡邉さんともう一人の女性の方と二人で店を運営していた。自宅では9尾ものパピヨン軍団を飼っている渡邉さん。

 今度はトリマーの技術を身につけたいと昨年一年間かけて、技術を学び、学科と実技試験を受けたという。「オバサン。頑張ったのよー」と渡邉さんは美しい笑顔で笑った。昨年のアメリカの旅では我が家のパピーを8日間も預かって下さった。そのご恩もお返ししたい。パピーのトリミングをお願いした。

 「あなたのワンちゃんをかわいくシャンプー・カットします」。犬の美容室「プリンセス」の宣伝文句だ。パピーを預かった後、秋田市のADビル内で本紙をデザインして下さったグラフィックコミュニケーションの高橋成人さん=千畑町=が経営している「IBAH(イバ)」というアジアン料理店を妻と共に訪ねてお昼にした。お店のサービスも味も十分、満足できるものだった。

 パピーのエステは2時間ほどかかるという。お店に戻るとパピーはケージの中で美しくなって待っていた。耳に可愛いリボンも付けていた。妻も自分も「ワー。可愛い」と抱き上げて喜んだ。パピヨンなどの小型犬から柴犬など中型犬、そしてラブラドールリトリバーなど大型犬も取り扱うという。

 予約が必要だ。電話は0188─837─1139。携帯は090─6629─1706。木曜日が定休日。住所は秋田市広面字樋ノ沖34─2。