こちら編集室「春の光り」(3月11日)

  目覚めたら雨だった。やはり春なのだと思った。雪に代わって今度は雨が降るようになった。春の雨は雪解けを進める。屋根から滑り落ちて、窓をふさぐような状態になっていたわが家の南側に面した雪の山。その雪の山を崩して流雪溝に運ぶ、雪との格闘も3月に入ってやっと終わった。雨が雪を解かし、大地の熱がさらに下から雪を解かしているのだろう。日増しに雪の山が沈んで行く。朝の雨も次第に上がって、お昼には青空が一面に広がった。キラキラと何もかもが輝くような明るさに「ああ。やはり春なんだ」との思いを強くした。

  朝。小犬のパピーを連れた散歩も皮膚を切り刻むような寒さからやっと解放され、随分と楽になった。風にいくぶん優しさが感じられる。小犬のパピーは相変わらず右に行ったり、左に行ったりして、表の空気の開放感を求め、楽しんでいる。

  大雪が降った日の2月の朝だった。雪の中を漕ぐような姿で散歩しているパピーの姿を見た近所の人が雪寄せをしながら「わぁ。パピー散歩か。可愛いねー」と声をかけてくれた。それまでは良かったが、「こんな寒い朝なのに裸足で歩いて足は冷たくないのでしょうか」と不思議そうな顔で聞かれた。

  確かに洋服は着せていたが、足は裸足だった。長い毛には雪が塊となってくっついていた。まるで雪の靴を履いたような状態だった。それだけに返答に困って「さあ。どうなんでしょう」とあいまいに答え、「歩こうよ」とリードを引いて急かすパピーの言うがままに先を急いだ。

  確かに不思議だ。日中、留守にする時も夜、寝かせる時も冬の間はパピーのハウスには電気の床暖房を入れている。夜中にトイレに起きて何度も見たが、その温かいハウスの中でパピーは気持ち良さそうに丸くなって眠っている。亡くなった柴犬のアキにも冬は床暖房を入れておいた。妻は真冬に表につながれている犬を見ると「かわいそう。あれではいくらなんでも寒くて犬が大変だと思うよ」と心底、同情したものだった。

  こちらは「犬は天然の毛皮で体が守られており、寒さはそんなに感じないと思うよ。アキなんて野性っぽいから、むしろ床暖房なんて過保護だと思うよ。だから皮膚病が広がったんだ」と言ったら、「あなただって私に過保護にされているでしょう。アキだって大事な子だから過保護でいいの!」と強く反論され、閉口したことがある。

  大曲南中学校の卒業式からいずれアキの場合、寒さは何のその。真冬の日曜日、雪で埋もれた堤防に連れていってリードを放すと、雪の中を潜ってでさえも走るのを楽しもうとしたものだった。全身がバネのようなあの野性っぽさが大好きだった。

  走るのが大好きなのはパピーも変わらない。しかし、パピーの場合、なぜか口にオモチャをくわえないと走らない。ラグビーボールとか銀行からもらったプラスチックのお馬さんの形をした貯金箱とかを口にし、クリクリとした目で「くわえたから追ってきてよ」とにらむ。その時の悪戯っ子のような目の輝きは何とも言えない。

  「よし!。パピー。追いかけっこか。よし、行くぞ!」と気合をかけて「ソレーッ」とばかりに追う真似をするとパピーは大きな耳を後ろに流してテーブルの周りを夢中で走り始める。その姿はまさにパピヨン、そう蝶の舞いだ。テーブルを回っては急ブレーキをかけてストップし、挑発するように下から上目遣いに見つめ「ワンワン」と威嚇する。「もっと真剣に追って来てよ」と注文するのだ。「よーし。分かった。パピー。行くゾ」。その気合が嬉しいのかパピーは再び、テーブルの周りを走って時には長椅子へとダイビングする。小さな体でピョンとダイビングするのがパピーの精いっぱいの演技なのだろう。椅子の上から得意そうにこちらをにらむ。

  妻も自分もそうだがこのパピーのためにこれまで随分とオモチャを買って与えた。柴犬のアキの場合、性格が大人だったせいかオモチャにはあまり興味を示さなかったが、小犬のパピーの場合、縫いぐるみだとかボールだとか常に遊べるものを欲しがる。

  子どものいない夫婦のせいもあるだろう。大型店に食べ物などを買いに行くと自然とおもちゃ屋に足が向いて、何かパピーのために与えるものはないかと目をキョロキョロさせる。先日も電池で動く犬の人形があったので買い求めた。スイッチを入れると小さな声で「ワンワン」と叫び、前後に歩き出す。これなら面白そうだと買い求め、早速、パピーに与えたらなぜか怖がる。

  縫いぐるみと違って勝手に動くのが怖いようだ。しかも、「ワンワン」と鳴き声さえ上げるのが不思議なようだ。興味は示すがどこか怖い。小刻みに前後に動き出すオモチャの犬におそるおそる近づいてにらんでは威嚇するように「ワンワン」吠える。パピーにとっては犬の形をした小さなオモチャは可愛いよりも怖い存在となったようだ。

  妻は「あなたはいつも高いお金を出してパピーのオモチャを買ってくるけどまた無駄になったわね」と笑う。その妻もそれから1カ月ほどして牛の縫いぐるみを買って来た。そして嬉しそうに「パピー。ほら友だちだよ」とその牛の縫いぐるみを与えた。その牛もオモチャの犬と同じで電池式のもので、手がスイッチになっていて、スイッチを押すとブルブルと全身が震え「モウ、モウ」とうなるだけでなく「ワハハハッ」と笑い出す。オモチャとしては傑作だと思ったが、これもパピーは気に入ってくれなかった。だが「ワハハハッ」と笑う牛の縫いぐるみは自分たち夫婦に春を呼んできた。それはそれで良かった。

  すっかり沈んだ雪の山越しに明るい春の光りが居間に入って来る。中々、時間がこのごろ取れないが、土日の午前中、籐椅子に座って少しだけ春の光りを浴びている。柔らかく暖かい光りだ。

  それにしても今日は卒業式の取材に行ってきた。大曲南中学校での卒業式だった。卒業生はわずか42人だったが、生徒たちの行儀の良さ、礼儀正しさは感動の思いだった。南中学校はわが家の近くにあり、朝夕、生徒たちは出会うと必ず「お早うございます」とか「コンニチワ」、「今晩わ」と声をかける。今日の卒業式で代表の生徒が「家族の支え、地域の支えで成長することができた。ありがとうございます」とお礼を述べた。生徒代表のその言葉が嬉しかった。