今年は大雪の部類に入るのかもしれない。妻の実家の母が遊びに来た先月30日の日曜日から空は荒れ出し、6日の日曜日まで8日間、休むことなく雪が降り続けたからだ。このため毎朝5時に起きての除雪は欠かせなかった。妻も手伝うのだが、こちらは玄関前の雪寄せが終わっても、南側に面した寝室に回って屋根から滑り落ちてきた雪の山をスノーダンプで崩し、表の流雪溝のある所まで運ばなければならなかった。
距離にして10数メートルほどだが、重い雪の山を乗せたスノーダンプを運ぶのは骨が折れ、力仕事だった。これを1時間もやっていると足腰がクタクタになる。日曜日は居間の裏にたまった雪の山も崩し、スノーダンプで運んだ。歩く距離はさらに延びた。午前7時からの作業だったが、終わったら9時を過ぎていた。
クタクタになって家に入ったら妻の母が「ご苦労さん。やっぱり、男でないと出来ないな……」といたわった。屋根から滑り落ちた雪は居間の窓際に山と積もって、見通しを奪っていた。風景が見えなくなっていたため、何となく息苦しい状態だった。その雪の山を取り崩したので外の風景が見られるようになった。開放感が味わえて嬉しかった。難儀したが、雪国に住んでいる限り、年1度ぐらいはこれだけの重労働をしなければと思った。
雪の怖さを語った言葉がある。
「雪は怖い。雪は小さな一片が粉のように、花の舞うように、ちらちらちらちらと降って来るだけだが、その雪が地を隠し、岩を隠し木の根を隠し、だけかんばを隠し、はいまつを隠し、高山植物を隠し、渓流を隠し、温泉を隠し、一つ家を隠し、森を隠し、鳥を隠し、遂には人間の生命を隠そうとするのだから恐ろしい」(河井酔茗の「雪に埋もれて」から)と。
確かに雪は怖い。屋根に50センチ以上も積もると「家がつぶれるのではないか」と不安になる。昔は自分で屋根の雪を下ろしたものだが、今の家に改築してから同じ平屋建てでも昔の家と違って、ケタ違いに屋根が高く、怖くて上れなくなった。高さに体が慣れていないのだ。もしも生まれた家が二階建てだったなら、今の家の屋根にも平気で上がれたかもしれないが、二階の屋根に上がった経験がないため、高さへの抵抗力がない。
このため今の家になってからは「雪下ろしだけは勘弁してくれ」と宣言し、雪下ろしは業者に依頼している。1回で2万円前後の経費がかかるがこれも仕方ない。今年も1月に1回下ろしてもらった。そして2月に入ってからのこの雪である。だが、毎日、降るには降っているが風もあるせいか、わが家の屋根に積もった雪はよそに比べて少ない。隣近所ではすでに6日の日曜日は家族総出で2回目から3回目の雪下ろしをしたが、わが家では裏の雪を片づけてお終いにした。
だが、あちこちで雪下ろしをしているのを目にすると自分の家だけやらないというのも変に都合が悪いもので、「いやー。家では裏に落ちて来る雪の処理が大変なんです」とわざわざ言い訳をしている。みんなと同じように雪で難儀しているのだと言わなければ都合が悪いからおかしなものだ。
天気予報では当初、今週も雪だるまだらけだったが、月曜日からピッタリと止んだ。立春(4日)も過ぎ、大雪も峠を越したようだ。8日には知事選の取材もあって、久しぶりに自動車道に乗って秋田県庁に向かった。自動車道から眺める山の風景を見て、雪の白と木々の黒とのコントラストが薄くなり、山全体が淡い水色になっている点からも隠された春が垣間見えたような気がした。それにしても街を歩くと大雪だったなと実感する。それは歩道に積み上げられた雪の壁が子どもたちの背丈より高く、歩く子どもたちの姿が見えないからだ。このようにうずたかく雪の壁がつくられたのは最近ではなかった。やはり大雪だったのだ。
日曜日。裏の雪寄せを終えてから、妻の母も誘って美郷町の温泉「サン・アール」へと向かった。温泉が改築され、より快適になったと聞いていたからだ。母と行けるのを楽しみにしていた妻は雪寄せが終わって家に入ると「よし。母さん。行くベ」と張り切ってタオルや着替えのシャツなどを用意した。
途中、再び激しく雪が降って視界が奪われた。妻は怖がり、「あなた。これじゃ無理。危ない。帰ろう」と言い出したが、もう千畑地区の山の中である。いまさら戻っても仕方なく、とにかく慎重にハンドルを握って走った。雪は激しくフロントガラスを打ち、視界を奪った。ワイパーをハイにし、スピードも30キロ前後に抑えて走った。カーブではクラクションを鳴らし、対向車に危険を知らせた。幸い山の中では対向車と出会うこともなく、危険な目にも遭わなかった。
新しくなった温泉「サン・アール」には、ガラスのサウナ室もあった。露天風呂もあった。大浴場に浸かり、サウナで汗を流したら、雪寄せの疲れがスーッと抜けていくようだった。露天風呂からは雪を被った赤松の林が一望に眺められた。まるで墨絵だった。「何て素敵な風景だろう」と雪の眺めを楽しんだ。
風呂から上がったらちょうどお昼だった。食堂に入って昼食を取ることにした。ここでご飯を食べるのはやはり妻の母と泊まった2年前の春以来2度目だが、母は「ここは初めてだよな」とつぶやいた。「あら。母さん。2年前にここの温泉に泊まったよ」と妻はおどけながら言い「私たちと3人で泊まって、この食堂で朝ご飯を食べたんだよ」と思い出すよう催促した。
「ンだけか」
「ホラ。マサオさんはあの時、寒がって『寒い寒い』と言いながらご飯を食べたし、そこの山の斜面は一面にスミレが咲いていたよ」
「ンだったかナ?」
「あや。母さんだばせっかく泊めても忘れるからあてね(値がない)」。
妻とその母との会話は何と言うかほのぼのとしていて、ホッとするものがある。これが実の娘と母なのだろう。母をいたわり、面倒を見ようとする妻の会話がいい。その妻の眼が今度はこちらに回ってきた。
「あなた。顔にクリーム付けた?」
「いや…」
「だめよ。顔を洗った後はクリーム付けないと。顔中がしわだらけになるから。ほら、もうシワの中にもシワ、シワ、シワ」
と詩人・サトウハチロウの「ゾウ」と題した詩だったか?、ともかくサトウハチロウの詩を思い出したようにシワ、シワ、シワを繰り返した。そしてバッグの中からクリームを取り出し、「ワタシが塗ってあげるから」と「シワの中にもシワ、シワ」とつぶやきながら顔にクリームを塗ってくれた。母の面倒を見、自分の面倒を見るのを楽しんでいるようだった。窓の外は相変わらず雪で真っ白だった。しかし、春を感じさせる冬のひと時だった。