こちら編集室「選挙取材」(7月2日)

 夕方、小犬のパピーを連れて横手川堤防を歩くと相変わらずカッコウの鳴き声が遠く、近くからと響いている。「カッコー、カッコー」とリズム感タップリにアカシアの木々やスギの木の森から聞こえて来るその鳴き声は心を和ませる。ただ時々「カカッココッ」と何かに脅かされたような声もあり、ドキリとさせられる。いずれ堤防を歩く者にとってカッコウの声、そして河川敷の葦(よし)原から聞こえて来る「ギョギョシ、ギョギョシ」とオオヨシキリたちの合唱は自然の奏でる音楽のようで心いやされる。

 このところ選挙戦の取材が続いた。参院選に立候補した3人の候補者の仙北郡での戦いをレポートしようとその日程を見ながら、西木村から角館町、南外村から大曲市、そして西仙北町、神岡町を東奔西走した。合間には任期満了に伴う町長選のための事前、取材もあった。

 実は国政選挙の候補者の戦い振りを追って取材する企画ほど怖いものはない。というのもこちらはたった一人で取り組んでいるものであり、取材の企画を立てて候補者を追い始めても果たして全候補者を無事、選挙運動期間中に追って取材できるかというリスクを常に抱えている。3人の候補者のうち一人でも先日のように自分のミスから事故を起こしたり、急病などのアクシデントに巻き込まれて、取材できなくなったとあれば片手落ちとなってしまい、〃公平〃な報道ではなくなってしまう。

 だから候補者を追う記事の取材に立ち上がるまでは「果たしてやれるか」と不安にそそられ、悩む。それでも選挙の記事は書いてみたい。候補者の戦いを追ってみたいという野心に追い立てられ、今回も各候補者を追った。幸い3人とも仙北郡に入って来る日程は重なることがなかったので助かった。

 25日は民主党、社民党、そして連合秋田の無所属統一候補として立候補した元アナウンサーの鈴木陽悦氏(55)を追い、28日は共産党の今川和信候補(39)を追った。そして29日は自民党現職の斉藤滋宣氏(51)の取材となった。

 選挙カーを追っての取材は気疲れする。家々の前で出迎えた有権者は、取材のため後を追っているこちらをもその候補者の運動員だと思って笑顔で手を振る。このため選挙カーとはある程度の距離を置くが、それでも出迎えた人たちは後続の運動員が乗った車だと思ってしまうのだろう。せっかくの愛想笑いや手を振ってくれたのを無視したら、先を行く候補者の印象を悪くしてしまう。だからさりげなくこちらも頭を下げ、票が逃げないよう協力する。

 それでも先導車と選挙カー、それに随行車を合わせて3台か4台ならまだいいが、現職ともなると6台から8台もの応援の車が後を追うため、国道などを横断する時は信号が青から赤に変わってしまい、選挙カーを見失うこともしばしばだ。結局、選挙事務所に電話して次の街頭演説場所を聞き出して、そこでしばらく待つしかない。今回の参院選での取材でもやはり途中で見失ってしまい1時間以上も時間をロスしてしまった。

 インターネット新聞では取材したのはその日のうちに掲載するのを鉄則としている。だから選挙カーを追うのもせいぜい3時ごろまでで、帰ってから直ぐにパソコンの電源を入れ原稿を書いている。選挙の記事は例え1行でも行数が違うと「この新聞は○○候補をひいきにしている」と中傷されかねない。文字数が多少多かったり、少なかったりするのは仕方ないが、行数だけは公平に合わせなければいけない。

 このため今回は最初の鈴木候補の場合、1行40文字で39行まで書いたのを基本にまとめた。続く今川、斉藤の両候補も文字数にして若干の違いはあったが、行数だけは39行ときちんと揃えた。こうしてとにかく3人の候補者を全員、無事に掲載することができた。誰も褒めてもねぎらってもくれないが終わった時の達成感にホッとし、29日夜は憂いなく眠れた。

 とにかく参院選は無事、3人の候補者の仙北郡での運動をレポートすることが出来た。29日夕、小犬のパピーを連れて横手川の堤防を歩き、空を見上げたら上空には白い半月が浮かんでいた。遠くの東山はインクを水で薄めたような薄いブルーで霞み、水彩画のようだった。事故以来、自分たち夫婦の世話をするため来てくれていた妻の母は2週間滞在し、29日朝、自宅に帰った。妻は実家にお礼をしたいと角間川町の菓子屋さんに特製のケーキを注文し、おみやげとした。「まだ1歳の女の子と保育園に行っている男の子、そして30代の夫婦、それに50代の夫婦と80歳の母という家族に合わせたケーキを作って」とかなり複雑な注文をしてしまったと妻は笑っていた。

 どんなケーキができ上がったのかは分からないが、29日朝、妻の母を車に乗せ送り届けた。朝夕の食事の準備のためいそいそと台所に立ち続けた妻の母。80歳になっても娘を思う親心のありがたさを今回の事故でつくづく実感した。心温まる2週間だった。最後の朝、「母さん。本当になんぎかけてしまって」とお礼を言ったら「なんもだ。マサオさんも大したことがなくて良かった」とねぎらった。ありがたい母である。