玄関前の苔(こけ)の通路に今年も「忘れな草」が咲き出した。薄いブルーはまるで青空のかけらのような優しい色だ。淡いピンクの花の方は星のかけらを想わせる。二つの花の色はそう想うと天からの贈り物のような感じさえする。妻が「庭先を忘れな草の花でいっぱいにしたいの」と数年前、苗から育てタネを撒いたのが次第に広がったものだ。今では勝手口の通路にも、玄関前の石垣にも、さらには裏庭の木の根元にも咲いている。ところが昨年は玄関前の苔の通路一面に咲いたのに、なぜか今年はチラホラである。昨年に比べたら花が不作となった。それでも青空のかけらのような優しいブルーと、星のかけらのような淡いピンクの小さな花が楽しめる〃立夏〃を迎えたと喜んでいる。
レンギョウ草の黄色、そしてユキヤナギの白、ハナモモの鮮やかな紅色。そして足元には忘れな草のブルーとピンク。そして黄色のスイセン。小さな庭だが、花たちが5月のいい季節を楽しませてくれている。昨年秋にプランターに植えたチューリップも赤、黄色、ピンクの鮮やかな色で笑い出した。桜の季節が終わっても花が次々と咲いて楽しませてくれる。
その桜で思い出した。20年以上も前に角館町で買い求めた「しだれ桜」がある。買った時、売り主に「花が咲くのはいつごろになるでしょうか」と聴いた。「そうですね。4〜5年もすれば咲き出すでしょう」との答えだった。しかし、5年経っても、10年経っても花は咲かなかった。木は成長してもう屋根より高くなった。
妻はガッカリし、「あの時のおじいさんにだまされたのかしら」と桜の季節を迎えると花の咲かない「しだれ桜」を見上げて残念がった。それでも4〜5年ほど前からポツリ、ポツリと数えるほどだが咲き出した。しかし、それきりだった。
わが家の向かいに庭師さんがいる。もう90歳を過ぎた人だが、この方が時々、わが家のモミジやイチョウの木、松、ハナモモなどの木々を管理してくれている。そのおじいさんが「しだれ桜が咲けないのは、枝分かれした幹が多過ぎて、栄養が届かないせいかもしれない」と昨年、幹の伐採をしてくれた。
そのかいあってか、今月の連休に入ったらポツリポツリだった花が少し群がって咲き出した。妻はよほど嬉しかったのだろう。朝一番、「アー。桜が咲き出した。あなたー。観て。桜が咲いたのよ」と庭に出て叫んだ。そして向かいの家に駆け込んで「進藤さーん。おじいちゃーん。桜が咲いたの。桜が咲いたんですよ」と知らせた。
そのおじいさんもよほど嬉しかったのか、妻の声に誘われて外に出て桜を見上げた。牛乳ビンの底のような分厚いまん丸のレンズを付けたメガネ、ひげづらだが優しい目をしている。その進藤さんのおじいさんは「カズちゃん。良かったな」と喜んだが、角館町の旧家の庭の木々の管理もしているという進藤さんの目にはわが家のしだれ桜の花の咲き方は寂しいものにしか見えなかったろう。
その日の夕方。妻と二人で表に立っていたら進藤さんのおじいさんは、どこから切り取ってきたのか、桜の花が満開の大きな枝を手に「カズちゃん。ホラ。サクラだ。これを飾ってケレ」とプレゼントした。「わー。サクラ尽くし」と妻は喜び、大きなバケツに水をいっぱい入れ、玄関と風除室の間に飾った。
その桜、冷たい風にもさらされなかったせいか、まだ咲いたままだ。もう桜の季節はとうに終わったのに進藤さんのおじいさんがプレゼントしてくれた桜はそのおじいさんのように元気で長生きをしている。
桜の季節を迎えたら妻の実家の母に何かお礼をしたいと思っていたが、とうとう「母の日」も何もしないでやり過ごしてしまった。妻の母からはとても温かい真心をプレゼントされたのに、そのお返しをするのはどこか照れ臭いのである。
今年の2月。妻の母がわが家で20日ほど過ごしながら、日中は近くの温泉に通って湯治を楽しんだ。「温泉でのんびり1日を過ごすのが一番だ」と喜んだ。ある日の夕方、台所の物置からビールを取り出そうとしたら、「のし紙」の張られた箱入りのビールがあった。そののし紙に書かれた文字を見て、はらりと涙が落ちた。
「正雄さん。いつも和子を優しく面倒みてくれてありがとう。このビールはそのお礼ですよ」
との文字がのし紙にはあったからだ。ビールのプレゼントよりもその文が嬉しくて台所から叫んだ。「母さん。こんなにビールを買ってくれてありがとう」と。居間で休んでいた妻の母はいつものように「マサオさん。なーもだ。こうやって、お世話になっているもの。私の気持ちだ」と言ってくれた。妻には「おい。この母さんの書いたのし紙は捨てないで取っておいてくれよ」と頼んだ。あの日の嬉しい思いに何かお返ししたい。そう思いながらも母の日をやり過ごしてしまった。母さん。ありがとう。庭の「忘れな草」を観ながら、あの日を思い出していた。