こちら編集室「デジタル技術」(3月25日)

  弥生3月ももう下旬だ。早朝の散歩も寒さから少しずつ解放されている。除雪車で寄せられ、道の両側に分厚い山となっていた雪の壁もかなり沈んだ。遠くに屏風絵のようにそびえる東山はインクを水で溶かしたような優しい水色となって横たわり、まるで水彩画のような親しみやすさに変わった。

  こうしてホッとさせるような東山の風景と出会えるのは、家を出て1キロほど歩いてからの農道だ。ここまで来ると田んぼが一面に広がり、視界をさえぎる建物は何もなく、東山がその全貌を現す。空が茜色に染まる。山の稜線に布団のようにたな引く雲が灰色からオレンジ色に染まる。太陽が山から昇ろうとする夜明けの瞬間が好きだ。

  万歩計が壊れてしばらく歩数を計ってなかったが、新しいのを買い求めて計ったら、往復で4800歩ほど歩いていた。車でその距離を計ったら3.2キロだった。時間にして50分。朝の散歩ならこのくらいでちょうど良いかもしれない。今度の土日からは再び、美郷町仙南地区まで足を伸ばしてみようと思う。

  デジタルカメラとデジタル録音機を買い求めた。カメラはこれまで使っていたのが余りに不便を感じるようになって、新しくした。各新聞社ともここ1、2年でまるで申し合わせたかのように多機能を備えたニコンやキャノンなどの一眼レフに切り替えている。フイルムカメラと何ら変わらない高機能を備えたデジカメは、連続してシャッターが押せて、動きの早いスポーツでも難なく写せる。

  それに比べて自分の持っているカメラは一応、連続して3枚は撮れるが、電源を入れてから機能が立ち上がるまでの時間が長く、肝心要のものを撮ろうとすると間に合わないという致命的な欠陥があった。欠陥というより、当時はその程度の技術だったのだろう。

  表彰式で受賞者に表彰状を手渡す瞬間を撮ろうと構えていると、電源が途中で時間切れとなって自動的にオフになってしまう。あわてて電源を入れると機能が立ち上がるまで数秒の時間ロスが生じ、その間に表彰状は手渡されてしまう。何かのお祝いのテープカットの写真でも同じだった。カメラの電源を入れるタイミングがちょっとでも狂うとテープにはさみが入れられてしまい、シャッターチャンスをこれまで何度も逃していた。フイルムカメラのような敏捷さに欠け、写す楽しみどころか常にジレンマを感じていた。

  こうしたこともあってニコンの一眼レフ高級機に切り替えようかとも思ったが、なぜかカメラのデザインが好きになれなかった。一眼レフと言う構造上の問題もあって、どのメーカーも同じようなデザインしか設計できなかったのだろうが、どこかごつくて、カメラというより冷たい機械という感じだ。優しさが感じられないのである。こうしたカメラのレンズを向けられたら写される側はどう思うだろうと考えると、抵抗感があった。

  そうしたところへライカが自社のカメラの原点とも言える「距離計連動式」のデザインを基にしたデジカメを発売した。そのスマートで優しいカメラの顔が良かった。カタログを取り寄せ、機能を調べたら一眼レフデジカメの便利さに比べたらやや劣るようだが、デザインだけは何といっても恰好がいい。それに「世界のライカ」だ。

  写真を仕事兼趣味にしてからカメラには一時期、凝った。給料がまだ2万5、6000円時代にボディだけで7万4000円もした「ニコンF」が欲しくて、妻にかなり無理を言って買い求めた。その後もニコンF2、ニコンF3とニコンの一眼レフに万全の信頼感を置いて愛用した。

  それでもライカはいつか手にしたいという夢があった。しかし、ライカとなると値段もニコンが10万円代だった時代でも30万円以上はした。結局、ポルシェというスポーツカーに乗ってみたいという憧れ、夢にしかすぎなかった。

  そのライカからデジカメが売り出された。しかも、値段も20万円代。カメラ雑誌を眺めては「いいな、いいな」とため息をつき、インターネットで調べては「フーッ」と息を飲んだ。そしてカメラの取引先となった横手市のカメラ店からカタログを取り寄せてもらい、そのカタログを手にやはり買おうと決心した。1割はサービスしてくれたが、フィルターや電池の充電器、予備の電池などで20万円以上の出費となった。

  しかし、手にしてみたカメラの感触はやはり素晴らしかった。しっくりと手に馴染むのである。嬉しいことにシャッター音までする。これは操作によって音を消したりすることも出来るが、とにかくシャッターの音が出るのは嬉しかった。しかもレンズの明るさ、モニターの画面も大きく見やすい。ファインダーもライカならではの明るさだ。これまで買い換えたデジカメは今度で5台目となる。その5台目で初めて「買って良かった」という嬉しさを感じた。

  今、表紙を飾っている新作花火コレクションの花火はこのライカで写したものである。これにも失敗談がある。花火の撮影には三脚は必需品だ。その三脚が毎日、入れているはずのトランクにない。この冬、横手市のカマクラの写真を撮りに行った時、妻の軽乗用車で行ったため、三脚はそれに積んだままにしておいたのを忘れていたのである。

  花火は始まろうとしている。家に戻るにも大群衆で車を動かすのも不可能だ。困ったと焦っているうち、花火の打ち上げが始まった。仕方ないと夜空にカメラを向け、露出もレンズの絞りも全てカメラ任せのオートにしてシャッターを押した。シャッタースピードは手持ちでギリギリだったが、写し終えてからモニターで確認したらブレてなかった。「これならいける!」と小躍りしてシャッターを押した。カメラに適度な重さがあって、持ちやすいのが手ブレを防いだのだ。撮影条件が悪くてもライカというデジカメは写せる。手持ちでも花火の写真が撮れたのだ。ライカというカメラを買って良かったと感動した。

  それにしてもライカと同時に新たに買い求めたデジタル録音機の性能の良さにも驚いている。こちらはわが家に出入りしている電気屋さんに注文し、取り寄せた。取材用にと毎日のように使っている。ポケットに入れても邪魔にならないスリムなボディだが、取材相手の声が聞き取れないほど低くても、再現してみるとハッキリとメリハリの効いた声で収録されている。二つのデジタル機器を買い求め、デジタル技術のすごさに驚いているこのごろだ。