正月休みも終わって4日から取材活動を再開している。休みといっても大晦日の31日と3日までのわずか4日間を休んだだけだ。それでも「明日も休みなんだ」と思うとホッとした。このごろ、休日がとても愛しくなった。
あまりテレビを観る方ではないが、出入りしている電気屋さんの勧めで液晶の壁掛けテレビを買い求めて2回目の正月を迎えた。デジタル放送の画像を観ていると映像の余りの美しさに目を見張る。山や海、空、森、そして生き物たちなどを捉えた映像を観るとまるで居間の壁に美しい絵や壁紙を飾ったかのような錯覚に陥る。
そしてそのテレビを買って本当に良かったなと思ったのは大晦日の「紅白歌合戦」の映像の美しさではなく、2日午後2時からNHKハイビジョンで放映された「ウイーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」と午後4時55分からBS朝日の「となりのトトロから007まで久石譲が奏でる映画音楽の世界」だった。
ウイーン・フィルではヨハン・シュトラウスのワルツをタップリと聴かせてくれたし、久石譲の映画音楽ではダイナミックで、ロマンチックな音楽を心ゆくまで楽しませてくれた。この時ばかりは昔、楽しんだステレオに音を接続させ、大きな画面の美しい映像とオーケストラの迫力いっぱいの音響を堪能した。そしてデジタルテレビを買って本当に良かったと思った。
それにしても暮れからの大雪である。12月の休みなく降り続けた雪との格闘で、右足の膝を痛めた。除雪車が置いていく玄関前の雪の山を崩しては流雪溝に投げ入れるのはいいが、南側に面したわが家の居間や寝室は屋根から落ちた雪で窓がふさがれるようになったため、スノーダンプで運んでは表の流雪溝に流す作業を続けた。
正確に計ったわけではないが、表の流雪溝から勝手口の通路を通って裏に回り、屋根から滑り落ちた雪の山を崩し、スノーダンプで運ぶ距離は歩数にして片道約30歩あった。一歩、二歩とあえぎながら歩数を数え、そして流雪溝に雪の塊を捨てては勝ち誇ったかのようにスノーダンプを裏に運び、また雪の山を崩して運んだ。その繰り返しは一体、何回になるのか。これは数えきれなかった。ともかく妻と共に午前5時に起きては表に出て、小犬のパピーの散歩を早めに済ませ、5時半前後には雪寄せ作業に入った。
雪が少ないと1時間、少しでも多いと1時間半の作業となった。それが毎日、続いた。雪を運びながら「一体、おれはいくら歩いているのだろう」と思った。それは週末の散歩の遠出とは比較ならないほどの疲れとなって足に来た。そして年の瀬も押し詰まった28日ごろから、右足の膝に痛みが出てきた。
幸い31日と元旦、そして2日は降雪も止んで雪寄せからは解放され、足の痛みも和らぐかと期待したが、膝を折り曲げてイスに座る時もまた、立つ時も電気が走ったかのような激痛が膝からビリッと走る。さらに仕事も始まって市役所の階段を昇り降りするとその時も痛みが生じるようになった。幸いわが家のトイレは洋風だが、どうしてもトイレを使いたくて和風の便器にしゃがむと痛みはビリッとではなく、ビリビリッと連続して走る。
当初は時が経てば治るだろうと思ったが、どうもそんな生易しいものではないようだ。このため5日午後、とうとう整形外科の門をくぐった。診察の結果、膝の骨には異状はないが、水が溜まっており、電気リハビリと膝への週1回の注射で痛みを和らげる治療を施す事になった。
診察して下さったお医者さんは「無理はしない方がいい」とおっしゃるが、この雪である。放って置くと屋根から落ちて来る雪は窓をふさぎ、さらには屋根にまでつながってしまう。一昨年までは裏の雪の山を崩して運ぶのも半分、楽しみながらやっていたが、今年は苦痛になってしまった。これも老化による体力減なのだろう。
自分の足の痛みを心配した妻は友だちにまで裏の雪の片付けをどうしたいいものかと相談したようだ。そして友だちから得た知識を基に妻と話し合って地下水を掘って解かす方法、家庭用の除雪機械を買い求めて吹き飛ばす方法と二つの方法を考えたが、どちらも庭をつぶしてコンクリートにしないと解決しないことが分かり、計画は宙に浮いた。
4日夕、裏の雪を片づけるため帰宅と同時にスノーダンプを手に裏に回ると、妻も防寒着に着替えてもう一台のスノーダンプを手に外に出てきた。「アタシもやる。アタシだって運べるから」。その声、そして闇の中で自分を見つめる目の真剣さに夫婦なんだなと嬉しくなった。単純な労働も二人でやると楽しい。煌々と明かりの点いた居間で、小犬のパピーだけが寂しそうに長椅子に横たわって丸くなっていた。