夜明け前の月は真上にあって、月と星たちが「もう間もなく朝が来るから、僕たちの遊びも終わりだね」と語り合っているようだった。三日月は寂しく笑い、星たちはキラキラと笑った。
大曲市の教育委員会に星を趣味にし、星の本を取っている先生がいる。その方に「このごろ夜明け前の空が本当にきれいで」と話したら、「伊藤さん。冬の星座の代表的なオリオン座を知ってますか」と言われた。オリオン座。名前は聞いたことがあるが、知らなかった。そう答えると「いやー。オリオン座は素晴らしい。これはぜひ、知っておいてもらいたい」とその先生は紙にその星座の姿を描き、「このように南東の方向に大きな四角形があって、その中心部に3つの明るい星が斜めに並んでます。その3つ星を目当てに探して下さい」と言い、「とにかくオリオン座の星と星を線で結ぶとまさにギリシャ神話でいう猟師の姿が浮かびます。右手に石斧を握り、左手に毛皮の盾を持った雄姿は素晴らしいものです。そしてオリオン座の上にぼんやりと見えるのがあのスバルです」と語った。
星の世界のことは良く分からない。いやほとんど分からない。天体望遠鏡で天体観測をした経験もないし、星空の勉強をしたこともない。悲しいが、カシオペア座もサソリ座もオオグマ座もハクチョウ座も知らない。せいぜい分かるのは一番星とか二番星、そして北斗七星ぐらいだ。これだって表現がどこか違っているかもしれない。
幼いころ学校の図書館にあった本で星座を目にしたことがある。数々の星と星とを結んで様々な動物や神さま、さらにはコンパス、琴、水瓶など生活用具を描いたり、想像したりしたギリシャの昔の人たちの豊穣な才能にとても驚いた記憶がある。星と星とを結んでどうしたらこのような絵が生まれるのかと感動したものだった。しかし、その星座を元に空を見上げ、星の物語を学ぶ努力はとうとうしなかった。
だから夜空を見上げてもただ星の美しさには感動するが、その星たちが描く様々なストーリーは思い浮かばないまま人生の後半を迎えた。「夜になると寒いですが、冬の星座は空気が澄んでいるから最高です。ぜひオリオン座を見つけて下さい」。星の好きな先生は少年のように瞳を輝かせた。
その晩、幸いにもとても夜空がきれいだった。いっぱいの星が輝いていた。小犬のパピーを連れて横手川堤防を歩いた。そこなら街灯の明かりも届かず、星の光りがさえぎられる心配もないからだ。真っ暗な道を懐中電灯で照らしながら、夜空の星を見上げながら歩いた。「南東の空。南東の空」と呪文のように唱え、首が疲れるほど空を見上げたままの姿勢で歩いた。見上げながら歩くため、吐いた息でメガネが時々、曇った。その上、足元を確認しないため、つまずいて転倒しそうな危ないこともあった。気がついたら土手の斜面に足を踏み外しそうな時もあった。それほどかなり熱心に星空を見上げた。
だが、北の空も東の空も、西の空も澄んでいるのに、南東の空にはうっすらと雲がかかっていた。そのせいか、とうとうオリオン座の右肩上がりに3つに並んだ星は見つけられなかった。しかし、星空を見上げながら小犬のパピーと歩けたのは嬉しかった。特別、変わったわけではないが、何だか嬉しいのである。
最近になって思うのだが、このごろちょっとした変化でも感動する。目がウルウルし、涙もろくもなった。その日もある意味では特別な日であった。と言うのも8日の水曜日は大腸の検査があって、7日は一日中、検査のための食事療法が必要だった。だから星を見上げながら歩いた6日夜は特別な日だった。酒飲みの悲しさだが、大腸の検査を受けるにはその前日はもちろん、お酒は禁止だと看護婦さんからきつく言われていた。たった1日飲めないだけだが、飲んべえは嫌らしいもので「明日はもう酒も飲めないから、今夜はせめて心置きなく飲もう」と決めていた。
それが6日夜であり、星空となった。人生も50代後半となると大げさだが「これが最後のチャンスであり、最後かもしれない」と時々、悲愴な気持ちを抱く。6日夜だって、まだ明日があるというのに真っ暗な堤防道をパピーを連れて歩きながら「これが最後かもしれない。あの星座はどこだ。オリオン座はどこにいる」と見上げながら歩いた。デコボコした道につまずいて転倒しそうな危ない目にも遭った。半歩間違っていたら堤防斜面から転げ落ちそうな危険な目にも遭った。それでもオリオン座を見たかった。夜空に輝く3つの星の列を見つけたかった。
しかし、歩いても歩いても南東の空にうっすらと広がった雲は晴れず、諦めるしかなかった。だが、帰り道、北の空にも東の空にも西の空にも星たちはキラキラと輝いていた。真上には北斗七星もあった。夜風、冬風は冷たいが、何となく楽しかった。「パピー。帰ろうか」と声をかけた。パピーは耳をそばだて無心になって前に向かって歩いた。その姿勢が良かった。小さいが闇夜を堂々と歩くその姿はまるで新撰組の近藤勇だ。いや土方利三だ。
小さな新撰組の勇士が4つ足となって前を行く。自分の道先案内にとなって夜の闇を歩いている。「パピー。家に帰ったらパピーにもご飯をあげるし、俺も今夜が最後になるかもしれない。ビール、そしてお酒を飲むよ」と台所に立っているはずのカミさんのエプロン姿を目に浮かべ、オリオン座を諦めながら歩いた。どこか寂しいが、星が見えただけでも不思議な気分であり、幸せだった。