こちら編集室「折れたトマト」(7月30日)

  横手川堤防の草刈りが行われたのは今月上旬だったが、雑草とは強いものでもうイタドリやスイバ、それに赤と白のツメクサなどは復活し始めている。ハルジオン、ヒメジョオンなど菊に似た草も復活し、再び伸び始めている。「踏まれても踏まれてもジッと耐え、生きていく雑草のように強くなりなさい」とは学校の先生から教えられたような気がするが、雑草を観て思ったのは「強い」ということは「嫌われる」という一面もあることだ。昔、大相撲でその余りにも強さで人気横綱となった人も最後はその強さで憎まれっ子になり、嫌われもした。真夏の太陽に照らされてもへばることなく、背丈を伸ばし始めた堤防の雑草の強さに感心しながら、小犬のパピーとの夕方の散歩を楽しんでいる。

  この春、ミニトマトの苗を一本、買った。鉢に移植し玄関前の通路に置いて毎夕、水をやってはその成長を見守った。もうその苗は自分の背丈よりも伸びて、黄色い小さな花を咲かせ、小指の頭ほどの実を鈴なりに実らせた。小指ほどの実は成長し、親指ほどの丸い玉となった。

  しかし、いつまで経っても赤くなれない。モミジの下になっているため、日当たりの悪さが熟せない原因になっているのではないかと妻と話し合った。「そうねー」と妻も青いミニトマトを見つめ、移動すべきかどうか2日ばかり考えていたが、サクランボの実よりも一回り大きくなったトマト6個が日曜日の朝、真っ赤になっていた。

  朝6時。太陽はもうギラギラと照りつけ、モミジの枝の間からその光りがシャワーのようにミニトマトにもさんさんと降りそそいでいた。青かったトマトが、その朝の光りを受けて真っ赤になっていたのだ。「トマトが赤くなったよ。真っ赤だよ」。二人で手を取り合って喜んだ。

  「食べてみようか」。「ウン」。意気投合し6個のトマトを収穫した。指で軽く圧してみるとぷりんぷりんとした弾みがあった。パピーの散歩を終え、家に入ったら食パンと牛乳、それに冷たい麦茶と真っ赤なミニトマトが3個ずつ、皿に分けられてテーブルにあった。

  「初物よ。しかもわが家で採れたトマト」。妻は自慢そうな顔だった。頬張ったら口中に甘酸っぱい味が広がった。「ウーン。うまい!」とひと言、大きく叫んだ。「ホントウ!。じゃあ、私も」と妻も頬張ると「ああ。美味しい」と大きくうなずいた。自慢じゃないが、スーパーで買い求めたミニトマトよりもずーっと、ずーっとうまいと思った。

  写真は六郷町の黒森山で写すトマト。小学校時代、夏休みに入ると午後からの日課は雄物川での水泳ぎだった。3つ上の兄と連れ立って雄物川へと向かい2時間ばかり夢中で泳ぎ、水の中で過ごした。まだプールのない時代で、水泳といえば川だった。川だから深みにはまると背が届かない所もいっぱいあった。その深みに岸辺で見つけた青い石とか赤い石など特色のある小石を投げて、競い合って潜り、拾ってくるのが冒険であり、楽しみであった。深みと言っても潜るとすぐ底が見える程度だった。

  石拾いにあきると幅50メートルほどの川を横切って泳ぎきる冒険もあった。大きくなった兄たちは「マア。お前は危ないから絶対、着いてくるなよ」と言い残して同級生たちと川を泳いで向こう岸へと渡った。岸辺なら膝から胸までの深さだったが、中央付近になると潜っても底が見えないほどの深さで、時には流れが渦となり、水も淀んでいた。岸辺とは違って水圧そのものが違った。

  兄たちは同級生と連れ立ってその深い川を横切ってはるか向こうの岸辺へと渡った。自分たちが泳いでいる岸辺は底が遠浅の砂利だったが、川向こうは砂地で岸辺もザックリと切り落とされたようにそそり立っていた。「マサオ。絶対、来ちゃだめだよ」。岸辺に上がった兄が脅すような怒っているような声で叫んだ。その声がやっと届くくらいの距離だった。川の底に潜って石拾いをしていた自分は、その兄たちを追って泳いだが、途中で真っ直ぐになって両手を挙げ、身体を水の中に沈ませ深みを足で探ろうとしたらいくら潜っても届かないのに気がついた。

  急に怖くなって「ああッ。ウワー」と悲鳴を挙げながら無茶苦茶になって水を両手で叩いた。泳いだつもりだったが、無我夢中で水を両手で叩いているだけだった。溺れるかもしれないと頭が真っ白になった。水が初めて怖いと思った。手足をバシャバシャさせ、悲鳴を挙げながら流されたら、下流で大人の方が立ったまま両手で受け止めてくれた。「大丈夫だ。落ち着け。足を伸ばせ。足が届くから安心しろ」と手をつかんで叫んだ。「ああッ。ウー」と叫びながらその人にすがり付くようにして足を伸ばしたら足裏が川底を捉えた。

  川とは不思議なもので自分ではとんでもないほど流されたと思ったが、流されたのはほんの少しだけだった。兄たちが夢中になって追ってきた。「マーッ。大丈夫か」。いたわるような声が嬉しかった。

  その帰り、兄が「マー。今日はかき氷おごるよ」と帰り道にあった小さな食堂に連れて行ってくれた。小豆ミルク氷、ミルク氷、イチゴ氷などがあった。小豆ミルクは高くて手が出せず、一杯30円だったか50円だったかのイチゴ氷を二人で注文して食べた。そして家に入り、川で洗った水泳パンツを裏の物干しに干したら、畑にはトマトが真っ赤に熟して成っていた。兄と二人で大きなトマトを1個ずつ取ってガブリとかじった。甘酸っぱい甘みが口中に広がった。

  兄は「マア。今日の川のことはオヤジにもオフクロにも喋るなよ」と口止めを求めた。イチゴ氷をご馳走になった手前もあり「ウン」とうなずいた。夏の陽射しを受けながら裏の畑で頬張った真っ赤なトマトの味は今でも忘れられない。

  それにしてもわが家のミニトマトは26日の突風と雨で倒され、幹がザックリと折れてしまった。収穫を楽しみにしていた妻はかわいそうに泣き出しそうな顔で「もうこんな風に背丈の伸びるのは育てない」と残念がった。玄関前に置いたトマトは半分の背丈となってしまい、赤くなったトマトも数個残っただけだ。夏の陽射しが明るくても折れたトマトを見ると悲しい。