雨を含んでいるせいか、朝の東山はこのところ空気が霞み、重複した立体感はなく、平べったい切り絵のような感じだ。それでも朝の散歩時、東山の全貌が田んぼのはるか向こうに浮かび上がっているのを目にするとホッとする。「今日はどんな日なるだろう」と新しい一日への期待と不安が入り交じるが、東山は切り絵のような姿で応える。「夕方、またお会いしましょう」と。そうだ。夕方、小犬のパピーを連れて横手川の堤防から眺める東山を楽しみにしようと思った。
週休2日制が普及し、もうそれが当たり前のようになった今、土・日は出来るだけ休みたいと思っている。しかし、土・日になると音楽会や演劇、スポーツ大会などの催し物があって、現実には休めない。それでも何とか週末は家庭でノンビリしたい。仕事から解放された自由な時間を少しでも、妻と小犬のパピーと共有し家で過ごすか、どこかへドライブしたいと思う。妻と小犬だけの小さな家庭だが、休日はその温もりにひたっていたい。そういう願望が強くなってきた。ゴルフを止めたのもそうした思いからだった。
日曜日、消防訓練大会の取材があった。この取材は結構、楽しい。訓練を通じて競い合っている消防団は全神経を集中させ、「放水始め」から「放水終わり」まで機敏に行動する。団員にとっては大変だろうが、観ている方は一つの試合を観戦しているような気分となる。
午前8時半からの大会で、それに合わせて会場となった雄物川河川敷に走った。そして県消防協会大仙市仙北郡支部の永井久雄支部長や栗林次美市長のあいさつをメモし、競技の模様を写真に収め、帰宅した。競技の結果は大会が終わってから自宅にファックスで送ってもらうことにし、原稿に取りかかっていたらいつの間にかお昼になっていた。
「えー。もう昼か」と叫び、「オーイ。昼はどうする。六郷へソーメンを食べに行かないか」と妻を誘った。休日で最も充実しているのは午前中で、午後になると翌日の仕事のことが頭から離れず、結局は仕事モード体制となる。
それだけに消防訓練大会のあった日曜日は休んだ気がせず、どこか損をしたような欲求不満がくすぶった。それでもお昼を六郷で過ごし、それから買い物に付き合い、自宅へ戻って本を読み、少しだけ昼寝しているうち「日曜日はいいな」と少しずつ休みを楽しめる気分になれた。そして前からの約束だった小犬のパピーを洗うことにした。
亡くなった柴犬のアキのシャンプーは自分が一人で風呂場でやっていたが、パピーの場合、ふさふさした毛が長いだけに一人では手に負えない。体は小さいけどシャンプーで洗い、それからリンスをやってドライヤーで乾かす作業は中々、大変だ。
しかし、日曜日、そう言う作業を妻と共同でやれるのは楽しい。小犬のパピーも洗ってもらうのは慣れたもので、洗面台に入れるとおとなしくシャワーを浴びる。ふさふさした毛が濡れて縮まると、「パピーはこんなに小さな動物だっけ」と驚くほど小さくなる。濡れた体を持ち上げ、「パピー。パピーはこんなに小さかったんだ」と愛しくなって呼びかけると丸い大きな目をクリクリさせる。その目の仕草がまた可愛い。
全身にシャンプーをかけ、泡だらけにして洗う。そしてリンスをかけて毛をほぐし、それからドライヤーだ。このドライヤーでの乾燥がやっかいだ。毛が深いだけに洗った後はムダ毛が抜け出し、ドライヤーの風を受け、モウモウと飛び交う。
だからドライヤーでの乾燥作業は外に舞台を移して取りかかる。妻は椅子に座って小犬を抱いてブラッシングする役目で、こちらはただドライヤーで暖かい風を送る。その風の送り方を巡って、「あなた。熱過ぎる。ドライヤーをもっと離して。パピーがやけどするわ」と注意する。さらには飛んでくる抜け毛に悩まされ、ドライヤーの風の送り方が悪いとか、向きが悪いと文句も飛ぶ。
妻に取って抱いているパピーの抜け毛が顔にまとわりつくのも、また抱かれているのにもそろそろ飽きて、グズグズと動き出すのも全てパピーが悪いのではなく、ドライヤーを持った自分のやり方が悪いのだと言わんばかりに「あなたドライヤーをもっと離して。風の向き変えて」と文句を飛ばす。だが、怒ってないのはその口ぶりで分かる。
「ああ。分かった。分かった」とその小言を聞いても楽しいのは一家2人と1匹がそろって、共同の作業をしているという一体感かもしれない。そして休日だからこそやれる作業だ。仕事を忘れ、小犬の体を洗い、ふさふさした縫いぐるみのようなパピヨンを抱きながら過ごせた日曜日の午後。「ああ。これが休みなんだ。小さいけどこれが幸せなんだ」と思った。