カマのように細く、弓のようにしなった「三日月」が東側の空に輝き、その下には二つの星が縦に列をなしてまばたいていた。月の下の明るい星は明けの明星「金星」だろう。その下の星の名は分からない。天文ファンの方に聞いたらこの季節に見えるのはスピカという星だろうという。
午前5時。「あなた。もう5時よ。起きようよ」。妻の声で目覚め、着替えを済ませ、外へ出るのはそれからほぼ20分後だ。寝室でカサコソと着替えする音を聞きつけたパピヨンこと小犬のパピーは「さあ。散歩の時間だ」とケージの中で「ワンワン」と叫び、こちらをせき立てる。その小犬を抱いて表に出てもまだ夜明け前で、外は真っ暗である。
見上げるとカマのような月が二つの星を従えて東の空に浮かび、皓然(こうぜん)と光り輝いていた。寂寥感さえ伴う孤独な美しさだった。防寒着を着て、身支度をようやく整え表に出てきた妻に「ホラ。月だよ」と指さす。二人で月を見上げ、夜明け前の冷たく張りつめた空気を吸って朝の散歩の一歩を踏み出す。
種苗交換会が大曲市で開かれていた先月末の日曜日、広域交流センターでの「さわやか健康展」で骨密度検査を受けた妻は「要注意」の指摘を受けた。骨粗鬆症で寝たきりの老後にはなりたくないと骨の密度を高めるため2年前から朝の散歩を始め、毎日飲む牛乳もカルシウムの多いのを摂取し、おかずにも随分気をつけていたのだが「要注意」の指摘はよほどのショックだったようだ。「一生懸命、努力したつもりだったのに」とかわいそうなほど肩を落とした。
それから再び朝の散歩に力を入れ始めた。今度はよほどの雨でない限り歩き続ける決心のようだ。そのために防寒用のズボンも買い求め、寒さ対策は万全とした。そして一目散に歩き続けている。月曜日から金曜日のコースは変わらない。藤木小学校からさらに真っ直ぐ東山に向かい、T字路にぶつかってから左折し、アネスト岩田工場手前で元の道へと戻って一周し、自宅へと戻る。約40分、歩数は5200歩前後だ。
天空に浮かんだ下弦の月が、まだ夜明け前の真っ暗な時間帯の道先案内人のように輝いている。しかし、月明かりだけでは心もとないため、懐中電灯で道を照らし、走って来る車に自分たちの姿が目立つようにしている。小犬のパピーはただ一目散に前に向かって歩き、時々、男の子らしい仕草で足を挙げる。
妻は歩きながらも自分の世話をするのが生きがいのようで、「そのマフラーでは襟元から風が入る」とか、「フードをやらないと寒いから」とまるで子ども扱いで自分の着衣を点検する。寒い朝の散歩はそうしたささやかな気遣いだけでも嬉しくなる。もう20年以上も共に暮らした。これと言った会話はなくなっても、以心伝心で空気のように心が伝わる。朝の散歩で初冬の1日は始まり、出勤までの時間はあわただしく過ぎて行く。
今週に入ってパソコンの具合が悪くなり、月曜日はまる一日、その修理で時間がつぶれた。その日未明に大曲市花園町で親子二人が焼死する火災事件があったため、何とか早めにその記事を出したいと思ったが、ソフトの故障でパソコンが思うように動かず、午後遅くの掲載となった。
故障の原因は良く分からないが前日の夜、メールの受信機能がおかしくなったことから始まった。翌朝、火災現場での取材を終え、とにかく具合がおかしくなったパソコンを直してもらおうと買い求めた電気屋さんに駆けつけた。簡単に修復するだろうと思ったのだが、詳しい知識を持ったその店の若い人でさえ原因がつかめず四苦八苦した。
機械だからいつかは故障すると覚悟はしていても、今はパソコンがないと仕事が手につかない。故障と同時に仕事は全面的にストップし、精神面での負担がとても大きい。原稿用紙を相手に記事を書いていた時代では考えられないプレッシャーだ。とにかくワープロ機能だけは使えるので火災の記事だけは仕上げた。
修理を引き受けた若者はあれこれ調べた上で「もう一度やらせて下さい」と駆けつけたが、原因不明の故障に苦悩するばかりだった。画面が青くなったり、黒くなったりする不思議で不可解な世界へ飛び込んで格闘し、苦悩するその姿を見ても、こちらは手助けすらできない。ただ「元に戻ってほしい」と祈るばかりだった。
結局、ウイルスが入って来るのを防ぐソフトを入れ直すことにしたいとその日の夜、再びわが家に来てパソコンを操作。長い時間をかけてどうにか元に戻してくれた。商売とはいえ、その熱心な若者の誠実な仕事ぶりに感謝した。
1996年12月1日から始まった秋田県南日々新聞はこれまで3台、パソコンを更新した。3台目の今の機械も買い求めてはや2年と4カ月。先日、ハードの修理に来た業者は「まだまだ使えます。大丈夫」と太鼓判を押して行った。しかし、パソコンはダウンしてしまった。機械の具合が悪いと胃の調子までおかしくなり、気持ちまで暗く落ち込む。パソコンを使い出してからはまるで機械に使われているような錯覚にさえ陥る。何とかもう少し長持ちしてほしい。結局、月曜日に更新していた表紙の写真は、入れ換えるのを諦め、一週間延ばすことにした。