こちら編集室「カゼを背にしながら」(1月14日)

  朝、目覚めると手のひらと胸、そして背中全体にグッショリと汗をかいている。大分、楽にはなったが、まだカゼから抜け出せないでいる。咳もぬけず、夕べも何度も咳の発作に苦しんだ。お腹の筋肉が咳をする度に悲鳴を上げた。眠っても浅い眠りだった。朝が来たようだ。布団の中から手を伸ばし、カーテンを開ける。午前5時10分。外はまだ真っ暗だ。その闇の底に今朝も新雪が厚く張りついている。「夕べはいくら降ったろう」。雪への不安がよぎる。「除雪車が走ったら、こうもしてられない。雪寄せをしなければ」。目覚めても布団の中で考えるのは夕べからの雪のことばかりだ。

  ザーッと引いたカーテンの音に小犬のパピーも目覚め、ケージの中から「アン。アン」と叫び出している。「ネエ。もう朝だよ。起きようよ。起きたんでしょう。散歩に行こうよ」。「ワンワン」ではなく、「アンアン」である。甲高い、甘えを含んだパピーの朝の鳴き声はそう叫んでいるように聞こえる。

  「起きようか」と決意するが、グッショリと汗をかいた自分の身体は自分のものであって、自分のようでない。カゼが抜けず、身体が寒さに怯えているのだ。しかし、眠ってはいられない。今日も仕事だ。

  「よし!。起きよう」。意を決して跳ね起きるが、一瞬にして全体に寒けが走る。「ウーッ。寒い!」。シャツが寝汗でグッショリ濡れているため、一気に寒気を吸い込む。まるでガラスか氷の鎧を羽織ったようで、身震いするほど身体を冷やす。「ウー。寒い。寒い」。悲鳴を挙げながら両手でわが身を抱きしめると妻も驚いて目覚め、「あなた。大丈夫なの。また汗をかいたんでしょう。今、着替えのシャツを出すから」と起き出してタンスの引き出しから新しいシャツを取り出す。

  すっぽりと雪に埋もれた民家居間の温風ヒーターは午前5時と同時に着火し、静かだが熱く燃えている。居間全体を暖めるほどの温度ではないが、冷え込んだ身体をそちらに移動し、シャツを着替え、さらに厚手のポロシャツ、セーターを重ね着するとやっと人心地が付く。

  そのヒーターの隣のケージではパピーが「早く!。早く!」と急かして上下にピョンピョンと飛び上がっている。妻も起き出して着替えを始めた。「パピー。お早う。パピーも目覚めたんだ。お早う。パピー」。

  これがわが家の2人と1匹が暮らしている朝の平和な光景である。だが、その平和な光景も最近は雪寄せという労働も加わった。玄関から車庫前、勝手口の通路。それに90歳を過ぎたお隣の一人暮らしのおばあさん宅の玄関前の雪寄せも、今ではわが家の仕事となった。その雪寄せ作業も朝にタップリと1時間となるとさすがに「もう嫌だ!」と投げ出したくなる。

  その雪寄せに今年からは妻も加わった。カゼで起きられない朝があって、「大丈夫。私もやってみるから」とシャッターを開け、雪寄せ道具を手に車庫前に出た。ガーガーッと未明、怪獣のような叫び声を上げて除雪車が走った。その除雪車が車庫前にドサッと雪の塊を山のように置いて行っているはずである。それを一人でやらせるのはかわいそうだと自分も無理にも起き出し、パピーの散歩を終えてからスノーダンプを手に雪寄せ作業をした。

  身体を動かしているといつの間にか寒けも忘れ、「もう治ったんだ」と安心したが、食欲がなかったため体力が削がれ、1時間もすると身体全体がガクガクと悲鳴を上げた。そして再び寒けが襲い、深刻なカゼの症状となった。「だめだ。もうやれない」とスノーダンプも投げ出し、家に逃げ込んでそのまま2時間、布団に入って眠った。ブルブル震えながら眠った。「寒い。寒い」と悲鳴を上げながら眠りに落ちた。運良く、土曜日の朝だった。

  目覚めたら午前9時近かった。妻は台所仕事をしていた。目覚めても自分の身体ではないと思った。フラフラと足元がおぼつかない。まるで夢遊病者のようだと情けない自分の姿を笑った。そして「パンを1枚だけ焼いて欲しい。それを食べてからもう一度、先生の所に行って来る」と電話し、診察をお願いした。体温は38.2分だった。先生は心配そうな顔で診察室に迎え入れ、触診した後、「血液を検査させて下さい」と言った。

  看護婦さんが注射で血液を吸い取り、検査にかけた。「白血球が減ってます。薬を変えますから。でも伊藤さん。とにかく身体を休ませることが一番です。休ませないとカゼから抜け出せません」と注意した。その優しい言葉がありがたかった。だが土曜日のその日も仕事があった。

  大曲新人音楽祭が昼から始まる。その取材も欠かせられない。その前に片づけたい原稿もある。土曜日。市役所の記者室は閉まっている。仮に開けてもらっても土曜日だと暖房も入ってない。結局、新人音楽祭の事務局となっている中央公民館に行って、最も温かい席を借りて、そこで原稿を一本仕上げ、それから新人音楽祭の取材を始めた。

  土日。いつのころからか週末を自宅で過ごすのがとても楽しみになった。何をするわけでもないが、ただブラリブラリと家の空気にひたり、小犬のパピーを追い、疲れれば籐椅子に腰を下ろして新聞を読み、小説を読む程度だ。だがその楽しみな週末もこのところ、毎週、行事が入っていて中々、休めない。まあこれも職業柄仕方ないとあきらめている。

  カゼで随分、辛い思いをした。妻も「今日は休んで寝てたらどうなの」と何度も休むことを勧めたが、中途半端に身体は動こうとするため、結局、休むことなく仕事を続けた。3連休最後の「成人の日」の10日も仕事だった。表紙の写真を変えるためにも写真を撮りに出かけたかったが、身体は外の寒さを受け付けず、ほとんど会社で原稿のまとめをした。

  夕方、家に帰ったら妻が「あなた。今日、何の日か分かる」と聞いた。「さあ。成人の日だとは分かるが」と答えたら「あのね。去年の今日、アキが亡くなった日なのよ」と少し寂しそうな顔をした。「ああ。そうか。アキが亡くなったのは今日だったのか」と思い出した。真っ白な朝のとても冷え込んだ朝にアキは15歳で亡くなった。妻と自分の腕に抱かれてこの世を去った。

  「そうか。アキの亡くなった日をすっかり忘れてしまったのか。ゴメン」。妻の言葉に柴犬のアキを思い出し、その晩はアキが山の中で思いっきり走り、野性のような美しさで走ることを楽しんだ若かったころのアキの姿を思い出しながらビールを飲み、お酒を飲んだ。雪も降る。カゼを背にしながら、忙しい日々が続いている。