こちら編集室「良いお年を」(12月31日)

  直しに出していた着物が出来上がった。10年前に亡くなった妻の父が着ていたものだけに、背丈がいくぶん短かった。だが濃紺の色合いが上品で、細かい線を配した柄も気に入っていた。年の瀬。その着物を着て過ごしている。着物を着て帯を絞め、羽織を羽織ると身体がビリッとして「日本人に生まれて良かった」と思うから不思議である。しかし、着物を着るなら足元も足袋にすべきだろうが、そこまでは凝りたくなくて靴下である。和洋折衷の着物姿だけに着物にうるさい人が見たら「チャランポランな!」と笑うかもしれない。

  とにかく夕方、家に帰って小犬のパピーの散歩を終えたら、着物に着替えている。その着物姿で台所に入って時々、妻の手伝いもするのだが、揚げ物などをやる時は油がはねてこないかとどうにも気疲れする。妻も気になるようで着物を着ての手伝いはしなくてもいいと言う。それでいながら、家に入ると着物に着替えるのを妻は勧める。

  着物を着るととにかくシャキッと身体が引き締まるが、食事の時も気疲れする。食事はイスとテーブルだが、ビールを手酌しながら着物にこぼさないかとか、お摘まみを落として着物を汚さないかと気になる。仕方ないからタオルを膝の上に置いてカバーした。

  着物の直しを引き受け、長襦袢を買い求めた呉服店の方からは「汚れたらいつでも持ってきて下さい」と言ってくれた。今は技術も良くなって、大概の汚れは落とせるし、技術のいい着物専門のクリーニング店に出してくれるという。その親切な言葉に安心した。

  写真は大曲市藤木の「出川(いでかわ)」で。図書館から借りて昨年秋から読み続けていた元国立がんセンター総長・塚本憲甫を語った「ガンと戦った昭和史」をやっと読み終え、今は再び司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読み始めている。自分の読書幅は非常に狭く、一度読んで面白かったとか気に入ったものは何年か間を置いて2度とか3度、繰り返して読み直している。

  がんを放射線治療で治そうとした医師・塚本さんを描いた「ガンと戦った昭和史」も10年ほど前に一度、読んで感動し、心に残っていた。

  日露戦争の始まった年の1904年(明治37年)生まれの塚本さんは東京大学医学部を卒業し、1934年(昭和9年)に誕生した日本最初のがん専門の病院「癌研究会附属病院」の医師として勤務する。放射線でがんを治す医師を目指したのである。当時は放射線をやる医師は学会からも変人扱いされたが、塚本さんはその専門家を目指した。

  そしてがんの放射線治療では世界的な権威者となって、4代目の国立がんセンター総長にもなるが、最後はその長い放射線の被曝による胃がんからの転移性肝がんで69歳の生涯を閉じる。塚本さんから胃がんが発見された時は、国立がんセンターにさえもサンプルがないほどの悪性だったという。

  ラジウムを使っての長年のがん治療の結果が身体を蝕み、がん専門医ががんで亡くなるというまさに〃戦死〃そのものの結末を迎えた。毎日新聞記者で女婿の塚本哲也さんが書いた塚本憲甫さんの物語だったが、その温かい人柄が伝わり、このようなお医者さんの手で診断を受けられた患者さんは幸せだったろうなと感動しながら読み返した。

  幸いにも自分も現在、薬を頂いているお医者さんもまた先日、大腸の診察をしてくれた先生、そして過去に診てもらったことのある先生たちもみな親切で温かい方に恵まれた。

  とにかく自分の身の危険は顧みず、ただひたすら放射線でがんを治すことに専念し、最後はその放射線被曝によるがんで倒れた塚本さんという医師の物語は上下2巻の長い読み物だったが、秋から冬にかけてコツコツと読ませてもらった。

  ただ塚本さんが亡くなったのは1974年(昭和49年)であり、その後の医療技術は急速に伸びたろうし、がんに対する治癒率は今と大分、違っていることと思う。しかし、まだまだがんで亡くなる人は多く、油断は大敵であろう。

  ともかく自分の読書は一度読んで感動したものや面白かったものは何年かするとまた読み返すという繰り返しで、読書の幅はとても狭い。今度、図書館から借りて読み始めた司馬さんの「坂の上の雲」も2度目である。最初に読んだのはもう10年以上も前だからほとんど記憶にない。

  この小説は日露戦争で連合艦隊の作戦参謀として活躍、日本海海戦で「天気晴朗なれども波高し」の電報を打った海軍中将・秋山真之と兄で陸軍大将となった秋山好古、そして真之の友人の正岡子規を主人公にした物語である。

  明日からの正月3日間は着物姿でこの司馬遼太郎の小説を読み、時には朝酒でも飲みながら過ごしたい。朝酒。先だって診察を受けた先生からは「飲み過ぎですよ」と注意された。医師としての厳しい注意だが、なぜか耳に優しく響いた。正月の朝酒はせめてコップいっぱいで我慢しよう。

  大晦日。スマトラ沖の地震と津波での大災害は死者12万人を超えたとの報道もあり、耳と目を疑いたくなるような大惨事だ。自然災害の恐ろしさに身を震わせた。今年は悲しいことばかり続いた。その悲しい中で奈良市の小学生の女の子の誘拐殺人犯が30日、逮捕されたとのニュースが飛び込んだ。36歳の男が犯人だと言う。卑劣で、残酷な事件だった。悲しい事件、悲惨な災害が続いた今年だったが、最後は一つだけホッとするニュースが飛び込んだ。

  読者のみなさま。良いお年を・・・・。