緑萌えるこの時期はあらゆる植物がその生命力をたくましく燃やし、エネルギーを一番に発揮する季節なのだろう。横手川の堤防を歩いていると雑草が凄まじい勢いで伸びている。草の名前はよく分からないが、とにかく様々な雑草が絡み合い、せめぎ合い、その生命力を競い合っている。図書館から借りた「野草・雑草 観察図鑑」からすると堤防の法面を覆っているのは「オオバコ」「ハルジオン」「スズメノカタビラ」「タンポポ」「オニノゲシ」、そして「イタドリ」「イヌムギ」「エゾノギシギシ」などであろう。
一日ごとに背丈を伸ばし、もう自分の腰ほどに伸びた草もある。その雑草も膝ほどの背丈なら〃野趣〃があって、一つの春の風景として受け入れられるが、腰ほどの背丈になるとさすがにうっとうしい。管理している国交省もその辺は心得ているようで毎年、伸びきったころを見計らっては堤防の草刈りをしている。今年もそろそろその時期を迎えようとしている。
それにしても雑草も毛嫌いせずに観察してみると、可愛かったりそれなりに個性的な趣があったりして楽しませる。しかし、「イタドリ」の毒々しい葉っぱはいただけない。子どものころは「どんがら」と呼んでいた。しかもその若芽をちぎり取って塩漬けして食べた記憶がかすかにある。酸っぱくて美味しいものだった。なのに今はその葉っぱにも茎にも触れるのさえ怖い。おかしなものだ。
柴犬のアキが元気だったころは、この横手川の堤防が散歩コースだった。アキは黙々と歩き、自分にとって朝夕の散歩は思考の時間にもなった。朝の散歩に妻が加わってからは堤防を歩くのはコースが短過ぎるとなって、真っ直ぐ東山に向かって歩くようになった。アキが亡くなった今は小犬のパピヨンこと「パピー」が散歩相手となったが、パピーの場合、その明るい性格からか動きが〃こしゃましゃ〃していて「思考」に耽るというわけにはいかない。しっぽを振って好奇心旺盛に歩く姿を観ていると、思考どころか思わず笑ってしまう。
作家の島尾敏雄さんと言えば「死の棘」で知られている。この小説は島尾さんの女性関係をめぐって妻が嫉妬し、精神が壊れていく様子をリアルに書き綴ったもので、まだ30代のころ一度、その本を手にして読んだことがあるが家庭も、妻の精神も壊れていく様子を詳細に描いた小説はとても最後まで読み切れなかった。むしろ島尾さんの小説では特攻兵として実体験したのを綴った「出発は遂に訪れず」「魚雷艇学生」「震洋発進」などが自分とって興味惹かれた読み物だった。
その島尾さんに「妻と犬」と題したエッセーがあるのを最近、知った。「島尾さんと犬?」。エッセーの題名を目にして不思議な思いにかられた。島尾さんと犬とはどうしても似合わないと思ったからだ。島尾さんの文体は冷静で、哲学者のような沈着さだ。だから「犬」という感情相手の世界とは無縁だと思っていた。
思わず手にして読み始めたが案の定、文章の出だしは「私は犬を飼う気になれぬ」で始まっている。犬にかじられた経験もあるようで大の犬嫌いのようだ。なのに犬を飼った。飼ったというよりも野良犬が勝手に島尾さんの庭に住み着き、動物好きの奥さまが可愛がった様子を題材に書いたのである。
「私の家は勤務先の図書館の広い構内の一隅にあり」と書いてあるから、ようやく精神的な病気から立ち直った妻のためにその郷里である奄美に帰って「鹿児島県立図書館奄美分館」の館長を引き受けた1958年(昭和33年)のころの生活だろう。この年、島尾さんは41歳であり、妻の精神が壊れていく様子をモデルにした代表作「死の棘」はその2年後の1960年に発表されている。
エッセーでは妻と二人だけの生活を島で送れるようになったのを喜びながらも「一つの心配は、昼間私が勤めに出ている留守のあいだ、家の中にたったひとりのこされた妻が、もしかしてふと過去の古疵を思いだし、へんてこな剥がれた気持ちになって、家の外にさまよい出たりはしないか」だった。
そこへ野良犬が住み着く。奥さまはその犬に「クマ」と名付けて可愛がる。犬嫌いの島尾さんだが、「クマに餌を与えはじめ、ひまがあれば縁のところで寝そべったり腰かけたりしてクマと遊び、お手、だとかおあずけ、だとかをためしてみて、すぐ覚えこむことに喜んでいただけでなく、しきりになにやら話しかけ」とクマと奥さまがふざけ合っているのを見て「私は犬ぎらいだが、或る安堵を感じていた」と語る。
しかし、その犬を可愛がった奥さまも娘の入院看護のため、奄美を離れて福岡に行かなければならなくなる。もちろん、留守をする島尾さんにとっては犬を一人で相手にするのは耐え難い。二人で相談の結果、保健所から引き取ってもらうことにする。
エッセーの山場はその保健所から駆けつけた野犬捕獲人とクマとの戦いだ。捕獲人は島尾さんの勤務する図書館の職員からも手伝ってもらい必死になってクマを追い、捕まえようとする。「私はちょうどそのときその場に居合わせなかったのだが、クマは勇敢に、そして敏捷に抵抗し、逃げ回りどうしてもつかまえることができず、捕獲人も手こずって、その日はあきらめようとした」ほどだ。
だが、それほど抵抗したクマが奥さまの姿を見つけ、駆け寄って「妻の目をじっと見上げたと言うのだ」と島尾さんは書く。「妻は心のちぢむ思いで、でもクマをかばおうとはせずに、じっとつっ立ったままで居たところ、その妻の態度を見てとったクマは、今まで狂わんばかりにあばれまわっていたのに、そのまま、その妻の目の下におとなしくうずくまってしまったのだった。もちろん捕獲人はすぐクマの首に針金の輪をひっかけ、捕獲車の方にひっぱって行ったけれど、クマはもう一声も発せず、また妻の方を振り向きもしないで捕獲人の手荒な扱いに身をゆだね」というのだ。エッセーのこの流れを読んでいたら思わず目から涙があふれて止まらなかった。
事情あって飼い主から見放されたことを知り、従容として死に就く。まるで切腹を命じられたサムライが、ひと言の恨み言も言わず死にゆくようなシーンが浮かんだ。奥さまの下にうずくまったクマの潔さが悲しかった。「こんな犬もいたのか」と活字を目で追いながら、声を出さずに泣いた。クマを縁側に立って見送ったその時の奥さまの気持ちはどんなだったろう。そしてその奥さまの気持ちを察し、逃げるのをあきらめたクマ。会ったことも、目にしたこともない島尾さん宅の犬だが、クマこそ世界一の名犬だと褒めたくなった。クマ偉いよ。本当に偉いよ、と。素敵なエッセーに出合えた喜びを読者に語り、報告したかった。