こちら編集室「坊っちゃんの思い出」(3月18日)

  休んでいた朝の散歩を再開した。午前5時の目覚めと同時に「歩くか?」「ウン。歩いてみようよ」とお互い声を掛け、着替える。居間の温風ヒーターはいつも午前5時には点火するようにタイマーで予約しており、小犬のパピーもそのヒーターの着火音で目覚め、「ワンワン」と朝のあいさつをする。着替えを済ませ、アノラックを着用してパピーを抱き上げて表に出るとまだ明けやらぬ東の空が紫色に染まっている。

  乾いたアスファルト路面を見て、「ああ。雪寄せから解放されたんだ」とホッとする。今年は随分と雪と格闘した冬だったなと思う。クタクタにされた冬だったなと思う。汗を流した冬だったなと思う。浅い春だが、それだけに喜びもひとしおだ。堤防も雪解けが進んだら土の底からツクシも顔を出すことだろう。それが楽しみだ。

  東に向かって歩き出す。妻と小犬のパピーと、自分とが横に並んだ朝の散歩だ。川を超えると視界も広がり、広い田んぼの遥か向こうに屏風絵のような東山が現れる。山は濃い紫色に染まっている。

  清少納言が「枕草子」で書いた「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」の世界が広がる。

  春のあけぼのは秒を追って色合いが変わる。1、2月は真っ暗だった朝も、自宅を出て500メートルほど歩いた横手川の橋を渡るころには「やうやうしろくなり」の夜明けが始まって、濃い紫色だった東山も青いインクを溶かしたような優しい水色に変わる。太陽が間もなく顔を出すのだろう。東山の頂きを布団のように包み、ほそくたな引いた雲が茜色に染まった。

  東に向かって歩くと道の両側には分厚い雪の壁がある。除雪車が押し寄せて積み上げた雪の壁だ。大雪だった残骸がそのまま残っている。「今年は本当に大雪だったんだ」と妻は毎日、車の中から観ている光景なのに歩いて直に観る雪の壁に驚く。妻と歩きながら思い出すのは小学校へ通ったころだ。

  そのころの道はもっと狭く、砂利道だった。今は中学校が建ち、住宅街も広がっているが、自分が小学生のころは田んぼしかなく、真冬は雪を漕ぎ、自分たちで雪を踏みしめ、道をつけながら通わなければならなかった。今のように布の内張りのある長靴ではなく、ゴム長は雪の冷たさを直接、足指に伝え、その冷たさでビリビリとした凍るような痛みは泣きたくなるほどだった。

  しかも、子どもたちが踏みしめて付けた道は「骨っこ道」と呼ばれたようにデコボコでツルツルと良く滑った。歩きにくさと冷たさで、ランドセルを背負った子どもには学校が冬になると、とてつもなく遠く感じられた。それでも同級生4、5人が1列に並び、先輩の後を追った。いつかも書いたが吹雪になると風をさえぎるものは何もなく、お金持ちの子で、みんなから坊っちゃんと呼ばれていた6年生の先輩が後ろ向きになって「みんな俺の後を着いて来いよ」と叫んだ。その声は風に怒りを込めた絶叫だった。坊っちゃんはフードのあるマントを着ていた。そのフードを被った顔は吹雪で真っ赤になり、仁王さまのように猛っていた。

  こちらは母が作ってくれた綿入りの帽子だった。風で吹き飛ばされないようあごひもをしっかりと結び、下向きとなって坊っちゃんの後を必死になって着いて行った。みんなひと言も喋らず、ジッと耐えるようにして一歩、一歩踏みしめて学校を目指した。「みんな負けるなよ」。坊っちゃんの声だけが吹雪のヒューヒューとした風音に流された。その声は今、思えば悲痛だった。

  小学校に入って物心がついて坊っちゃんの家に遊びに行った時は、「お前のような小さいのを相手にはしてられないよ」と言わんばかりの冷たさだったが、兄と2度、3度と通ううち、坊っちゃんは弟のように遊んでくれるようになった。

  製材所もやっていたそこの家にはまだ珍しい乗用車もあって、坊っちゃんはその運転席に座ってハンドルを握っては運転の真似をした。自分もその隣に座って床から伸びたギアやアクセル、ブレーキペダルなどに目を見張った。坊っちゃんの家にはオモチャもいっぱいあった。坊っちゃんはオモチャのトラックがお気に入りで、トラックの荷台に庭の土や砂利を積んでは走らせ、道造りをした。器用な人で、台所から割りばしをいっぱい持ってきて、それを組み合わせ、橋まで造った。

  「俺は大きくなったら橋を造ったり、道路を造ったり、ダムを造ったりする仕事をしたいんだ」と坊っちゃんはそのころから夢を持っていた。親が経営していた製材所はそのころ休業していたのか働いている人は誰もいなかった。だから製材所はいつも近所の子どもたちの遊び場だった。坊っちゃんは集まって来る近所の子どもたちのリーダーとなって製材所で隠れんぼや鬼ごっこなどの遊びを思いついては遊んだ。

  その坊っちゃんが吹雪の日に後ろ向きになって叫んだ。「みんな俺に着いて来いよ。負けるなよ」と。風をさえぎるものがなにもない真っ白な雪原に伸びた「骨っこ道」をランドセルを背負った小さな子どもたちが一列になって着いて行った。後ろ向きになって、せめて自分が少しでも風をさえぎる役目を果たそうとする坊っちゃんの後を追った。坊っちゃんは叫んだ。「マサオ。負けるなよ」「カツオ。トシオ。ユウコ。ヨウコ。もうすぐだからな」と大声で励ました。風の音。坊っちゃんの声。みんなはただ黙って下を向いて前に進んだ。

  足の指が冷たさでジクジクと痛んだ。でも坊っちゃんの「みんな俺に着いて来いよ」と叫ぶ声が頼もしかった。その声があったから、学校へ行けた。学校に着くと教室では薪ストーブが勢いよく燃えていた。「おう。みんな来たか」。牛乳ビンの底のような分厚いレンズを付けたメガネの小使いさんが笑顔で迎えてくれた。「みんな俺に着いて来いよ」と叫んだ坊っちゃんはそれから暫くしてどこかへ引っ越した。坊ちゃんの顔だけは今もボーと覚えている。