仕事がら土・日に休めるという保障はなく、むしろ土・日に催されるスポーツ大会や音楽会、集会などの取材で出かける機会が多い。だが、最近は土・日の取材は出来るだけ控えるか、早めに切り上げ、自宅に帰ることにしている。週末の自分に与えられた時間を大事にしたいからだ。人生、まだタップリ時間があるように思えるが、人の明日は分からない。知っている人が最近、50代で亡くなったり、60代で旅立っている。それだけにせめて週末は妻と小犬のパピーとの時間を大切にしたいという思いが強くなった。
だから土・日の朝の散歩は貴重だ。普段より距離にして1キロほど遠回りして、美郷町の仙南地区を歩いている。2人と1匹が一緒になって歩くことで家族なんだというのを胸に刻んでいる。晴れた日。東山の眺めがいい。緑色に染まった田んぼのはるか向こうに東山は横臥し、藍色に染まった山肌が水彩画のような美しさを見せる。「山がきれいだね」「ウン」。たったそれだけの会話でもその日が休日だと思うと、与えられた時間を大切にしたいと思う。
歩いていて、大分前から気になっていたのだが、爪先が上がらなくなってきた。このため、つまずいて前のめりに転倒するのではないかと時々、不安を感じる。つまずかなくても「ザシッ、ザシッ」と足裏が時々、アスファルト路面を擦るのである。その分、足の爪先が上がらなくなったのだろう。悲しいが自分の老化を認めるしかないようだ。
20数年前、家を建てる時、10畳の和室とジュウタン敷きの洋室の居間との間に15センチほどの段差を付けてもらいたいとお願いした。請け負った住宅会社の社長さんからその時、「将来を考えたら、段差なんてない方がいいと思うが」とアドバイスされた。当時はまさか足が上がらなくなるなんて想像もつかず「和室の独立性を保つためにも段差があった方が・・・」と主張し、段差を付けてもらった。
その段差が今は気になるようになった。最近は家の新築となるとどこでもバリアフリー住宅が当たり前となった。わずかな段差がつまずきの元となり、ケガを誘引するからだ。30代だったあの当時は、段差が障害になるとは想像も付かなかった。結局、爪先をぶっつけてケガをしないようにと今は自宅でもサンダルを履くことにしている。
先月のウォーキング大会の取材の時だった。会場に行ったら、市内のスポーツ店が「ウォーキングシューズ」を展示していた。ウォーキングシューズってどんなものだろうと興味を抱いて手に取ってみた。軽い。ファッとした感じだ。カタログに目を通したら、靴そのものが「正しい歩き方を教えてくれる」とあった。
1足1万2000円と高価だが、妻と二人分を買い求めようかと思い、自宅に帰って相談したら「私は今のズック靴でいいから、あなたは買ったら」と言う。それから半月ほど考えたが、やはり歩くと時々、つまずくような気がする。妻も「それならあなたの言うその靴を買った方がいい」と勧め、「私も行ってあげるから」といつもの世話役ぶりを発揮した。
店に入るとその靴は注文製とかで現物はなかった。それでも妻は自分に代わって「ウォーキングシューズと普通のズック靴のどこが違うの」とか、「なぜ靴が歩き方を教えられるの?」と細々と質問していた。こちらは常にカタログの言葉をそのまま鵜呑みするタイプだが、妻の場合は、自分で納得するまで聞く。
店員とのやり取りを観ていると妻はまるで自分の保護者だ。母が子どもに代わってあれこれと手助けし、保護しようとする。妻を観ているとそんな錯覚に陥る。男性の店員は別に気分を害したわけでもなく、むしろカタログを手に楽しそうにその靴の性能を説明していた。そして「多分、初めて履くと違和感を感じると思いますが、とにかく自然に踵(かかと)から着地して、爪先で踏ん張るような歩き方になります」と説明していた。そして「あなた踵から着地して爪先で踏ん張るように歩くのよ」と今度は自分の先生のような立場になって注意する。それはまるで「私がこの人をいつも保護しているのよ。私でないとだめなの」といった自信のようにも見える。意識しているわけではないが、妻がそうしたリーダー役を買ってくれている方が自分には楽であり、安心だ。
ワイシャツを買い求めるさいの首筋のサイズも、またズボンを買う時に必要な腰のサイズも皆、妻の頭には数字が入っている。そうした甘えの上に自分はあぐらをかいてきた。そしてグウタラな生活を享受してきた。その恩返しを少しでもしたいと最近では土・日の土いじりにはセッセと付き合っている。
先日も裏庭でのアサガオの這う紐を結ぶ手伝いをした。家事には男しかやれない力仕事もある。それを求められた時は喜んで手伝うことにしている。小犬のパピーが居間から二人の仕草を黙って見つめていた。濡れ縁に置いた脚立に上がって、屋根の庇(ひさし)を支える鉄柱と鉄柱との間に、紐を結ぼうとする自分に「あなた。気をつけてよ。落ちたら大変よ」と脚立を支えながら叫ぶ妻。その声を聞いて小犬のパピーも「ワンワン」と盛んに注意の雄叫びを挙げていた。本格的な夏を前にした日曜日の午後、平和で涼しい風がその時、通り過ぎて行ったような気がした。
(買い求めたウォーキングシューズだが、実際に歩いてみると自然に爪先が上がるのか、つまずくような不安がなくなった。案外、いいのかもしれない)