こちら編集室「日光へのドライブ」(5月7日)

 「5日間も休める。そのタップリとした時間をどう使おう」と楽しみにしていた連休だったが、あっけなく終わった。本当に過ぎ去った5日間って何だったろうと振り返っている。歳のせいか、時の流れに押し流されているような不安と寂しさをこのごろ感じる。

 とにかく子どものように楽しみにしていた連休だった。なぜかこのごろ休みがとても貴重な時間となって、楽しみだ。1日と2日は日光への旅を楽しんだ。幸いにも天気にも恵まれた。出かける前の晩は妻も張り切って「明日は早めに発とう」と言っていたが、洗濯や朝食の後かたづけなど家事を終えたらいつの間にか時間も経って午前8時45分の出発となった。今回は小犬のパピーも同行してのドライブとなった。

 小犬のパピーも一緒に行けるんだと察してか、朝から「ワンワン」と興奮気味だった。だが日光まで初めての長距離ドライブ。果たして大丈夫かなという心配もあった。それでも妻も自分もパピーを放したくない。旅は一緒だと抱きかかえ、車に乗せた。

 横手市から自動車道に乗り、午前11時に岩手県湯田サービスエリアで休息を取った。そして北上市で東北自動車道に乗り換え、午後0時半に安達太良サービスエリアで昼食を取った。サービスエリアはどこもレジャー客で賑わい、連休ならではの光景だと思った。青空が良かった。白い雲も良かった。山桜が今盛んで、目の前に展開する山々は芽生えたばかりの若葉と山桜のピンク色で染まり、春爛漫の笑っているような明るさだった。

 小犬のパピーはサービスエリアを埋めつくした大勢の人ごみに慣れてないのか、キョロキョロ、キョロキョロと落ち着かない。今回の旅ではパピーのため、新しいショルダーバッグも買った。それは小犬をバッグの中にそのまま入れるとレストランでもどこへでも入れる構造となっている。果たしてパピーがそれに入って我慢してくれるか心配だったが、妻は車内でそのバッグの中に何度も「パピー。ハウスだよ。ハウス」と抱きかかえては入れて慣れさせた。バッグの中に入ったまま妻のひざの上で抱かれているのも安定してていいとパピーは思ったようだ。

 だが、サービスエリアで車を停めるとパピーは興奮してバッグの中どころでない。おしっこもたまっているのだろう。とにかく車から出してパピーの散歩にと付き合った。犬を連れたレジャー客が大勢いて、その点では遠慮なく歩けた。しかし、安達太良サービスエリアでのレストランに入るのは諦めた。昼食を求める客の長い行列が出来ており、このままだとパピーも狭いバッグの中で長時間、窮屈な思いをさせることになる。結局、露店でおむすびを買い求め、青空での昼食を楽しんだ。

 青空と白い雲を眺め、柴犬のアキが元気だったころもこうしてドライブし、公園でシートを広げて昼食を取った日を思い出していた。妻もそのころを思い出したのか「今ごろ、アキはどうしてるかな」と小さくつぶやいた。そしてパピーを抱き上げ、「パピー。いつまでも元気でいるんだよ」と耳元でささやいた。

 日光へドライブするのは9年ぶりだった。日光の霧降高原で妻の親類がペンション「森のやど太助Jr.」を経営しており、「またお世話になりたい」とメールで予約しておいた。「前回は東照宮を見学したから、今回は中禅寺湖へ行きたい」と妻の希望もあって、昼食後は真っ直ぐ中禅寺湖を目指して自動車道を走った。自動車道の上りはスムーズに走れた。一方の反対車線の下りはあちこちで長い渋滞となっていた。

 宇都宮で東北自動車道と分かれ、日光へと向かった。日光へ向かう自動車道も閑散としていた。「いろは坂」の急峻な坂道を登り、中禅寺湖には午後3時20分に着いた。中禅寺湖を見学するのも「いろは坂」を登ったのも中学校の修学旅行以来の事だった。午後の光りに銀色に輝く中禅寺湖は自分のイメージにあった山の中の静かな湖とは違って、どこか都会的な明るさと賑わいがあった。車から下りて湖畔をブラブラと散歩しながら、「華厳の滝」へと足を向けた。ここも中学校の修学旅行以来の事である。豪快な滝の風景を眺めていたら、中学校の修学旅行に出かける前の晩、母が「マア。おめさやれる小遣いはこれだけしかネから、家へのおみやげなんて考えないで、東京をいっぱい楽しんでこいよ」と涙を浮かべて学生服の内ポケットにお金の入った封筒を入れた姿が思い出された。苦労して修学旅行のお金を貯め、小遣いを用意してくれたのだろう。悲しくて、寂しい笑顔の母だった。

 中禅寺湖を歩き、華厳の滝を眺め、もうあの中学校の修学旅行から40年以上もの歳月が流れたのかと感慨にふけった。時の流れは振り返ってみると本当に早い。

 再びいろは坂に向かい、今度は急な坂道の下りとなった。妻は坂道のカーブに取り付けられた「は坂」「ほ坂」などの名前を目にしながら「いろはにほへと。ちりぬるをわか。よたれそつねな。らむうゐのおく」と朗誦した。「よく覚えてるね。おれなんかはイロハニホヘトまでしか覚えてないよ。習った記憶がないんだ」と言うと「これは習うのではなく、自分の努力で覚えるの」と自慢した。嬉しいのだろう。パピーを抱き上げては記憶をたどって最後まで朗誦した。

