こちら編集室「ある作家の死」(8月6日)

  パピヨンこと小犬のパピーはもう5歳になった。やんちゃで明るい性格のこの小犬は自分たち夫婦のマスコットであり、二人きりの寂しい生活に刺激と変化を与える潤滑油である。同時に二人の生活の会話の提供者であり、愛の対象者であり、心配のタネでもある。そして長年、飼っていた柴犬のアキが今年1月に亡くなった時は、悲しむ自分たちの心の支えにもなった。
                                
  もう5歳にもなったパピーはわが家の一週間の生活の流れのパターンが身についているようで、月曜日から金曜日の5日間は朝の散歩を終え、食事を済ませ、着替えの準備を始めるといそいそと自分のケージに入って留守番モードの姿となる。ケージの中に置いてある「かまくら」の形をしたハウスが自分のベッドであり、ケージの中の小さな空間が自分の城であり、居場所だと思っているようだ。
                    
  家に来たばっかりのころは出勤の時間が近づいて、パピーをハウスに入れようとすると逃げ出し、「パピー。ハウス!。ハウスに入りなさい!」と妻共々、大声で叫んでは追っかけ、振り回されたものだった。それが今では自ら進んでケージに入ろうとするからエライ。たまには入ることを嫌がって逃げ回ることもあるが、ほとんど毎朝、自ら進んでケージの中に入る。                                 
  一方で土日に自分が出かける時は「仕事で出かけるんだ」と分かっているようで、これも黙って見送る。そして妻が言うには「私が声をかけて遊んでやらない限り、あなたが戻るのをドアの前に座って黙って待ってるのよ。その意地らしさってもう言葉にならない」と感動させる。
                                 
  実際、車庫に車を入れて玄関を開けるとパピーは居間のドアの所で両足で立って「ワンワン、ワンワン」と叫んで「お帰り」の動作を示す。「オー。パピーか。今、帰ったよ。ありがとう。嬉しいか。嬉しいか」と声をかけるとしっぽを左右に大きく振って全身で喜ぶ。小さな体を抱き上げ、小犬がくれる愛情をこちらも身体全体で受け止めなければ気が済まない。                                   
  朝の散歩で撮った田んぼところが、土日に妻も一緒に出かける準備を始めると、自分も連れて行ってもらわなければならないと興奮し始める。鏡台の前に座って妻が化粧を始めると、パピーは夫婦で出かけるんだと察するようだ。
                           
  「ワンワン」と叫んでは居間を夢中で走り、寝室に置いてある鏡台の前で化粧する妻の背に向かって呼びかける。「僕も連れて行くんだよね」と催促しているのだろう。流し目を使って妻の様子を見、大きな瞳をクリクリと輝かしては「ワンワン」吠える。そして台所と居間を仕切っているカウンターの前に座って見上げては「ひもがこの上にあるよ」とこちらに訴える。リードの置いてある場所をわざわざ自分の目で知らせ、それを首に掛けてと訴えるのだ。
                                
  その仕草が言葉にならないほど可愛い。土日に小犬のパピーを車に乗せて遊びに行くとしても場所は限られている。それはパピーのお医者さんであり、妻の実家であり、横手市や大曲市のスーパーだ。どちらにしてもパピーにとって余り面白そうな場所ではないが、小犬のパピーはただ自分たちのそばに居られるだけで満足なのだろう。スーパーの場合、犬を連れて中には入れないため、車の中で過ごしてもらうしかない。
         
  だから買い物でパピーを連れていく時は車の駐車場に苦労する。窓を締め切った車内は春でも天気がいいと30度ぐらいの高温になるだろう。何とか日蔭を探し、しかも車の窓も少しだけ隙間を作って風が入るように気遣う。しかし、夏を迎えた今はこの暑さだ。土日、買い物があって出かける準備を始めたら、パピーも必死で「僕も行きたい」と騒いだが、殺人的な熱さとなる車内に閉じ込めておくわけにはいかず家で過ごさせている。
  
  その時もパピーは自分たちの会話に耳を傾け、必死になってその意味を読み取ろうとする。妻がひと言でも「今日はパピーは連れて行けない。この暑さだもの。パピーも参ってしまう」と言っただけでパピーは「何だ連れて行ってくれないの?」と判断する。そうなると「パピー。ハウス。ハウスに入りなさい」と叫んでもテーブルの下に隠れ、出て来ない。捕まえようとするとサッと逃げる。「パピー。ハウス。パピー。ハウス」と妻と追いかけ、声を嗄らすまで叫ばなければならない。
                   
  先月(7月16日)、作家でドイツ文学者の中野孝次さんが亡くなった。中野さんといえば愛犬を失った悲しみを書いた「ハラスのいた日々」の著作でも知られている。わが家でもその本を買い求め、読ませてもらった。中野さんもハラスと名付けた柴犬を飼っていた。そのハラスと過ごした日々をつづり、失った悲しみを書いたもので、わが家でも柴犬のアキが健在だったころだけに中野さんの愛犬の死は人ごとでは無かった。
      
  「ハラスのいた日々」では厳冬の雪山で失踪し、中野さんご夫妻が必死になって犬を探して歩く姿にとても感動したものだった。中野さんによると「ハラスのいた日々」の出版は余りにも深い喪失感に陥り、悲嘆から抜け出せないでいる姿を見た文藝春秋の編集者が「いっそハラスの思い出を書いて、悲しみから抜ける努力をしてみたら」と勧められたのが切っ掛けだったとか。その本が出版されたのはハラスが亡くなって2年後の1987年というから17年前である。
                           
  その後に出版された中野さんの「犬のいる暮らし」=岩波書店=では「最初の犬ハラスに死なれたあと、その悲しさと辛さを二度と味わいたくなかったので、もう犬は飼うまいと決心した。ハラスが死んだのが1985年で、わたしはちょうど60歳の還暦を迎え、これから飼うとなると犬の寿命まで15年は生きなければならぬとして、それまで生きられるかどうか分からぬのに無責任に犬は飼えないという思いが強かった」と書いている。

  しかし、犬のいない寂しい生活は中野さん夫妻には耐えきれなかったようだ。ハラスが亡くなって5年後、マホ、ハンナと二代目、三代目の柴犬を飼い、そして「犬のいる暮らし」を1999年に出している。その中野さんが亡くなった。亡くなったと新聞で報じられたのは近親者だけで葬儀を済ませた6日後の22日だった。79歳の死だった。
   
  作家の加賀乙彦さんが30日の朝日新聞で「古い友人・中野孝次を悼む『論客が持っていた激情』」と題してその死を悲しんでいる。中野さんは良寛の言葉に触発されて冠婚葬祭には一切出ることがなかったという。加賀さんも「人の冠婚葬祭には一切出席しないという彼らしく、自分のばあいも友人には知らせずに往(い)ってしまった。(略)がん治療には成功したと聞いていたので、こんなに早く亡くなるとは驚いた。悲しかった」とその死を悼んでいる。
                               
  中野さんの死を知り、中野さんの犬はどうしているのだろうと気になった。きっと奥さまが夫に代わって可愛がっていることだろう。人の死はもちろん悲しいが、愛する動物を失う悲しみも大きいものだ。5歳になったパピーは青年期から老後へと向かい出す。