3連休は500歳野球や青少年健全育成集会、そして大曲市の仙北組合総合病院の病院祭取材もあって、完全な休みとはならなかった。取材に出かけては自宅でパソコンに向かい、ニュースを更新した。それでも普段とは違ってどこかのんびりと過ごせた。連休3日目はスーパーに出かけ、買い物をしているうちに「来年はチューリップで春を迎えたい」との妻の提案でチューリップの球根を6個、買い求めた。以前にも裏庭にチューリップの花は咲いていたが、モグラにいたずらされたのかいつの間に咲けなくなった。
今度はプランターで植えたいと妻は言う。店員に相談したら「この位の大きさなら大丈夫じゃないかしら」と親身になって、数あるプランターの中から大きめのを探し出してくれた。そして球根の植える時期も「今がちょうどいいですよ」と勧めた。こうした客の立場になって花の知識を教えてくれる店員と会うのは気分がいい。
春から何度も書いたが、今年は本当にわが家の花が良く咲いた。スイセン、しだれ桜、花もも、ユキヤナギ、ナナカマド、そして忘れな草、ミヤコワスレと花たちが次々と自分の季節を見つけてはカラフルに咲いて、楽しませてくれた。梅雨にはアジサイが雨に濡れてシットリと咲き、夏にはアサガオ、ヒマワリが暑い太陽の陽射しを受けて笑うように咲いた。クチナシの白い花も春から夏にかけて楽しませてくれた。秋になった今もアメリカンブルーやピンク色のゼラニウム、キンギョソウが目を楽しませ、マリーゴールド、ペチュニア、サフィニアが優しく頑張っている。
白とピンクのペチュニア、サフィニアのプランターは勝手口に置いている。その花の手入れをしている妻を手伝っていたら、勝手口の門扉にカマキリが止まっていた。背中が土色をした細長い箸のような姿で止まっていた。逆三角形の小さな顔は幾何学的で、どこかユーモアもあるが、まさに奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)そのものだった。しかし、これも秋の虫の一つだ。そう思うとどこか可愛い。
子どものころだったら喜んで捕まえたろうが、今は可愛いと思っても怖くて触れない。かぶと虫もクワガタも子どものころは大好きな昆虫だった。この昆虫を求めて、横手川の橋を超え、大久保という集落にあった雑木林に夏は足を運んだ。川沿いにかぶと虫が好むクヌギやコナラの木の群生があって、3つ上の兄とその仲間たちとかぶと虫の採集に良く行ったものだった。
雑木林をかき分けて木に止まっているかぶと虫を夢中になって探したものだったが、取れてもせいぜい1匹か2匹だった。だからかぶと虫もクワガタも小学生の自分には貴重な昆虫だった。捕まえた日は虫かごに入れ、大喜びで帰宅し、母からキュウリやスイカの切れ端をもらって育てたものだった。そしてかぶと虫同士のケンカを眺めては声援を送ったものだった。
かぶと虫の季節が終わるとコオロギ、バッタ、キリギリス、トンボが遊び相手だった。カマキリも怖くはなかった。どんな虫も手のひらに乗せ、感触を楽しめた。コオロギ、バッタ、キリギリスは裏の畑から飛んできては家の中に勝手に入り込んだ。縫い物をしていた母はその都度、「キャッ」と悲鳴を挙げた。その悲鳴を聞いて「ああ。また虫にビックリしてるんだ」を漫画本を投げ出しては喜んで母の元に駆けつけた。
母は縫い物を投げ出して、隅っこで怯えながら「そこにいる。ほらその隅っこに隠れてるから早く捕まえて」と震えた。捕まえると手のひらで糸が動いているようなはかない感触があった。糸のように細い足で必死に抵抗する秋の虫たちだった。手のひらを開いて開放してやると、小さな虫は嬉しそうにジャンプして草むらに消えた。
夜になるとその虫たちがコロコロ、コロコロと鳴いた。リー、リー、リーと鳴いた。虫を怖がった母も鳴き声だけは好きだった。「いい鳴き声だこと」と目を細め、窓をソッと開けては闇の中に沈む裏の畑を見つめた。
さて門扉に止まったカマキリである。良く見ると可愛い面もある。少しイタズラしてみたいと思った。針金のような草を手にしてカマキリにちょっかいをかけた。カマキリは怒ってその斧のような前足を上げて、振りかざした。まさに「蟷螂(とうろう)の斧」の抵抗である。
そばにいた妻に「オーイ。このカマキリ怒ったよ。斧を振りかざして怒ってるよ」と笑いながら声をかけた。〃蟷螂の斧〃。手向かっても戦いにもならない弱いものの無謀な抵抗にも例えられ、一庶民が権力者に向かって戦う虚しさにも例えられる。細い糸のような足を伸ばして踏ん張り、前足を斧のように振りかざしたカマキリを観ていたらどこか哀れだった。
「あなた。止しなさいよ。カマキリの恨みを買って今夜、うなされるよ」と妻は同情した。カマキリは立ち上がって抵抗したものの、剣のような細い草の芯に押され「こりゃあたまらん」とでも思ったのか、スーッと門扉から飛ぶように離れ、直ぐ下の草むらに落ちた。そしてゆっくりとした動作で草を支えに4本の足を器用に使って懸命に移動した。その動きが哀れだった。イタズラするのを止めた。
翌朝、横手川の橋を渡り、大久保の集落を歩き、仙南村から角間川町に入って朝の散歩を終えたら、門扉から落ちたカマキリが気になった。カマキリはどうしているかと勝手口脇の石垣の草むらを覗いたら密かにうごめいていた。カマキリはその小さな生命を保ちながら秋の朝を迎えていた。良かったなと思った。箸のような細い生き物が愛しいものに見えた。
(本紙から=結婚式で上京することになり、27日まで休みます)。