こちら編集室「木曜日の月」(1月13日)

  久しぶりに月を見た。少し上が欠けた半月だったが真上に煌々と輝いていた。真っ白な雪道を歩きながら、その月の美しさに感動した。そして月の光りと雪明かりの中に雪をこんもりと屋根に乗せた1軒の家の孤影の美しさにも心奪われた。お茶を入れ、お茶を飲むことのみに楽しみを見出している老夫婦がひっそりと暮らしている息づかいが聞こえてきそうな家のたたずまいだ。小犬のパピーと雪を漕ぎながら歩いて、その家を眺め、昔話の絵本を観ているような気持ちにさせられた。

  今年は大雪に泣かされ、雪に恨みをぶつけたくなるほど雪寄せの作業に追われ、右膝を痛めた。それでも闇の中で観る「雪景色」の美しさに感動するから〃心〃とは不思議なものだ。その家を写真に撮りたいと思うのだが、果たしてそこに住んでいる方は写真に撮られるのを快く思ってくれるだろうか。そう考えるとカメラを向けるのもためらい、いつも眺めているだけだ。

  このごろはちょっとしたことで「ああ。ケンニチをやっていて良かったな」と胸が温まる。それは顔は知っていてもあまり言葉を交わした事のない市の若い職員から「膝の具合はどうですか」と声を掛けられた時や「アメリカに行った時のあの記事をドキドキしながら読んだんですよ。ああ。私もニューヨークに行ってみたい」と膝の診察に行っている病院の看護婦さんから言われた時である。

  市の職員は「こちら編集室」を読んで、雪寄せで膝を痛めたことを知って、いたわりの言葉を掛けてくれたのだし、病院の看護婦さんは「こちら編集室」で書いたアメリカの旅行記への感想を素直に述べてくれたからだ。

  今年になって自分に約束したことが1つだけある。それは「県民手帳」に毎日の天気と簡単な日記を書くことだった。しかし、3日目には忘れてしまった。まさに〃三日坊主〃である。このため4日朝、頼り無い記憶の糸をたぐり寄せ「3日の天気は曇りだったろうか、雪だったろうか」と思案し、手帳には「雪。終日、自宅で過ごす」と書いた。

  日記を書こうと思いついたのはそれがそのまま仕事にも役立つからだ。手帳に天気だけでも記録しておくだけで、今年はいつから大雪となったとか、雨が降り続けたのはいつからだったろうかなどがすぐに分かり、便利だからだ。それなのに自分への約束は3日ともたない。あきれた。

  妻からはこのごろ「あなた。酒の飲み過ぎよ」と良く叱られる。酒にも弱くなって、ビールを空け、お酒も徳利で2本目になると、お猪口を手にしたまま眠ってしまうことがよくある。目覚めるといつの間にか10時を過ぎていて、叱られながらご飯を食べ、ベッドに入る。そして翌朝、「ああ。夕べも飲み過ぎた。少し酒を控えないと」と反省するのだが、「禁酒」という約束だけはしないことにしている。約束しても守れないことが分かっているからだ。

  とにかくビール、酒がうまい。この「うまい」と楽しめる間はビールとお酒は飲んでいたい。多分、ビールも酒も飲みたくないとなったらもう自分の人生も終わりが近づいていることだろう。幸い我が人生で酒に絡んだ事故はこれまでなかった。外で飲んでいても、酒の勢いを借りて絡んだり、ケンカをしたという失敗もなかった。家で飲んでいても「お酒を飲んでいる時間が長過ぎるの」とグチは言われるが、それで妻といさかいをしたこともなかった。

  比較的おとなしく酒を楽しんだと思う。健康にはあまり自信がないが、雪寄せという作業に体が動き、ビールとお酒を飲める間は楽しみたいと思う。それにしても木曜日の夜、美しい半月を見て以来、雪は小康状態となった。たまには降ってはいるが、除雪車が出動というほどの雪にはなってない。天の神さまも休んでいるのだろうか。なら、春までどうぞゆっくり休んでもらいたい。木曜日の月は久しぶりに地上を眺めたのか、煌々と照らしながら、笑っていた。