こちら編集室「事故」(6月18日)

 不覚にも交通事故を起こしてしまった。日曜日の午後。妻の車を運転し、横手市からの帰宅途中、電話柱に衝突してしまった。数秒、意識を失ったまま車を走らせ、事故の衝撃で気がついた。助手席の妻はショックで青ざめ、救急車、パトカーが現場に駆けつける騒ぎとなった。頭はパニックで真っ白になり、携帯電話を握っても救急車を呼ぶための119番も警察の110番も数字が浮かんでこなかった。事故を目撃した人たちが、救急車を呼んでくれたのだろう。車はエンジン部が大破し、修理不能なほどの壊れ方だった。妻は胸の痛みを訴え、救急車で病院に運ばれた。検査の結果、幸いにも骨に異状がなく打撲で済んだが、事故のショックなのか頭がボウーとすると訴えた。しかし、これも後で脳外科の精密検査の結果、異状はないとの診断でホッとした。(現場で妻に大丈夫ですかと声をかけて下さった方、救急車を呼んで下さった方にこの場を通じてお礼を述べたい)

 今度の事故で妻の車は台無しになったが、警察の現場検証を終えてから思ったのは自損事故で済んで、本当に良かったということである。もしも人をはねていたらこちらに一方的な過失があっただけに、交通犯罪者になっていた。そう思うとホッとした。妻の車は壊してしまったが、これは買い換えることができる。しかし、人の命はお金では買えない。事故の衝撃、ショックからはまだ抜けきれず、思い出しただけで体中がゾッとするが、人を巻き添えにした事故でなくて本当に良かった。

 日曜日に妻の車を運転したのはその二日後にどうしても横手市へ自分の運転で行かなければならない用事が出来、会場となるホテルまでの道順を走って覚えるためだった。しかし、運転に不慣れな妻は横手市内に入ってから右折路線、左折路線の矢印に戸惑い、パニック状態に陥った。どうにかこうにか会場のホテルまでは走ったが、その後は「もう運転したくない」とハンドルを投げてしまった。仕方なく運転を代わった。そして家を目前にして一瞬、意識を失い思わぬ事故となった。何が原因なのかは分からない。ただ疲れがたまったいたことは分かる。

 裏庭に咲いたシャクヤクとにかく事故を起こしてしまった。妻は事故のショックもあってか「私、もう車はいらない。私には車の運転は無理なの」と言い出す。事故を起こしたのは自分であり、新車は買えないが、代わりの中古車なら自分の責任で何とか買ってやりたい。しかし、車があっても月に数度、乗るかどうかの妻だ。事故のショックもあるだろう。ハンドルを握るか、もう止めるか。迷うのも無理はない。もう少し様子を見よう。仕事を2日間休み、打撲の痛みで辛い思いをしてもひと言の苦情も言わず、ただひたすら我慢し、むしろこちらの身体を気遣う妻のいじらしさが哀れで、申し訳ない。

 今度の事故を通じて再び感謝したのは妻の実家の人たちの温かさである。事故を知って実家の兄夫婦が病院に駆けつけ、妻を励まし、自分が駆けつけるまでじっと側にいてくれた。事故処理を終え、病院に駆けつけると緊張が取れたせいか自分も背中と左脇腹が痛みだした。兄嫁は「マサオさん。お願いだからあなたも先生に診てもらって。今は何でもなくても後から急に具合が悪くなっても困るから」としきりに診察を勧めた。医師の診察を受けた結果、やはり自分も打撲で背中と左脇腹が痛むのだと言われた。

 妻には湿布薬と痛み止めの薬、自分は湿布薬だけをもらって帰宅することにした。実家の兄夫婦も自分たちを心配して一緒にわが家へと来てくれた。そして「母さんにも来てもらって当分の間、世話してもらうことにするから」と80歳になる母を呼んだ。実家の母は孫の車に乗せられてわが家に入ると「マサオさん。大変だったナ。でも大きなケガをしないで良かった。和子。なんただ。痛いか」といたわった。その晩から実家の母は自分たち夫婦のために食事の準備から、身体の痛みを訴える妻の世話をした。

 一夜明けると保険会社から事故処理の電話、そして自分も妻も職場に電話して休んでいる間の仕事の打ち合わせなど雑用が次々と入った。同時に精神的なショックが尾を引き、身体が動かなくなった。結局、半日眠った。その間、事故を知った近所の人たちが見舞いに来てくれたが、自分は起きることが出来ず、痛みを我慢しながら妻と実家の母がそうした見舞い客の応対をした。午後からはどうしても欠かせない取材があったため出かけた。

 事故から2日目。再び病院に行って整形外科で診察を受けた。妻はレントゲン検査の結果でも骨に異常はないと診断され、脳外科での精密検査でも問題ないとの診察を受けた。自分の方も診察結果は単なる打撲で済んだ。病院にも母は同行してくれた。お昼は3人一緒に病院の食堂で食べた。娘を心配し、いたらぬ娘婿を心配してくれる実家の母の優しい目が嬉しかった。

 昼食後、二人を自宅に送ってこちらは再び仕事にかかった。夕方、帰宅すると妻がニコニコしながら「あなた。実家からさっきソウちゃんにアヤノちゃんが見舞いに来てくれたの」と報告した。実家の兄夫婦のお孫さんである。男の子は今年から保育園へ、下の女の子はまだヨチヨチ歩きである。その二人の子どもを車に乗せて実家の兄嫁とその娘さんが見舞いに来てくれたのだ。よほど嬉しかったのだろう。妻は本当にニコニコしながらの報告だった。

 一瞬の事故は妻の車を台無しにしたが、自分にはとても温かい人たちがいるんだと心が和んだ。事故のおかげで妻の実家の人たちの心の温かさを再認識した。実家の母は夕べも妻と二人で台所に立って「マサオさん。いま料理できるからな」と美味しそうな味噌汁を煮て、料理を作った。感謝している。