秋田県も梅雨入りしたと言う。その梅雨入り宣言のあった27日は、いきなり土砂降りとなった。透明なビニール傘を手にその雨の中を歩いたら、あっと言う間にズボンも靴もグシャグシャに濡れた。だが、久しぶりに降った雨のせいか、土砂降りの雨に打たれて歩くのが妙に楽しかった。口では「ひどい雨」とこぼしながらも「雨、あめ、降れ、降れ、もっと降れ」と歌の文句も出た。
雨々ふれふれ かあさんが
蛇の目で お迎え うれしいな
ピッチ ピッチ チャップ チャップ
ランランラン
そしてこの童謡が思わず浮かんだ。この歌が描かれた絵本を初めて手にしたのは、入学して間もない小学校の図書室でだった。雨の中をエプロン姿のお母さんがこうもり傘を手に女の子を迎えに来る絵だった。傘を手にしたお母さんの笑顔が美しく、そして優しそうで、自分の母とはまるで違うなと思った。別世界の人のように見えた。そのお母さんに手を引かれ、相合い傘で雨の中を下校していく。雨が銀色の糸のように描かれていた。その中を帰っていく2人の後ろ姿がとても幸せそうで、うらやましかった。
「家とは違うよ。仕方ないよ」。その幸せ色に染まった親子の絵本を見て、子ども心にもそう諦めた。貧乏子だくさんで、雨の日に、傘を持たずに学校へ行った子を気遣い、母が迎えに来てくれるような余裕のある環境ではなかった。自分の小学生のころと言えばまだ戦後の影を背負っていて、わが家だけでなく、どこの家も同じように生活が苦しく、余裕などあるはずがなかった。
わが家では父が自転車で行商に励み、母は毎日、縫い物をして生計を立てていた。雨が降ったからと言って、子どもが傘を持って行ったろうかと気遣うような余裕はなかった。雨に濡れたら、乾いたタオルで拭けばいい。自然任せだった。でも、それで良かった。雨に濡れた頭をタオルでゴシゴシ擦って、後はランドセルを放り投げて、畳の間にゴロリと横になって漫画を読んだ。手塚治虫の「鉄腕アトム」が大好きだった。鉄腕アトムは雨の日に多くの夢を運んできた。
悪と戦うということ。ロボットにも権利があって、ロボットだからと人間が差別してはいけないということ。そしてロボットでありながらも悲しむことも、傷つくことも知っていた。だからアトムには美しい愛があり、優しさがあったと思う。雨の日、畳のある部屋でゴロリと横になって読んだアトムはいろんな夢と冒険の楽しみを運んできてくれた。
土砂降りの雨となった日。透明なビニール傘は小さくて、あまり役には立たなかった。ズボンはぐしょ濡れとなり、アイロンの折り目は消えた。傘が小さ過ぎるとぼやいたが、その傘は「もうあなたにはコウモリなんて買ってあげない」と妻から三行半(?)を下されて、与えられたビニール傘である。
確かに妻が買ってくれたコウモリ傘をこれまで何本、無くしたことか。おそらく両手の指の数をはるかに超える本数になるだろう。特に車に乗るようになってから傘忘れがひどくなった。雨が降っている時は置き忘れすることもなく持って歩くのだが、雨が上がってしまうとポカーンと傘のことは忘れ、そのまま車を運転してしまう。そして何日かして雨が降って、「あれ?傘は……」で、どこかへまた置き忘れたことに気付く。
隣に座っている妻も雨が降ってくると「あなた。コウモリはあるの?」と聞く。「ウーン。それが……」と言いよどんでいると「また無くしたの。せっかくこの前買ってあげたのに」とお叱りを受ける。叱っておきながらも、どういう魔法を使うのか、妻は数日すると新しいのを買ってくれた。そして傘の裏に自分の名前と住所と電話番号を針で刺しゅうし、「今度は無くさないでよ。高かったんだから」と手渡す。
そしてまた雨が降るとそのコウモリを手に歩くのだが、気がついたらどこかに置き忘れの繰り返しだった。最後はあきれたように「あなたは自分のお金を遣ってコウモリを買うことがないからそうなの。私が買ってあげても、そのありがたみがないから傘を置き忘れるのよ」と長めのお小言を頂き、「もう自分で買いなさい」とさじを投げられた。
さすがに反省し、自分のお金で傘を買った。しかも、見栄っ張りなものだから「どうせ買うなら高いものにしよう。そうすれば忘れることもないだろう」とデパートを歩いて、1万円近いのを買った。絵柄も良く、気に入っていた。そして子どものように雨の日を待った。だが、やっと来たその雨の日、自慢の傘を手に市役所、会社、警察、食堂、それから……どこかを回っているはずだが、取材で傘を手に歩いているうち雨も上がって、やはり傘を置き忘れてしまった。それもその雨の日からしばらくして迎えた雨で「アレッ。傘は?」と車の座席の後ろを振り返って、無くしたのに気が付いた。
せっかく自分で買った傘もどっかへ置き忘れてしまい、妻からも「あの傘は高かったのでしょう。もったいない」とまた叱られ、その上で与えられたのが旅行会社からもらったという透明なビニール傘2本である。その2本のうち1本は車のトランクに入れ、1本は運転席後ろに置いている。ところがなぜかこの傘になったら無くさない。もう1年以上になるのだが、2本とも無事でいる。
27日の雨の朝。土砂降りの中をその傘を手に歩いた。「雨もいいもんだ」の気分になった。「雨に唄えば」という楽しいアメリカ映画があった。土砂降りの雨の中、陽気に歌う男性の姿が良かった。「シュルブールの雨傘」という悲しくて美しい映画もあった。黒沢明監督の「七人の侍」は土砂降りの雨が主役のような映画だった。
土砂降りの雨の中、映画を思い出しながら「雨に咲く花」という歌を口ずさんだ。確か中学生か高校生のころ流行った歌だった。雨はいろんな思い出を運んでくる。その日、大仙市では議会があり、市長が提案した教育委員5人のうち1人が議会から同意されず、さらに2人の助役も否決されるという異常事態があった。昼休みも挟んで10時間にも及ぶ議会だった。朝の激しい雨はそのドラマの前奏曲だったのだろうか。