こちら編集室「草むらの音楽団」(9月3日)

  大曲の花火も終わった。そしてカレンダーは9月となった。秋の始まりである。虫たちは季節に本当に敏感なようだ。夕方、小犬のパピーを連れて近くの川港公園を歩くと草むらから「リー、リー、リー」と静かな鳴き声が聞こえる。「コロコロコロー」と透き通った声も聞こえる。草むらの音楽団が〃秋の歌〃さえずる季節となったようだ。

  花火大会では小犬のパピーに気の毒なことをさせてしまった。当日は妻の実家に泊まったため、28日朝の9時ごろから翌日の昼ごろまで一昼夜半も留守をさせてしまった。いつもの狭いケージでは歩きたくても歩けないだろうと台所にパピーのハウスを移動し、入口を柵で閉ざして、そこで留守をさせた。いつもなら午後5時過ぎになると帰るのに真っ暗になっても帰らぬ自分たち飼い主をパピーはどんな気持ちで待っていたろう。

  黙ってハウスの中で眠りながら待っていただろうか。それとも台所の中をウロウロしながら待っていたろうか。寂しさに泣かなかっただろうか。夜の孤独感に恐れおののき、泣きはしなかっただろうか。いろんな思いが交錯する。

  妻の実家に行く前にパピーの扱いをどうすべきかをいろいろと話し合い、考えたが妻の実家には幼い子どもたちもいる。噛まないとは思うが、もしものことがあれば大変なことになる。それにパピーも生まれて間もないころならともかく、携帯用の狭いボックスの中で過ごしたら、ワンワン吠えて実家の人たちにも迷惑をかけるかもしれない。そんなことも考え、パピーは一晩、家で留守させることにした。

  写真は大曲市内小友の総合運動公園で写す翌朝、目覚めと同時に帰ればいい。そう思ったが、花火大会当日は会場でカメラマン席を探すため桟敷席から本部へ、さらに本部から堤防へと3度も往復し、疲れきってしまった。しかも帰りは大変な混雑に巻き込まれ、抜け出すまで妻も実家の母もクタクタになるほど人ごみに押され、流されてしまった。

  普段なら歩いて40分ほどのコースが実家に帰るまで1時間半もかかった。このため妻の実家に入ると声さえ出せない疲労状態だった。それでも飲み助は嫌らしいもので、実家の姉さんの人柄の優しさに甘えてビールを頼み、お酒まで飲んで12時ごろまで一人で宴会をやってしまった。

  朝一番、目覚めたらパピーの待っているわが家に帰ろう。そんな決心も吹っ飛んで、翌日は9時ごろまで眠ってしまった。午前10時からは大曲エンパイヤホテルで花火大会の表彰式が行われる。もう家に帰る時間もなく、朝食を済ませるとそのままホテルへと取材に走った。頭の中にはもうパピーの存在はなく、すっかり忘れていた。取材を終え、実家で待っている妻を迎えにいったら昼になっていた。

  妻を迎えに行ったものの、優勝して内閣総理大臣賞を受賞した野村花火工業(茨城県)の花火師・中村忍さん(31)のインタビューを取ることを忘れたため、再びホテルへとUターンした。そして中村さんの取材を終え、そのままホテルで昼食を取ろうとしたら妻は「家に帰ろう。パピーが待ってるし、こんなに長い時間留守にしたらパピーも人間不信になってしまうよ」と言う。本当にそうだと思った。すっかりパピーのことを忘れていたのだ。

  「そうだ。パピーがいた。待っているだろう。すぐ帰ろう」とそのまま家に帰った。妻は「パピー。今、帰ったよ。パピー。ごめんね」と台所にいたパピーを抱き上げた。パピーはワンワンと嬉しそうに吠え、妻の腕に抱かれた。妻の顔をなめると今度はこちらをジーと見つめた。その目は恨んでいるわけではないが、「何だよ。こんなに待たせて。ひどいよ!」と訴えていた。そのパピーを妻から受け取って「パピー。ごめんよ。本当にいっぱい待たせてしまって」と頬ずりをしたら安心したのか嬉しそうにこちらの顔をなめた。それでパピーのご機嫌は直った。

  台所に置いたトイレにもおしっこをやった気配はあったが、留守中、きっと我慢していたことだろう。散歩に連れ出すとホッとしたように足を上げ、電柱を濡らした。そして歩き出すとまた立っているモノを見つけては印を付けた。

  小犬のパピヨンこと「パピー」はわが家でいろんな呼び方をされる。普段はもちろんパピーだが、妻はそのパピーが籐椅子や台所におしっこをひっかけると「パピ雄」と呼ぶ。「パピ雄。何てことをしてくれるたの。どうしてこんな所におしっこをするの」と声を太くして叱る。自分は「パピ助。パピ五郎。パピ僧。チビ助。チビパピ」だ。

  散歩の途中、「パピ助。パピ五郎。これパピ僧」などと呼ぶとパピーは自分のことではないだろうと知らんぷりして前に進む。お尻を振り振り前に進む。「パピ助。これパピ五郎」と呼んでも知らんぷりだ。大人げなく「こら!。チビパピ!」と声を大にするとポカーンと後ろを振り向く。蝶のような耳、まん丸い目が可愛い。

  日曜日。やっと帰ってきた自分たちにホッとしたのか、パピーは川港親水公園を一回りして帰宅すると遅い朝食をカリカリと食べ、台所でソーメンを煮る妻の足元でまとわりついていた。こちらはパソコンに向かって花火大会の記事を書くことにした。

  既に日刊紙はその日の朝刊に花火の記事が載っている。こちらも夕べのうちに書くべきだったが、その気力はとてもなかった。遅くはなったが、ケンニチらしい個性で花火の記事をまとめようとパソコンに向かった。遅くはなってもこちらには新しい材料がある。それは入賞者名簿だ。記事に昼花火の部、夜花火の部の割物、創造花火の優勝、準優勝、それに入賞者を入れることで、新しいものになる。そう思って花火大会の記事の仕上げを急いだ。

  夕方、再びパピーを連れ出して川港親水公園へと歩いた。草むらからリー、リー、リーと透き通るような秋の虫の鳴き声がした。遠くからはカエルのゲロゲロとした鳴き声も聞こえてきた。秋。草むらの中に生息する小さな音楽家たちの合奏が始まった。これから季節は冬に向かって寒くなるだけだが、少しでも秋の歌を楽しもう。そう思って草むらから聞こえる虫たちの演奏に耳を傾けた。