こちら編集室「病葉(わくらば)」(8月13日)

  今年の夏はなぜかまだヒグラシの声を聞いてない。いつもなら夕方、近くの川港公園を歩くとヒグラシが〃カナカナカナ〃と悲しくなるほど美しい声で鳴いていたのに今年はまだ耳に届かない。代わってアブラゼミだろうか。静かな公園に〃ミーミーン〃としみ入るような鳴き声が響いている。セミの声を聞いてこそ夏だと思うが、ヒグラシの美しい声が響かない夏は寂しい。

  公園を歩くと暑さと虫に侵されたのか、アキニレやケヤキ、サクラの木々に赤や黄白色に染まった病葉(わくらば)が目立つようになった。目を足元に落とすと、既に命を失った病葉が風の戯れ相手となってはかなく流されていた。一方で病に侵されながらも懸命に枝に張りついている葉もある。そうした病葉を観ていると燃え尽きる生命の悲しさに「もう頑張らなくてもいいんだよ」と声さえかけたくなる。大地を宿とし、楽な姿勢で眠り、土に返ってほしいと思う。

  昔─。「川は流れる」という歌があった。仲宗根美樹さんの歌だった。黒い大きな瞳が輝き、美しい人だったと思う。ちょっと思い出せないが中学生だったろうか、それとも高校時代だったろうか。テレビで彼女がこの「川は流れる」を歌い出すと夢中になって見つめ、聴いたものだった。ハスキーな声。夢みるような瞳。はかなげで、淋しげな笑顔が良かった。そして何よりも歌詞がとても好きだった。

  今、調べてみたら横井弘作詞とあった。

  病葉を  今日も浮かべて
  街の谷  川は流れる
  ささやかな  望み破れて
  哀しみに  染まる瞳に
  黄昏の  水のまぶしさ

 改めてこの歌詞を読み返してみても名作だと思う。病葉も、街の谷も、そして「ささやかな望み破れて」も「哀しみに染まる瞳に」も本当に心に染みるいい言葉だ。あの当時、歌を聴きながら病葉を浮かべて流れる都会の川の風景を想像し、哀しみに染まる瞳を胸に描いて自分ながらも、ほのかな恋に心傷めたものだった。そして2番の「ある人は  心つめたく  ある人は  好きで別れて  吹き抜ける風に泣いてる」の詞がとても好きだった。

  歌の最後、3番は「ともし灯も  薄い谷間を  人の世の  塵にまみれて  なお生きる  水をみつめて  嘆くまい  明日は明るく」で終わった。「嘆くまい。明日は明るく」。この詞は教訓とすべきだと胸に刻んだ。恋に憧れた自分の少年時代だった。

  思い出すのは大曲工業高校に入学してまだ一年目の夏のことだ。入学した高校は創立2年目で校舎さえなかった。このため仙北町の小学校を借りての授業だった。だから自転車での通学は大曲市ではなく、古四王神社を経て六郷町方向へと向かった。

  その通学路はまだ砂利道で、家もポツン、ポツンとある程度だった。しかし、朝夕の楽しみがあった。それは六郷町方向から走ってくる大曲高校の女子生徒とすれ違うスリルだった。
すれ違うと言っても相手の顔をまともに見れるような勇気もなく、近づいてくると目を逸らすか下を向いてしまうしかなかった。それでも憧れの大曲高校の女子生徒とすれ違うのはスリルであり、ほのかな情熱が燃えた。

  一緒に通う工業高生の間でいつも話題になる人がいた。それは長いお下げ髪の女の子だった。黒い瞳、黒い髪。遠くから見てもお人形さんのように顔が白く、美しい人だった。いつも背筋をピーンと伸ばして自転車のペダルを踏み、六郷町方面から走ってきた。

  工業高校に向かう仲間たちはその女子生徒と朝にすれ違うことを楽しみにしていた。学校に着いて教室に入ると「オイ。見たか。あのお下げ髪を」とその女子生徒とすれ違った幸運を話題にした。「ウン。おれも会った。スッごいシャン(美人)だった」と負けずに自慢した。男子だけの学校。しかも、田んぼしかない通学路だっただけにただそれだけの刺激でも胸踊らせた。

  青々とした苗がそろそろ稲穂を実らせる初夏のころだった。夏休みも近づいていた。暑い陽射しを受けていつもの田んぼ道を走りながら自宅に向かっていたら、向こうから自転車を押して来る女子高生がいた。近づいたら自分たち工業高生憧れのマドンナである長いお下げ髪の女の人だった。

  ドキリとした。しかし、なぜ自転車を押して歩いているんだろうと不思議に思った。心をドキドキさせながらすれ違ったら、その人の自転車のチェーンが外れていた。そのため汗をぬぐいながら歩いているのだった。それを見た瞬間、「どうしよう。どうしたらいいんだろう」と迷った。自分だったら直せる。チェーンが外れた程度なら直してあげられると思った。だが、自転車を止める勇気はなかった。知らんふりして通り過ぎた。

  通り過ぎてから鉛を飲み込んだように心が重くなった。鞭で激しく打たれたように心が傷んだ。このままでは後悔すると思った。自転車を止めて振り返ったら長いお下げ髪のその人の後ろ姿がとても弱々しげだった。

  夢中で引き返し、その人の前に立った。「あの、あの。その自転車、おれ直せる。おれに貸して」と言った。そう言ったつもりだった。一瞬、不思議そうな顔をしたその人は、それから黒い大きな瞳でにらむような怖い顔となった。当然だったろう。田舎道で滅多に人は通らない。しかも見知らぬ他校の生徒から突然、声を掛けられたから。

  このままでは誤解されかねないと相手から自転車を奪うように受け取り、外れたチェーンを歯車に掛ける作業をした。簡単に直った。「ホラ。もう乗れるよ」とぶっきらぼうな口調で自転車を渡した。

  呆気に取られたように立ち止まっていたその人は安心したのか、美しい笑顔を見せた。胸のバッジを見たら「3年」とあった。「ありがとう。でもあなたの手が油で真っ黒よ」といたわるようなソプラノが耳に届いた。「手なんて。こんなの」と言い残して自転車に乗った。油で汚れた手はぎすぎすした。しばらく走ってから水路で手を洗った。しかし、油汚れは水で洗っても落ちなかった。だが、油で汚れた手は幸せに満ちていた。

  それから夏休みに入り、長いお下げ髪の女の人は思い出だけの人となった。そして秋を迎えた。またすれ違える日を楽しみに学校に通ったが、中々、出合う日はなかった。秋も深まり、コスモスが青い空に似合う日の午後、やっと出合えた。その人は親しげな笑顔で手を振っただけだった。それから冬を迎え、高校への通学はバスとなった。その後、長いお下げ髪の女の人とは会ったことがない。春と同時にその人は高校を卒業したろうし、こちらはやっと2年生へと進学した。

  あのころ「川は流れる」という歌を歌っていただろうか。思い出せない。ただ仲宗根美樹さんの美しさだけが思い出に残っている。そして長いお下げ髪の女の人の美しさもおぼろげに残っている。青春のはかない憧れだった。公園の木々の病葉を観ていたら遠い昔の思い出がよみがえった。