 いろは坂を下っていよいよ渋滞に巻き込まれた。日光市までは直ぐだというのに車は進まない。数メートル走っては止まり、数メートル走っては止まりの繰り返しとなってペンションに着いたのは夕方の6時近かった。山小屋風の瀟洒な建物は9年前とちっとも変わってなかった。懐かしさが急速に高まった。奥さまの歓迎を受け、部屋に案内された。前回同様、ツインのベッドのある部屋だった。9つある客室はこの連休中は満室とかで、ご主人の加賀政隆さんは厨房で料理の準備に追われていた。

 小犬のパピーを車から下ろし、ペンション周辺を散歩させた。疲れたせいか少し元気がない。食欲もなく、普段なら自分の口でパリパリとドッグフードを食べるのだが、抱きかかえて手のひらに食べ物を載せたらやっと口にした。休ませるのが一番と思い、パピーは車の中に置いた。

 ペンション「森のやど太助Jr.」はコック歴28年の加賀さんこだわりのトンカツが自慢の料理で、酒飲みの自分でもその加賀さんの提供するトンカツは大満足だった。すべてのお客さんの夕食の準備を終えると加賀さんも厨房から出てきて、久しぶりの再会を喜び、奥さまと一緒にこちらとのおしゃべりに加わった。車の中で夜を過ごす小犬のパピーには寒くないよう十分な敷布は置いておいた。長距離のドライブで疲れたせいもあってその晩は早めの就寝となった。走行距離は480キロだった。

 翌朝。窓から車を見下ろすとパピーの独特の耳が見えた。もう起きているようだ。着替えを済ませ、妻と表に出るとウグイスの鳴き声があちこちから聴こえた。高原らしい爽やかな朝だった。車の中で孤独な夜を過ごしたパピーは大はしゃぎで自分たちを迎えた。パピーを連れて高原を散歩した。別荘、ペンションがあちこちにあった。「こんな所に別荘を持ってみたいネ」と夢のようなことを口にしたら妻は「まあ夢の話ね」と笑った。そうだ。それでいいと思った。ウグイスが鳴き、新緑の木々を縫って流れて来る冷たい風が気持ちよかった。

 朝食後は加賀さんの見送りを受けペンションとも別れ、ウエスタン村と東武ワールドスクウェアの見学を楽しんだ。ウエスタン村は入場料の割にはそれほど楽しめるテーマパークではなかったが、ここでは同じパピヨンを連れた夫婦連れと会った。

 パピーを見かけたその奥さまは「あら。うちのパピヨンと違って毛がふさふさして本当に可愛い」と褒めた。そして色々とパピヨンについて話をしているとその奥さまは「うちのパピヨン、耳の辺りに腫瘍ができて治療してもらったんだけどもう駄目らしいの」と悲しそうな顔を見せた。「抗ガン剤なんでしょうね。その後遺症でしっぽの毛が抜けて。まだ4歳なんですよ。お医者さまはやるだけのことはやったと言うし、私たち後はこの子のためにあちこちを連れて歩いて、いろんな思い出が残るようにしてるんです」と話した。洋服を着せてもらい、いかにも大事にされていると思った。犬を飼い、犬と生活することで得る喜びも大きいが、失った時の悲しみも大きい。

 自分たちも16年間、飼った柴犬をこの冬に亡くしたこと。その時の悲しみ、そしてそれを乗り越えさせたのがこのパピーだったと語った。「アドバイスになるかどうかは分かりませんが、悲しんでばかりではなく、喜びも見出すためにも、代わりのパピヨンを飼うのも一つの手段かもしれません。もちろん、今のパピヨンにも精いっぱいの愛情を注ぎながら、いずれ迎える悲しみを乗り越えることを考えてみて下さい」と言った。話を黙って聴いていたその人は「そうかもしれませんね。亡くなるこの子のために悲しんでばかりいてはこの子も救われないかもしれませんね」と言い、小さな声で「ありがとう。気持ちが少し前向きになりました」と寂しい笑顔を見せて別れた。

 いいアドバイスだったかどうかは今も分からない。ただ、今、大事にしているパピヨンのために毎日、悲しんでいるのもどうかと思った。

 世界の文化遺産を25分の1の縮尺で再現したという東武ワールドスクウェアでは「ワンちゃんはバッグの中に入れてもらえますか」と受け付けで条件を付けられた。もはや炎天下である。車内に置いて行ける状態ではない。パピーをバッグの中に入れての見学となった。吠えて騒ぐのではないかと心配したが、パピーは静かにバッグの中で過ごした。時折、顔だけを出してやるとホッとしたように外の風景を見つめていた。

 昼食もそのワールドスクウェアで取って午後1時40分に帰宅の途に着いた。下りの自動車道はあちこちで渋滞が続いてノロノロ運転となった。それでも午後8時半には自宅に着いて遅い夕食を取って、旅の無事を祝った。ウエスタン村で出合ったパピヨンを連れた奥さまの寂しい笑顔がよみがえった。犬を飼う楽しみ、失った時の悲しみ。でも犬と過ごすことで日々、喜びも与えられる。それに感謝すべきだと思った。パピーは人ごみ、そして長時間の車の中、さらには独りで過ごした夜の車内など初めての体験でストレスがたまったのだろう。3日の朝から下痢状態となり、吐いては苦しんだ。5日朝。見るに見かねて主治医の「大曲動物病院」に電話して診察をお願いした。腸の動きが激しく、ストレスから来る下痢と吐き気だとの診断だった。点滴注射を受け、休ませた。今朝はいくぶん元気を取り戻し、短めの朝の散歩に付き合った。パピー頑張ってと祈っている。