日曜日の昼近く、激しい吹雪をついて妻の実家から母が遊びに来た。前の日から来るということは聞いていたが、昼近くになっても来ないため「母さん。来ないな」と妻を相手に独り言のように何度もつぶやいていた。子どものように心待ちしていたのである。「母さん。いつ来るのかな」と洗濯をするため、風呂場の脱衣室に行った妻の後を追ってまでおうむ返しに聞いた。その瞬間、かすかに玄関が開く音がした。「母さんだよ。今の玄関の開く音。きっと母さんだ」と妻の第六感は働いた。
急いで脱衣室のドアを開けたら、母が吹雪で白くなって玄関に立っていた。「おや。母さん。良く来てくれて」と歓迎した。妻も出迎えに出た。居間にいた小犬のパピーも「ワンワン」と吠え、ドアを開けてやったら小さな体を身震いさせながら歓迎した。
「この吹雪の中、よく来たこと。母さん」。
「あのせ。バスで来たども乗っているのはワタシ、一人だけだっけ」。
「あや!。母さん。せばバスも母さんが乗ってけだから、良かったと喜んだべ」。
「んだベ。この吹雪だもの。バスに乗って出かける人は誰もいねべ」。
玄関での妻と母とのやり取りは、本当の娘と母ならではの温かさがあって聞いている方もほのぼのとして来る。妻の実家の母が遊びに来てくれるのは嬉しい。ましてや二人と小犬の寂しい生活。たまには訪問者の声も聞きたくなる。
その母を迎えるため、朝には玄関前の雪寄せもした。吹雪で誰も表に出る人はいなかったが、せめて母の靴が雪でくぐらないようにしておきたいと思った。車庫のシャッターを開け、スノーダンプを取り出し、玄関から車庫前、そして隣の一人暮らしのおばあさん宅の前まで雪寄せをした。時々、数メートル先も見えないほどの吹雪が吹いた。細かいサラサラした雪が、横なぐりに走った。でも、妻の母が来ると思うと何となく嬉しかった。その母を迎えるのならせめて玄関までの通路に雪がない、こざっぱりしたものにしておきたかった。
それにしても80歳を過ぎた妻の母はいまだに自分には気を遣う。遊びに来るためのお土産だとして実家の近くにある酒屋さんにビール一箱とお酒6本を注文し、それを先に届けさせてからの訪問だった。このような心遣いはしなくてもいいのだが、妻の母は酒好きの自分が少しでも喜んでもらえればと思ってのことだろう。その気持ちが嬉しい。ありがたく頂戴し、ご馳走になろうと思った。
天気予報ではこの日曜日の吹雪の日から一週間、雪の日々とあった。それもそうだ。カレンダーはまだ2月になったばかりである。まだまだ冬は力を持ち、雪を降らせ、雪を積もらせ、屋根に体重100キロとか140キロとかのお相撲さんをどっしりと運んで、乗せる力を持っている。その雪とまだまだ付き合わないといけないのだ。
朝夕のスノーダンプでの雪寄せ。辛いとは言ってられない。吹雪の日の小犬のパピーを連れての散歩。「寒い」。「凍えそうだ」なんて怯えてはいられない。パピーの雪の日の散歩。レインコートを着せるのを忘れて出かけたら、妻に叱られた。「あなたは自分だけコートを着て、パピーには着せなかったの。パピーだって雪の日の散歩は寒いのよ」。妻にとって小犬のパピーは愛すべき子どもなのだ。もちろん自分にとっても愛情を注げる大切なパートナーだ。その小犬を妻は赤ん坊のように弱い生き物だと思っている。確かに弱いかもしれないが、カゼを引いてウンウンうなった自分たち二人に比べ、このところ病気知らずの元気者だ。家の中をお気に入りのボールをくわえて走り回っている。
そのパピーは月曜日から金曜日の朝、ジッと自分たちの行動を観察し、出勤に向けて着替えを始めると自ら進んでケージの中に入って留守番体制を取る。わが家に来たばかりでまだ幼かった頃はケージの中のハウスに入るのを嫌って逃げ回り、妻と二人で「パピー。パピー」と追い回し、手こずらせた小犬だった。そのパピーは段々、お利口さんになって出勤する時間帯となると自らケージに入って留守番モードとなる。そうした姿が可愛い。
夜の底が真っ白で、見上げた空はそれとは反対の漆黒のようになった冬の夜。パピーを連れて横手川の堤防まで歩いた。キラキラと久しぶりに星たちが光っていた。数えきれないほどの星たちがキラキラとまばたいていた。冬の夜空である。澄みきった空に輝く星はひときわ綺麗だ。南の空を見上げた。
あった。オリオン座が見事に輝いていた。「ああ。あれだ!。やっと見つけた」と空に向かって喝采の声を上げた。オリオンの帯に当たる3つの星がほぼ垂直に立っていた。3つの星が並んでいるのでオリオンと分かった。その星を目安に4つの星を線で結び、さらに周りの星をも線で結んだら、次第に巨大な猟師の姿が浮かんできた。冬の夜空に浮かぶ大巨人に見えた。右手に石斧、そして左手に毛皮の盾を持ったオリオンが勇躍していた。
見上げながら、足元にたむろする小さな生き物・パピーに語りかけた。そして抱き上げて、「パピー。あれがオリオン座という星座だよ」と教えた。小犬のパピーはただ身を任せていた。冬の寒い夜。空は澄み、星がキラキラと輝いていた。冬もいいもんだと、納得した。それにしてもその星の見えた翌日からはズッーと冬型の気圧配置となり、雪寄せの毎日となった。
遊びに来た妻の母は日中は近くの角間川温泉「角水」に行って入浴を楽しんでいる。部屋を借り、温泉に浸かっては横になり、お昼を過ごし、午後3時ごろには家に帰って来るのを繰り返している。温風ヒーターのタイマーをいつも「今日も3時にしておいて」と母は言って、自分たちが家を出てから、ブラリブラリと角間川町を歩いて温泉に向かっているようだ。仕事を終え、妻と家に帰るとパピーの「ワンワン」と妻の母の「お帰り」の笑顔と温かい声が待っている。それから表の雪寄せの毎日だが、妻の母を迎えての夕食は楽しい。のんびりとわが家で過ごしてもらいたい。