こちら編集室「アカシアの花の咲くころ」(6月10日)

  アカシアの花が咲く季節となった。乳白色をしたアカシアの花が甘い香りを振りまいている。アカシアの花は夕方、小犬のパピーとの散歩道となっている横手川の堤防や川港親水公園に咲いている。華やかさはないが、房状となって咲く花はどこか淋しげでそっといたわりたくなるような姿をしている。

  アカシアの花と言えば小坂町はアカシアの花の町だった。2年前の今ごろ、十和田湖の旅をした。その帰りに小坂町に寄った。町では「アカシア祭り」が開かれていて、賑わっていた。康楽館や鉱山事務所のある「明治百年通り」を妻とブラブラ歩き、風に運ばれてくるアカシアの花の香りに酔った。香水のように甘い香りだった。もう一度、アカシアの花の咲く今ごろ、小坂町や十和田湖を旅したいと思う。

  西田佐知子さんの「アカシアの雨が止む時」の歌が、テレビで流れ出したのは高校生のころだったろうか。悲しいほど透き通った声と清楚な瞳の美しさに魅了され、夢中になって、その人の姿を見つめ、歌に耳を傾けたものだった。

  「アカシアの雨にうたれて  このまま死んでしまいたい」

  悲しみのこもった叫び、透明感のある美しい声、憂いを秘めた黒い瞳。自分よりも年上だったと思うが、かばって慈しんでやりたい女の人に思えた。この人がテレビに登場すると読みかけの本も投げ出して、夢中で白黒テレビの画面を見つめた。全身でその人の歌を吸収し、美しい面影を目に焼き付けようとした。今でも西田さんの知的で、悲しげな美しい顔はぼんやりとだが、思い出せる。高校生のころ、胸を焦がした憧れの人だった。

  表紙でも書いたが、グループ活動は幼いころから苦手だった。だから小学校からの帰りはいつも一人だった。田んぼしかない真っ直ぐな砂利道を、いつも一人で帰った。田植えが終わった、あぜ道の水路には水が勢い良く流れていた。笹の葉が生い茂っていて、それを取って折り曲げ、笹舟を作り、水路に流して競争するのが楽しかった。

  走ると背中のランドセルがゴトゴトと音を立てて鳴った。笹舟は水路に根付いた草に引っ掛かりながらもスイスイと流れた。コンクリートのふたのかかったトンネルがあった。わずか数メートルのトンネルだが、無事に出てくるかどうかドキドキしながら見守った。トンネルの中の泥や雑草の障害をうまく抜けきって、笹舟が顔を出した時は嬉しかった。「ヤッター!」とまるで自分の〃子分〃のように笹舟を褒め、手で掬(すく)い上げた。

  自宅に向かう時の背中はいつも雲を意識していた。東山から流れてきた白い綿雲はいつも自分の後を付いてきているように思えた。雲も自分の子分だと想像した。だから白い雲は学校からズーと自分の後に付いてきているのだとうぬぼれた。「良し。雲よ。家まで黙って付いて来いよ」と命じると、いつまでもいつまでも自分の背を追って、雲は後を追って付いてきている。そう思った。横手川の橋のたもとにあったお医者さんの前を通っても雲は頭上にあったし、横手川の橋を渡っても雲は付いてきた。自分は雲を従えた王さまなのだと誇りに思えた。

  学校から一緒に歩いて帰る友はいなくても、笹舟が頑張って水路のトンネルを抜けきったり、雲が従ってくれたりしているから満足だった。だが、ある時、自転車に乗った女の先生が「マサオ君はいつも一人で帰るのね」とひと言、言い残して追い越された時は悲しかった。とても悪いことをしたようで、家に帰っても自分の居場所を見つけれないほど心がズキズキと傷んだ。

  雲については高校に入って、ロマン・ロランの小説「ジャン・クリストフ」と出会った時、クリストフが野を歩いて、木の枝を指揮棒に雲の軍団に向かって「雲よ右に向かって立ち去れ」と命じて遊ぶシーンを見て、「ああ。自分と同じことをしている」とホッとしたことがある。

  集団活動とかグループ活動とかは今でも苦手だ。別に人嫌いなわけではない。ただ、グループを作って一緒に行動するとか、チームの一員となって共通の話題にとけ込んで話し込むのが苦手なのだ。見栄っ張りで、目立ちたがり屋なのにグループの中にはとけ込めることが出来ない。話の中に入って行けず、一人だけ浮き上がってしまう。それが分かるから、集団で行動するよりも一人でいる方が気が楽だ。

  先日も飲み会があってグループで飲んだ。様々な話題が飛び交ったが、共通の話題に入れず、向かいに座ってくれた人と時々、言葉を交わしただけだった。結構、楽しかったがどこか集団の中では孤独だった。終わってからは一人で二次会をやった。久しぶりに飛び込んだお店はママさんが一人だけだった。

  お酒が入って女の人と二人きりになるともうダメだ。恋の甘さに酔いしれ、「矢でも鉄砲でも持ってこい」とばかりに気を大きくし、「今夜はこの二人きりの時間を大切にしたい」と言葉がきざっぽくなる。隣に枯れ葉のような頼り無げさで座ったその人に石原裕次郎の「赤いハンカチ」を歌って聞かせた。

  アカシアの花の下で

  あの娘がそっと  瞼(まぶた)を拭いた

  赤いハンカチよ  怨みに濡れた目がしらに

  それでも涙は  こぼれて落ちた

  (萩原四郎作詞・上原賢六作曲)

  青春時代、胸をときめかせて聞いた石原裕次郎の歌だった。久しぶりに飛び込んだお店で歌った「赤いハンカチ」はもの悲しく響いた。アカシアの花が咲き出した。もう一度、小坂町のアカシア祭りを観たいと思う。